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できてる、できた、できるかも
週の終わりの金曜日。 残業をせずに退社したのが17時半。 会社の近くのスーパーに寄って20分。 マンションの最寄り駅まで電車に揺られて20分。 駅から歩くのが15分。 途中でコンビニに寄ったから、プラス5分 そういうわけで、18時半には彼のマンションに着いた。彼は最近部下に誘われて自転車通勤を始めたらしくて、もう部屋には帰っているようだった。 あの人は体育会系って感じではないけれど、身体を動かすのは好きらしい。週末は趣味でバトミントンとかをしている。駅から15分歩くのだって苦痛な私には真似できないことだ。 スーパーの袋が案外重くて、息切れしながら階段を上る。中身のブリキ缶がガチャガチャと金属音を立てた。引っ越すことがあったら駅に近くて一階の物件を探すように言おう。この決意を三度ほど確認した頃に、ようやく彼の部屋のドアの前まで辿り着いた。 ドアノブを回してドアを引く。ガンッという低い音と振動。鍵は閉まっていた。几帳面な性格の彼はイチイチ戸締りをするのだ。それを知っていながら、イチイチ鍵の閉まったドアを開けようとしてしまう私も私だ。舌打ちをしながら合鍵を取り出す。 ドアを開けた先には彼がいた。私がロックに阻まれた音が聞こえたから出てきたんだろう。ワイシャツを腕まくりして、タオルで手を拭いていた。夕飯の仕度か。出来た彼氏ですこと。 「おかえりなさい。」 「どうも。」 流石にまだ、ただいま、と言うのは憚られた。自分から「週二でここから会社に通いたい」なんて言って押しかけておいて、その辺りはなかなか踏ん切りがつかない。 「あ、これ、デザートに。」 スーパーの袋を差し出す。中には桃の缶詰が4つ。なんか食後に甘いものでも食べようと思ってスーパーに寄ったら、彼の好物が安く売ってたんで手が伸びてしまった。 「ありがとう。」 袋の中を覗いた彼が笑顔を見せる。桃が好き、というから普通の果物のあれ専門なのかと思ったら、缶詰でも飲み物のネクターでも、取り敢えず桃っぽかったら良いらしい。もっと拘りがあるのかと思ったから意外だった。 「もうすぐ出来ますから。座っていてください。」 「夕飯なんです?」 「炒飯とスープです。簡単ですけど。」 「いえいえ。」 自分用のスリッパを出して上がり込み、上着をかけてソファーに腰を下ろす。週二ペースで一ヶ月弱経ったから、8回目くらいだろうか。慣れたものだ。勿論、最初からそんなに緊張はしなかったけれど。 清潔なテーブルクロスに、シンプルな食器。綺麗に炒められたご飯と野菜の沢山入ったスープ。彼はそれほど味に頓着しない方だけれど、きっちりした性格のためか料理も上手い。出来た彼氏ですこと。 「よいっしょ、っと。あー。」 食後、だらしなくソファーに寝そべる。食べてすぐに横になった訳ではない。二人分の食器を洗って、缶詰を開けただけだけれど。 「お疲れですか?」 彼がシロップ漬けの白桃を一切、フォークで刺す。それを眺めながら口を開けると、彼が少し呆れたような表情を見せた。フォークは進路を変更して、私の口の中に収まる。桃の缶詰なんてもの、私は特に好きということはなかったけれど、たまに食べる分には悪くない。 「部長にレポート見せなきゃいけなかったんで。」 私の上司の上司、そして彼の上司でもある部長。細かいことには口出ししないけれど、締めるところはガッチリ締めるし、割と教え魔で世話好きだから苦労する。いや、良い上司なんだと思うけど。 「ウォーラさんは貴女に期待しているみたいですよ。」 「面倒だなぁ、そういうの。」 伸びをして深呼吸。彼の匂いがした。彼は私が部屋に来ると、このソファーで眠るのだ。彼はまだ、桃缶を食べながら仕事の話を続けていたけれど、私としてはそういう気分ではなくなってしまっていた。 「眠いんですか?」 「そうじゃないですけど。」 「横になるならシャワーを浴びてからの方が良いですよ。」 私は週二でここに泊まっているけれど、彼と身体の関係はない。キスはこの前一度だけした。なんというか、子供をあやすようなキスで、無性に腹が立った。惚れた男とキスして腹が立つ女も珍しい気がする。 「一緒に入ってくれたらシャワー浴びます。」 「何を言ってるんですか。」 「誘ってます。」 