「少将と寝たらしいね。」
噂と言うのはすぐに広まる。 それの真偽に関わらず。 今回の場合は、正しい情報の噂だったようだ。 何しろ、僕は当事者なのだから。
目の前の長身の男は笑顔だった。 もう何度も顔を合わせている、その薄ら笑い。 僕は個人的には嫌いではなかった。
「何のことですか?」
作り笑いで苦笑して、わざと狼狽してみせる。 小動物のように弱々しく振舞う、僕の処世術。
「暇かい?」
僕の言い訳には取り合わず、この人は話を先に進める。 そう、いつもこうやってマイペースなんだ。 初めて話したけれど、この人の事は前々から伺っていたから大丈夫。
「話がある。」
変わらないこの人の笑顔。 感情は読めない。 でも、手荒なことをする人じゃないと知ってるから大丈夫。
焦ったら僕の負け。 僕はただ、この人に弱い自分をアピールし続ければ良い。 決して難しくない芝居。
「あっ、まだ名乗ってなかったね。」
自分の執務室に連れ込んでから、この人は名乗った。 カーレル=ベルセリオス、前々から知っている。 少将と体の関係がある、と言う事も。
「シャルティエと呼んでも良いかな?」
僕は黙って頷く。 自分のペースで話す人は案外やりやすい。 適当に相槌を打ちながら逃げ場を探せるから。
「もう一回聞こうか、少将と寝たんだってね。」
僕は黙って頷く。 少し震えて見せた方が良いかもしれない。 愚かな僕は初めて会うこの人に恐怖している、という風に。
この人はふーん、と頷きながら席を立った。 戸棚を開けて、僕へ振り向く。
「コーヒー?紅茶?」
予想外の行動に僕は驚いて首を横に振った。 幸い、怪しまれることはなくこの人は勝手に紅茶を淹れだした。
熱湯がポットに注がれ、この人は時計で時間を見る。 几帳面な性格らしく、お湯を注いでからの時間を計っているようだった。 やがてカップにお茶が注がれて、僕の前に一つ差し出された。
「どうぞ。」
この人は自分のカップに砂糖を三杯入れると、少しだけ口を付ける。 そして小さな紙箱から取り出した煙草を銜えて火を点ける。
「芝居はお互いこの辺にしとこうか。」
紫色の煙がこの人の口から吐き出される。 どうじに、表情から笑みが消えた。 アメジストの瞳が怪しく輝きだして、底が見えなくなる。
仕方ないな、と僕は内心で思いつつにっこり笑った。 そして、出された紅茶に砂糖を一杯だけ入れて一口飲む。 これで毒でも盛られていたら、さぞ楽しいだろうと思いながら。
「君が少将と寝たのは一昨日だったかな。」
さっきまでの愛想の良い笑顔とは違う、黒い笑み。 天地に轟く稀代の策士の表情をこの人は見せていた。
「良くご存知ですね。」
僕も笑う。 逃げ場が無いと分かると肝は据わるものだ。 然程恐怖は感じない。
「夜中の十一時半頃、君から誘った。」
「ええ。誘ったのは三回目でした。」
僕の落ち着き振りが可笑しかったのか、ふふっとこの人は笑った。 目は決して僕の目から離すことは無い。 隙の無い雰囲気だった。
「目的は?」
「目的?」
「何の為に少将と寝た?」
僕は瞬きをした。 二回、三回。 きっとこの男は疑っている。
「答えられませんか?」
疑いの目。 それで良い。 それでこそ好都合だ。
「少将を愛しているから、と言ったら信じてもらえますか?」
「君の聡明な頭脳で考えれば簡単に答えは出るはずじゃないかな。」
そう、予想通り。 少将への想いを、この人は絶対に信じない。
僕が保身の為に少将に抱かれたと思っている。 打算で少将を慕っていると思っている。 きっと、少将もそう思っている。
「じゃあ、仕方ないですね。」
この人に笑ってみせる。 ふてぶてしく、まるで悪びれない悪人のように。
「大した子だ。」
呆れと感心の眼差しで僕を見る。 少将の親心を裏切った元天上軍少年兵。 皆の目に、僕はそう映る。
「お褒めに預かり光栄です。」
僕は少し冷めてしまった紅茶を一気に飲み干した。 丁度、この人の三本目の煙草が燃え尽きるのと同時だった。
僕は席を立つ。 話は済んだ。 僕の計画通り。
「シャルティエ。」
彼が呼び止めたから振り返った。 彼の表情はもう愛想笑いに戻っていた。 爽やかな好青年の笑顔に。
「随分少将に惚れ込んだみたいだね。」
驚きで表情が強張る。 完全に騙したと思って気を抜いていた。 背筋に寒気が走った。
この人がクスクスと僕を見て笑う。 砂糖三杯入りの甘すぎる紅茶をこの人は飲み干した。
「まだまだ甘いな。」
「・・・・何故分かったんです?」
「勘だよ。」
この人はさらりと言う。 僕の想いを見透かされていた。 さっきまでの芝居も全部。
「打算に見せるのは良い考えだね。少将は騙されてましたから。」
この人にはお見通しだった。 少将に拒まれたくなくて打算に見せかけた心算も。 それを隠したふりをしているのも。
「僕が保身の為に抱かれたがってるなら、拒まれないかなと思って。」
諦めて本音を出す。 もし、僕が本気で好きなのだと知ったなら少将は僕を拒むだろう。 彼の純粋な親心を裏切る結果になるから。
「なるほど。」
「少将は僕を哀れんで抱いてくれました。それでも嬉しかった。」
拒まれるくらいなら、愛がなくたって良かった。 彼の傍にいて、愛されているかのように勘違いがしたかった。 どんな風に思われても良いから彼に抱かれたかった。
「大した子だ。」
もう一度この人が言う。 今度は何故か親しみが感じられる言葉だった。
「何で、分かっててこんな事聞いたんですか?」
「・・・・・・。」
笑顔で首をひねるこの人。 楽しそうな笑顔で、今まで見たことの無い顔だった。 僕は追い詰められているはずなのに、不思議とそんな気分にならない。
「まっ、ライバルに挨拶がしたかったからからな。」
屈託なく笑うこの人。 驚きが隠せなくて、僕は目を瞬いた。
「少将だって馬鹿じゃない。すぐに気付くよ。だから・・・・。」
唖然として何も言えない僕。 その肩を、彼がぽんぽんと叩いた。
「ちゃんと勇気を出す準備をして置く事だな。」
「お帰り。」
部屋に戻ると、彼が帰ってきていた。 珍しく出かけていた僕を心配そうに見詰める。
「すみません。」
笑顔で頭を掻くと、彼も笑顔をくれた。 まだ、勇気は出ない。 この笑顔を失う勇気も、自分だけの物にする勇気も。
でも、誰かにくれてやる気はさらさら無い。 絶対に、いつか僕のものにしてみせる。
「愛してます。」
信じさせるつもりで、
この台詞がいつか言えますように。
<了>
あとがき イクシャルでしたね。 しかも、結構どろどろしてますけどね。 甘いイクシャルは書きたくないし、書けない。 と言う事で、ヒネクレ純愛ものにしてみました。 どうですかね、こんなシャルティエで。
|