Step Father Step by Step
兄貴が「本当の父親がどんな人だったのか知りたい」とか言い出したのは、多分18とかそれくらいの頃だったと思う。

一緒にいた期間が短かったから、俺も兄貴も本当の父親については殆ど覚えていない。北部内乱に従軍してたことと今回の戦争が始まってすぐに戦死したということは聞いている。

正直な話、兄貴と違って俺は、それくらい分かってれば十分だった。今の親父と兄貴との三人家族で満足してたし、本当の父親への興味はそんなになかった。

本当の母親については、もっと関心が薄かった。多分、母親というものがどんなものなのか俺にも兄貴にも分からなかったからだと思う。

「父さんはラシーヤ系リエトヴァ人だったらしいよ。」
「へー、移民か。」
「移民の三世に当たるのかな。」

兄貴の話より、兄貴が生みの父親を「父さん」って呼ぶことの方が気になった。兄貴は親父のことを「父さん」とは呼ばない。随分昔に死んだブルーノ・オドネルっていう人をそう呼んでいる。

兄貴は色な資料をひっくり返してブルーノのことを調べていた。そして、分かったことを嬉しそうに俺に話す。俺は複雑な気持ちだった。兄貴の気持ちが分からない。

「カーレルがブルーノことを?」

何かの機会に、親父にその話をしたら親父は難しい顔をしていた。こういう時、育ての親ってのはどういう気持ちになるもんなんだろう。俺はそういう立場になったことがないから、良く分からない。

「俺はさ、正直興味ないんだよ、その人のこと。」
「生みの親なのに?」
「実感沸かねーんだよなぁ、生みの親とか言われても。」
「随分昔のことだし、無理もないか。」
「それに、俺も兄貴も性格はまんま親父の子だし。」

兄貴の、普段はマイペースで人当たりが良いのに裏で何考えてるか分かんないとこは親父に良く似てると思うし、親父と付き合いの長いリヒャルトのおっさんとかは俺も親父に良く似てるって言うし。

「似ているかな?」
「俺は自分じゃ良く分かんねーけど、兄貴は似てるよ。」
「…そうか。」
「親父に紫色の目と髪のカミさんがいたら完璧だったんじゃねーの?」

俺の冗談はイマイチ受けなかったらしく、親父はちょっと困ったように曖昧に笑っただけだった。

俺は親父の気持ちも、兄貴の気持ちも、良く分からなかったけれど、二人がよそよそしくなっているのに気が付いたのは、それから暫くしてからだった。







「ほう、二人が仲違いですか。」
「いや、仲違いってほどじゃないかもしれないけど。」

イクティノスは俺の話に興味津々の様子だった。身内の不仲で喜ばれるのも癪だけれど、取り敢えず聞いてもらっている身なので大目に見てやることにする。

「原因は貴方達の実父に関することですか?」
「知ってんだ?」
「私もお兄さんから色々聞かれましたから。」

ブルーノ・オドネルは北部内乱に徴兵されて、イクティノスの兄貴やリヒャルトのおっさんと一緒に親父の部隊で戦ってたらしい。

「どーなのよ、その辺。」
「何で私に。」
「一応あんたも子育てしてるし。」
「貴方のところとは勝手がかなり違いますよ。」
「いいから。」

そりゃ、うちの二人とイクティノスの所では全然違うのは分かるし、シャルティエはかなり特殊な例なのは確かだけれど。でも、何かしら参考になるかもしれないから。

「シャルティエの実の親は?」
「分かってません。本人も興味がない様子で。」
「そんなもんなのか?」
「家庭のイメージを持ってませんから、彼は。」

多分、俺や兄貴が母親に興味を持たないのと同じなんだろうな。イメージがないから、知りたいとも思わない。

「そもそも、私もシャルティエの親という感じでもないですし。」
「あー・・・そっか。」

シャルティエはこいつを仕事上の付き合いのままで呼んでいる。それより前は「マイナードさん」だったらしい。兄貴も親父のことを「リトラー司令」と呼んでる。

「シャルティエはあんたのこと、どんな風に思ってんの?」
「そういうのは本人に聞いたらどうです?」
「やだよ、俺、あいつ見てるとイラつくし。」
「私の前で堂々とそういうことを言わないでくださいよ。」

シャルティエはイクティノスを父親だとは思っていない。そしたら兄貴も、親父のことを父親だと思ってはいないんだろうか。だとしたら、兄貴にとって親父は何なんだろう。

「俺はうちの親父は良い親父だと思うんだよ。」
「ええ、私もその点には同意しますよ。」
「兄貴はそうじゃねーのかなぁ。」

兄貴と俺と親父との間に元々存在していた認識のズレが、今回の件で顕在化してしまったのかもしれない。 もう戻れないのかも知れない。そう思うと、流石に辛かった。

「家族の心が離れてしまうのは苦しいですね。」
「ああ。」
「…あのおしどり父子がね。」

いや、その表現には色々突っ込みどころがあるけど。







それからまた、暫く経ったけど、相変わらず兄貴と親父はよそよそしいし。その辺の説明は俺に一切無く、何だか蚊帳の外に置かれたような気持ちだ。

「ハロルド、これを見てごらん。」
「ん?」
「父さんが友人に出した手紙を譲って貰ったんだ。」
「へー。」

相変わらず、兄貴はブルーノについての調べ物を続けている。そうやって断片的な情報集めたからって、その「父さん」ってのが生き返る訳でもないのに。いや、今更生き返られても困るけど。

