しばりひも

「何しに来たんだよ。」
「別に。」
「旧交を温めにってガラじゃないだろ。」
「お前と温める旧交がねーよ。」

旧交と言うほど会っていなかった訳ではない。終戦から半年経ってゴタゴタが多少落ち着いて、ディムロスにお前暫く休めと言われて、それも悪くないかなと思って八ヶ月。終戦から一年と少しになる。

「アトワイトは?」
「あいつに用なの?」
「いや、俺はないけど。」
「は?」

七ヶ月前からアトワイトと暮らしてる。あいつはもう戻らないつもりで予備役編入したらしい。今は近所の病院で働いてる。

「お前ら、上手く行ってんの?」
「さっきから何なんだよ。」
「照れたってことは悪くはないわけか。」

ノリスが思案顔になってコーヒーカップに手を伸ばした。面倒臭がって出さなかったら、奴が勝手に淹れたコーヒー。

「安い豆使ってんなー。」
「うっせえ。」

なかなか本題を切り出さない。普段は話に前置きをしたがらない奴だから妙だった。

「本題は?」
「つまんねー話だぞ。」
「お前から面白い話聞いたことねーし。」
「それもそうだな。」

言い返してくるかと思ったら、それもなかった。大きく息を吐いて、部屋をぐるりと見回してからノリスがやっと口を開いた。

「お前、軍戻る気、ある?」











「ただいま。」
「お帰り。飯は?」
「食べてきた。」
「そか。」
「うん。」

20時頃、アトワイトは帰ってきた。帰りに買い物をしてきたようだった。

「あ、床綺麗になってる。掃除した?」
「暇だったし。」
「あんた、思ったより主夫向いてるかもねー。」

主夫というよりヒモに近い。コートを掛けて、荷物を片付けて、お茶を淹れて、という一連の動作を自然に素早くこなして、アトワイトは俺の正面に腰掛けた。

「何かあった?」
「ノリスが来た。」
「へー、珍し。」

どういう点から何かあったように見えたのか分からないけれど、アトワイトは察した。お前の考えていることは分からない、と24年間言われてきたけれど、こいつだけは俺の考えていることが全て分かるらしい。

「酒持ってきた。ウォッカか何か。」
「仕事でラシーヤでも行ったの?」
「らしいよ。あの辺まだ怪しいし。」

ノリスのが感染って、俺もなかなか本題を切り出せない。らしくない。

「で、なんて?」

アトワイトはストレートな人間だ。俺が言い難そうにしてるのを分かっていて本題を要求してくる。ただ、促されなきゃ自分から切り出せそうにない現状ではそれがありがたかった。

「軍戻んないか、ってさ。」
「戻んの?」
「・・・。」

どうしてそんな話がとか、何かあったのかとか、戻って何をするのかとか、そんなことは聞かない。最初に大事なことを聞く。こいつはそういう、ひどく実質的な女だった。

「戻るよ。」

後ろめたい気持ちだった。俺は、自分が死んだと思って泣くような女と一緒に暮らしているんだから。

「そっか。」

アトワイトの反応は随分さっぱりしていた。けれど、今日ノリスが持ってきたウォッカの瓶を開けて、いきなりラッパ飲みするようなことをさせる程度には、衝撃的だったらしい。

「強いね、これ。」
「酔わなきゃ話せないかも知れないだろ、とさ。」
「変な気遣うね、あの人も。」

ボトルがこちらに突き出された。あまり気は進まなかったが、一口飲んだ。ラシーヤのとうもろこしで作った蒸留酒は食道が焼けるような感じがした。

「ラシーヤ行くの?」
「多分。あの辺まだ戦ってるらしいし。」
「楽しい仕事が沢山あるわけだ。」

呆れたような目がこっちを見ていた。

「軍戻んないなら仕事紹介するって言われた。」
「大佐が?」
「そ。軍辞めるのもありだろって。」
「うわー。」
「俺、あいつに言われると思わなかった。」
「もしかしてさ。」

