紅い盾



地上暦10年8月25日。
ミクトランは、久しぶりに地上に降りていた。
目的は、厭戦ムードの続く前線の視察の為。


あるものは、自ら行くのは余裕の表れと評した。
またあるものは、戦果の上がらない焦りだとも言った。


正直俺には分からない。
しかし、開戦十年。
天上都市や支配地の状況も安定してきて、攻めに転ずるには良い頃だと思う。
まぁ、それは参謀総長である俺の勝手な考えだが。
とにかく、彼は地上へ降りたのだ。


三十名の少年兵部隊を連れて。
正直俺はその時、彼の連れていた少年兵が信頼できないでいた。
経験も碌に無いガキが戦える訳がないと思っていた。
しかしその思いは、その日破られた。


















それは、前線都市のパレードでの事。


地上に暮らす天上国民が、沿道に並び手を振っていた。
ミクトランは、車両の二階からそれに応える。
沿道の市民はおよそ二万。
パレードの車両は百八十二台。
天上の威信を内外に示すには十分な、大パレードだった。


俺は、その車両のすぐ後ろ。
黒塗りの警備司令車両の中にいた。


通信機から、絶えず報告が入る。
先頭車両、後備車両、そしてミクトランの中心車両。



「1130時BASE1異常ありません」



BASE1は中心車両のコードだった。
中心車両の通信士の声の高さには、辟易する。
そう、中心車両には例の少年兵部隊、護衛師団司令部付教導隊が詰めていた。



「ドレークを出せ。」



ドレーク、カール=ヴァン=ドレーク少尉
ミクトランがそう名づけた少年を俺は呼んだ。
奴は最古参であり最年長の十五歳、教導隊の隊長を務めていた。
面識はあまりないが、真紅の髪色だけが俺の記憶に残っていた。


やがて、半ば声変わりも終わった声が返ってくる。
受け答えも、入隊五年も経っている所為か大人びていた。
しかし、所詮は子供という感覚は、頭から離れない。
我ながら、難儀な性格だと自分でも思った。



「緊急時は、頼むぞ。」



癪ではあるが、奴らが近い以上そう言うしかなかった。
本当なら、俺が配下から寄り抜いた精鋭部隊に守らせたいところだが仕方がない。
ミクトランが奴らに任すと言い出したのだ。
彼は昔から、言い出したら聞かない男だった。



「教導隊全隊員、命に代えても。」



その台詞が、似合う声だった。
意思が込められた、やや高いながら響きの通る声。
戦場でその声に下知されれば、嫌が応にも奮い立つだろう。


俺は通信を切って、表を窺った。
沿道に永遠と続く人だかりには、微塵の疑いもない。
もし突然、彼らの崇拝する天上王が消えでもしたらどうするのだろう。
そんな不謹慎なことを考えてばかりいた。


だからだろうか。
それは、突然に訪れた。


歓声を裂く、一筋の銃声。
続けて、五発六発とミクトランの傍を掠めた。
蜘蛛の子を散らすように群集は逃げ出した。



「ちっ。」



俺が飛び出して指示するより早く、奴らは車外へ飛び出していた。
すぐさま半分が車を囲って守り、もう半分は銃声の元へと駆けて行く。
それはもう、物凄い速さで。


奴らが向かった先には、裏路地へと続く細道が一つ。
恐らく誰か居たのを見たのだろう、奴らは駆けて行く。



「ウォーラ閣下、王陛下をお願い致します。」



先頭を行くドレークが振り返って叫んだ。
記憶の通り、真っ赤な髪の少年だった。


ガキに指図されたのは気に入らなかったが、正しい判断だったから文句も付けられない。
その上、残された十五名は身を盾にするかのように車両から動かないでいる。
部隊の動きとしては、完璧と言ってよかった。


だがしかし、如何せん子供に過ぎない。
力じゃ敵わないだろうし、経験も浅い。
しかも今は、前線視察中のパレード中。
こんな時に戦死者でも出したら士気に関わる。



「第16及び第8中隊は現状死守、第3小隊は俺に続け。」



俺は、部下が付いてきているかも確認しないまま駆け出した。
遥か彼方へ飛んでいく、赤揃えの一団を追いかけて。








少年兵士達は、火器を持っているであろう敵に怯みもしなかった。
飛び交う銃弾を潜りながら、路地へと殺到する。
小さいだけあり、誰も弾を喰らわない。
誰一人、振り向きもしない。