「どうした?」
「いや、別に。」
「何かあったか?」

俺が露骨に不機嫌な顔をしてしまったので、兄貴がしつこく聞いてくる。何かあったかなんて当事者が聞いてくるのはちゃんちゃらおかしい訳だけど。

「あのさ。」

そろそろ我慢の限界に来ていたので、この際言ってしまうことにした。この一言が大事なことを言う時の癖だと知っているから、兄貴の表情が強張った。

「親父と何かあったの?」

ついに核心を突かれた兄貴の表情はみるみるうちに・・・あれ?青ざめるか、険しくなるか、どっちかだと思っていたのに、何故か、兄貴の顔は、どんどん赤くなって。

「ない。何も、ない。」
「あれ?」
「えっ?ええっ?何?」

兄貴の反応はおかしい。こんなはずじゃなかった。真っ赤になって、どう考えても何もなくないだろうと思わせるような否定の仕方をして、しかも若干にやけている。おかしい。

「一つ、確認、良い?」
「え、あ・・・うん。」
「最近、親父とよそよそしかったよね。」
「え、その、いや、普通だと・・・」
「普通じゃないし。」

兄貴が視線を泳がせる。何を隠してるんだ。全然隠せてないのに、このままでどうやってシラを切り続けるつもりだ、この人。普段の頭の回転はどうした。

「じゃ、聞くけど、親父とは仲良いの?」
「な・・・仲は、その、あの、えーっと。」
「もしかしてさ。」
「うん。」
「照れてる?」
「・・・・!!」

兄貴が無言で爆発した。いや、勿論比喩的な意味だけど。兄貴の破片が飛び散ってきたりしたら嫌だし。

だんだんと事情が飲み込めてきたから、どんどん気持ちが冷めてきた。だからと言って、兄貴と親父をこのまま捨て置く訳にもいかない。心配させた分は反省してもらわなくては。

「兄貴。」
「は、はい。」
「親父呼べ。家族会議。」







ことの真相を要約すると、親父と兄貴は恋愛的な意味で好き合っていたんだけど、親父は親っていう立場だから抵抗があって、だから兄貴は自分の親はブルーノ・オドネルであってメルクリウス・リトラーは親としての責任とかそういうものに囚われなくて良いと説得したと。

「親父、兄貴、そこ正座。」
「はい。」
「はい。」

で、めでたく結ばれた−こんな陳腐な表現を使ったのは親父だ。はっきり兄貴と寝たって言えば良いじゃん−は良いけど、親父はやっぱり多少罪悪感があったし、周囲にバレるとまずいから、あんまり話したりしないようにしていたらよそよそしく見えた、と。

「別にさー、あんたらの好きにしたら良いけどさ。」
「黙っててすみません。」
「ホモでも父子相姦でも良いけど。」
「ごめんなさい。」
「ほんとさー。」

呆れが先に出て、ついつい愚痴っぽくなってしまう。そんな俺の前で、兄貴と親父は床に正座して小さくなっていた。

「これは私が悪いんだ。カーレルを責めないで欲しい。」
「違います。悪いのは私なんだ、ハロルド。」
「カーレル、良いんだ。責任は私にある。」
「そういう子供扱いは金輪際しないって誓ってくれたじゃないですか。」
「うるせえ、お前ら黙ってろ。」

もう、こいつらに関わるのが面倒臭くなってきた。

「お願いだ、ハロルド。私達のことを認めて欲しい。」
「お前の大切な父親を奪ってしまって、本当にすまない。」
「それを言うなら、私こそお前の大事な兄を。」
「だから静かにしろって。」

急に静かになった親父と兄貴が、黙って俺の表情を伺っている。俺に許してもらうってことはそんなに大事なことなんだろうか。俺に二人の気持ちは良く分からないけど、二人がそう思ってるってことは俺にとって悪いことじゃなかった。

そのうち「お兄さんを私にください」とか「お父さんを私にください」とか、そういう話になってきそうだから、もう良しとする。兄貴と親父が仲良いなら、俺はそれで良い。正直、複雑だけど、でもそれで良い。

「良いよ。せいぜいお幸せに。」

俺がそう言ってため息混じりに笑ってやると、二人の表情が一気に緩んだ。そんなに嬉しいもんか。そうか。そういうもんなんだろうな。

俺は二人の仲を認めた。二人が俺に認めて欲しいって思ったのは、やっぱり二人も俺含めての三人家族を大事にしてるってことだろうし。それは、俺と二人との考えが大事なとこでは一致してるって意味だから。

イクティノスの言っていた「おしどり父子」が妙にしっくり来るのが、ちょっと気に食わなかった。







おまけ
「そういや。」
「はい、なんですか?」
「シャルティエ。お前ってさ、イクティノスのこと好きなの?」
「え、えぇっ!?どうして・・・。」

どこかで見たような反応。あの時を思い出す、全身の脱力感。思わず出る溜息。そんなことはお構いなしに真っ赤になるシャルティエ。

・・・育ての親に惚れるって普通なのか?







あとがき
父子と双子の話。普段は当事者同士の遣り取りをメインに据えるんですけど、ハロルドから見たリトカーってのを一度書いてみようと思って。ハロルド、結構大人ですよね。普通はグレてもおかしくないんですけど。いや、カーレルとリトラーの不仲を本気で心配してたから、安心が勝ったのかな。そうかもしれない。

題名は宮部みゆきのステップファザー・ステップから。あれは泥棒が双子の兄弟の親になる話だったかな。深い意味はない。



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