言ってから、アトワイトは瓶を奪い返して一口飲んだ。少し咽そうになって、それが恥ずかしいのか照れ笑いを浮かべてから、先を続けた。

「あたし、気遣われてる?」
「…じゃない?」
「癪だわ。」
「それは同感。」

ノリスが言い難そうにしていたのは、俺とこいつの関係を考えてのことだったんだと思う。あいつが結構お節介な性質なのは知ってたけど、こっちまで飛んでくるとは思わなかった。

「軍戻るのかー。」
「良い?」
「あたしが良いとか悪いとか言うこと?」
「嫌がる資格はあるだろ。」
「そんなカッコ悪い真似出来ない。」
「なるほどね。」

こいつに許してもらって行きたいとは思うものの、俺はこいつが嫌がると分かってて聞いてる訳で、多分俺の態度はずるいんだ。

「はい、結論。戻るんでしょ?」
「戻るよ。」
「いつから?」
「再来月。」

アトワイトが鋭い目でカレンダーを睨んだ。それから、小声で何かひどく汚い言葉を呟いていた。

「あたしって男運最悪。」
「それも同感。」
「戦争中毒だし、非常識だし、ヒモだし。殴って良い?」
「勘弁しろよ。あぁ、それで…。」

場の空気は最悪だった。切り出すタイミングとしてはこれ以上悪い時もないと思いつつ、俺は一枚の紙をアトワイトに差し出す。

「これ、書いといて。」
「なにこれ?」
「読めるだろ?」
「字は。」

いつかやった遣り取りの逆。懐かしいと笑えるような状況ではなかったけれど。ちなみに、この紙は市役所で貰える『婚姻届』というやつ。

「本気?」
「本気だけど。」
「今までで一番あんたのこと嫌いになりかけてる瞬間なんだけど。」
「やっぱ?」
「断られるとか思わないの?」
「あー。」

言われてみれば。しかし正直な話、その発想はなかった。俺は何をしたらこいつがどう思うかなんて殆ど何も分からない。そもそも、なんでこの女が俺のことを気に入っているのか分かってないし。

「ホント、最悪。どーしてこういう男と一緒にいるかなぁ。」

そう言いながら、アトワイトは頬杖を突いてそっぽを向いた。それから、右手の人差指で苛立たしげにテーブルを叩いている。コン、コン、コン、コン。音が止まる。溜息。

「惚れた弱みってやつね。ペンある?」
「は?」
「ペン。」

アトワイトは辺りを見回して焼き菓子の空き缶の中からペンを見つけると、頬杖を突いたままの締りのない姿勢でさらさらと書類を仕上げた。

「出しといて。」
「良いのか?」
「あたしはあんたのこと好きだから嬉しい。」
「言い切るね。」
「いつ死ぬか分からない奴相手に躊躇してられないし。」

ペンを空き缶に投げ入れてから、またアトワイトはぐっとウォッカを飲んだ。顔はもう少し赤くなっている。

「なんで結婚なんて考えたの?」
「なんとなく。」
「…なんとなく、ね。」

やっと、アトワイトが笑った。

「あと二ヶ月はあたしのヒモよね?」
「結婚してもヒモって言うなら。」
「ヒモでしょ、働いてないし。」
「確かに。」

アトワイトが席を立った。見下ろされる。

「じゃ、ヒモの義務を果たして。」
「具体的には?」
「それ、女に言わす?」

いつもあけすけなくせに、と思いつつ俺も立ち上がる。足がベッドルームへ向かう。アトワイトが手を絡めてきた。俺も握り返す。 歩きながら身体を預けてくる。耳元で囁かれた。

「今日、排卵日だから覚悟しなさい。」

ドスの利いた声だった。
望むところだ、と思った。











あとがき
良い夫婦の日の小説です。
これは、良い夫婦の日の小説です。
大事なことなので二回言いました。

あんまりハロルドの心情を描写しない方が締まりがあるかなと思ったので、極力抑え目にしてみました。「これ、書いといて」ってプロポーズの言葉を言わせたかっただけの小説です。

しばりひも、って題名はSMっぽいけど、ひもで縛るんじゃなくてヒモを縛るんだよ!!これが言いたかっただけだよ!!
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