「今日は貴方ですか?」
そう言いつつ溜息をつくと、彼は苦笑して歩み寄ってくる。 ベッドの傍らに立ち、ちょっと手持ち無沙汰そう。 その様子が可笑しくて、ついついクスッと笑ってしまった。
「なっ・・・何か可笑しいですか?」
一瞬、顔に朱が差してすぐに背ける。 そのまま、ちょっとぶすくれて、漸くそこの椅子に腰掛けた。 ・・・・やれやれ。 今日も今日で、また厄介なことになりそうだ。
私は今、過労で倒れている。 倒れていると言っても、死の淵だとかってことじゃない。 小うるさい軍医のお嬢さんに寝ていろと命令されただけのこと。
まぁ、事実数日前までは高熱もあったし眩暈もした。 しかし、数日寝ていれば、多少はましになる。 それなのに、何を思ったか彼らは・・・。 あぁ、彼らと言うのは我が地上軍の幹部連中の事。 で、その彼らは忙しい仕事を放っておいて、私の見舞いに来るのだ。 しかも、当番制で毎日日替わりで。
昨日は、ハロルドが来た。 お陰で何か妙な物は飲まされたし、妙な注射はされたし、少々疲れた。 今日こそゆっくりと思ったら、今日は・・・・。
「中将、りんごも剥けないんですか?」
ナイフを持ってりんごを掴み、四苦八苦する彼。 私はついつい、身を乗り出してしまう。 さっきから、何かと世話を焼こうとする彼だが、どれも上手くいかない。 結局私がブツブツ言いだすことになってしまう。 まぁ、彼がやることに変わりは無いが。
と言っても、今まで誰が来ても大差は無い。 カーレル中将が来たときは、彼が先に眠ってしまった。 シャルティエはお茶を零してアトワイトに叱られていた。 ノリスは徹底して働かなかったし、司令は私より不調そうで帰ってもらった。
全く、あんな有能な人達が看病の一つも出来ないのだから困ったものだ。
そう思ってから気がついた。 彼らは、殆んど身寄りも無い彼らは、看病などされたことがあるのか。
「・・・・ディムロス中将。」
私はナイフで切った傷を舐めている彼に話しかけた。 彼はその様子を見られて恥ずかしかったのか、少し照れて笑う。 意外なほど白くて繊細な指先で、私はちょっと驚いた。
「看病ってして貰った事あります?」
少しの間、ちょっとびっくりした彼の顔。 それはすぐに微笑に変わる。
「あんまり無いかな?昔から父は忙しかったですし。」
彼は、ほんの少し寂しげに笑った。 私は言葉が出なかった。
彼の父親は、天地戦争開戦時の天上幹部の一人。 だから彼は、二十年前から一人きり。 そうかも知れないとは思ったが、やっぱりそうだった。 きっと、シャルティエもノリスもベルセリオス兄妹もそうだろう。
私は違った。 元貴族の名家に生まれた私は、そうじゃなかった。 病気をすれば、医者が飛んできたし、使用人が一々面倒を見てくれた。 彼らの孤独は、私には無かった。
「寂しく無かったですか?」
私は思わずそう聞いてしまった。 聞いてから、当たり前だろうと思って後悔した。 しかし、彼はにっこり笑って応えるのだ。
「えぇ。でも、軍に入ってからは全然。」
そいて、彼は皿を一枚差し出した。 上には、どうにか剥けたりんごが八切れ、不恰好に並んでいる。 促されるようにして口に運ぶと、妙に美味しく感じられた。
昔、家にいた頃は、こんなに美味しいとは思わなかった。 視線を、皿から彼に移す。 優しく微笑する彼が居る。 お皿を置くと、彼はその手を私の額に当てた。
「まだ、熱ありますね。」
そうして、私をゆっくりとベッドに倒す。 柔らかな右の掌は、まだ触れたまま。
それは、沁みてくるような温かさだった。 血の通いを感じさせる、力強く優しい温もり。 それは、冷たい孤独の中で生きてきたはずの彼の手。
「・・・・・・・・ずるいな。」
届かないように、微かに呟いた。 冷たい孤独の中で、温かみを知らずに生きてきた彼。 そんな彼の手が、こんなに温かだなんて。
身の回りを片付けて、彼は部屋を後にする。 去り際に彼は一言、私に尋ねた。
「寒く、ありませんか?」
私の答えは、決まっていた。 視界が潤んで見えたのは、きっとこの熱の所為
「・・・・・・・・・温かいです。」
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