そして、そのまま路地の奥へと消えていく。
銃声が止んだ。


やがて、大通りに静けさが戻った。
恐る恐る、俺は路地裏へと足を踏み入れる。
噎せ返るような血の匂いがした。



「敵実行犯一名捕縛、六名殺害いたしました。」



敬礼して、紅い軍服を更に赤黒く染めた兵士達が並ぶ。
奴らの傍らには、血みどろで気絶している者が一人。
あとは、ただの挽き肉と化した無数の肉塊だけだった。


斬り飛ばされた脛から下が、足元に転がっていて吐き気を催す。
脳漿の吹き出た頭が、半ば切り離された首に繋がり、両腕の無い胴が続いている。
俺は地獄を見たことがない。
しかし、今までで一番地獄に近いといっても良かった。


凄惨なほどの戦い。
いや、奴らは殆んど無傷、これは屠殺と言ってよかった。
とても、尋常な人間の仕業とは思えなかった。



「生きている者を連れて行け。」



低く、俺は言った。
少年兵士達は五人がかりで大柄な男を運んでいく。


生きているといっても、本当かどうか分からない。
形が残っていると言った方が正しかった。
その生きながらに死体同然となったものから目を逸らす。



「ドレーク。」



俺はその名を呼んだ。
皆血みどろで見分けなど付かない。
進み出て敬礼して、初めてそいつがドレークだと分かった。


意志の強そうな琥珀色の瞳。
其処だけが血に濡れず、輝いていた。



「ご苦労。部隊は帰して良い。」



そう言い放ち、奴らを帰した。
言うべき事はあった。
しかし、言えなかった。
正直、俺も一時も早く此処を離れたいと思っていた。


六人も殺しておきながら、顔色一つ変えず整然と奴らは去っていく。
野次馬が悲鳴を上げるのが聞こえた。
あの姿では、無理もない。








そして俺は、再び死体の散乱する路地裏を見た。
何処からか、子供が一人。
転がっている肉片を見て、笑っていた。



「こんなにしてしまって・・・躾はされているんですか?」



少年は、俺達へ目を向け微笑む。
俺は黙って、そいつから目を逸らさずにいた。
ドレークも真っ直ぐにそいつを睨んでいた。
歳の程は、ドレークと同じくらいだろう。
アメジストのような瞳が、キラキラと光るのが印象的だった。


少年はなお、飽きずに死体を眺めている。
顔色一つ変えず、博物館の展示物でも見るように。



「今回は、ゲリラの方の協力ですが、地上の本隊ではこうは行きませんから。」



酷く事務的な、誇るでも悔しがるでもない口調。
しれっと、この死体達が捨て駒だと言い放った。
今回の事の首謀者が、自分だとでも言わんばかりに。


ドレークが、一歩そいつに踏み出した。
それを無言で、奴は制した。
射るような視線が、俺に注がれる。



「民間人の子供を斬っては、問題でしょう?参謀総長閣下。」



俺を知っている。
やはり、ただのガキじゃない。


俺はドレークを止めた。
少し未練そうに、奴は一歩下がった。
その様子に、少年はまた笑う。



「お名前を伺っても宜しいでしょうか?」



少年は、ドレークに尋ねた。
雪のように白い顔が、アメジストの目を除いて笑っている。
その冷たさに、俺は背筋が寒くなった。



「カール=ヴァン=ドレーク少尉。護衛師団教導隊隊長。」



うんうんと、少年は頷いた。
そして、恭しく頭を下げて再び俺達を見る。



「私はカーレル=ベルセリオス。次回は、陛下のお命を頂戴に参ります。」



カーレル=ベルセリオス。
そう名乗った少年は、暗い裏路地の闇へと溶けていく。
その身に纏った、噎せ返るような血の匂いを残して。



「陛下には、指一本触れさせません。」



ドレークはなお、琥珀の瞳を闇へ向けていた。
その頭に、俺はぽんと手を載せる。
溜息一つ、奴を促して表へ出る。


大通りでは、ミクトランが血みどろの少年達の頭を撫でていた。
その光景は、凄惨さの中に何処か温かみがある。
少年達の表情には、生きる喜びが感じられた。


きっと奴らには、飛び交う銃弾の恐怖より、この喜びが大きいのだろう。
俺は、奴らの異常な勇敢さの訳が、少し分かった気がした。





赤揃えの少年達が、少し違って見えたのは
返り血で赤黒く色が変わったからだけでは無いだろう。




























報告書。

地上暦10年8月25日パレード銃撃事件。
実行犯七名。捕縛一名、殺害六名。
教導隊の迅速な行動により、即時鎮圧。
死傷者零名、パレードのタイムロス二十分。





俺は、奴らを認めざるを得なくなった。








































あとがき
無邪気にグロい少年兵士達。
えっと・・・カーレル13歳?


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