彼が困った顔をした。困った顔をされるのは気に入らなかったが、彼の困った顔は好きだ。ソファーの傍らに立っていた彼の手首を掴んだ。ひどく胸が鳴っている自分に気付いた。 「性欲、無い方ですか?」 「・・・・・・。」 「毎回割とまともな下着選んできてるんですけど。」 「・・・・・・。」 「濡れやすい方なんでもう汚れてますけど。」 これで無反応だったら開き直ってソファーでオナニーして盛大に彼を困らせてやろうと思った。彼が見てる前で、彼の匂いがするソファーで、と想像しただけで興奮が高まった。 「全く。」 大きく溜息を吐いて、彼の手が顔に触れた。私に彼の影が落ちる。彼の体重もかかって、ソファーがかすかに軋んだ。顔が近い。垂れてきそうな気がして思わず太腿をすり合わせた。 「貴女は何か誤解をしていますね。」 「そう、ですか?」 「ベッドに行きましょう。」 雰囲気が変わった。怖さとか期待とかその他諸々。何だかんだ言って自分も女だったんだなぁ、と場違いなことを思った。 思った通りというか、なんというか、30男と処女の経験の違いは歴然で、あれこれ触られているうちに私は色気なく三回イッた。 惚れた男に触られるっていうのが、こんなに良いもんだとは思わなかった。ま、他人に触られたことないから比べようがないんだけど。 「上手いんだろうなぁ、と思ったけどやっぱり上手いんですね。」 「上手い、と言われても言葉に困ります。」 じゃあ、どうして上手いんですか、と聞いたらこれまでの経験やら何やらについて詳しく話してくれるんだろうか。それはそれで面白いと思うけれど、今はそれより大事なことがある。 「ここまで来て挿れないとか言いませんよね?」 「私はそれほど我慢強くありません。」 欲しがられる、というのは良い気分だ。彼の膨らんだ性器が背中に当たっていた。手探りでそこまで辿り着き、熱さと形を確かめる。こんなのが入るんだから哺乳類の身体というのは大したものだ。待てよ、オスが陰茎をメスの中に入れるのは哺乳類だけじゃないか。鳥類や爬虫類もそうだったな。 「爬虫類とか鳥類って膣ないんですよね。」 「どうしたんです、急に。」 「あいつらって産卵もセックスも排泄も穴一つじゃないですか。」 話の途中だったけれど、彼のものを口に含んだ。思ったより興奮する。彼が目を細めて身震いしたのがまた良かった。普段ストイックな印象なだけにそそるなぁ。 「膣もアナルセックスも一緒ってなんかつまんないですよね。」 「随分変わったピロートークですね。」 「これはこれで興奮しません?」 彼は特に否定の言葉を口にしなかった。今度機会があったら「折角穴が二つもあるわけですし」とでも言ってみよう。絶対呆れられそうだな。 「ふぅ。」 口を離した。彼のを舐めている間にシーツにシミを作ってしまった。彼を見上げる。特に言葉を交わさなくても通じたようで、彼は私を抱きかかえて仰向けにした。それから、ナイトテーブルに手を伸ばす。 「避妊するんですか?」 「しないんですか?」 「いや、うちの会社、産休とか育休とか充実してますし。」 「そういう問題ですか?」 「未婚で妊娠がまずいなら明日役所行きますけど。」 あ、うっかりプロポーズした。彼がひどく困ったのが分かる。 その一方で、彼の手は私の腰を掴んだ。期待で背筋がゾクゾクする。彼が入ってくる時、少しの痛みと物凄い熱さを感じた。 「素敵ですよ。」 彼の言葉が可笑しかった。この人がこういう場面でどういうことを言うのかな、と思っていたんだけれど、想像以上にこの人らしい言葉だった。だから可笑しかった。 「その台詞、恥ずかしくないんですか?」 「聞かないでください。」 笑いながら尋ねたら、強く突かれて、それからキスをされた。痛くて熱くて気持ちが良かった。彼と繋がっている部分も触れられている部分もどこも良かった。これは大変なことになりそうだ。 「明日動けないかも。」 「手加減した方が良いですか?」 「役所に行けるように?」 「土曜日は市役所が休みですよ。」 「そうでしたね。」 と、言うことは、取り敢えず明日の予定はないということになる。安心して寝込んでいられるというわけだ。そして、動けない私を彼は甲斐甲斐しく世話をしてくれることだろう。 何せ、彼は出来た彼氏だから。 あとがき ハロルド♀、通称「エミィ」とイクティノスの話。桃缶四つも買ったり、爬虫類とか鳥類のセックスについて考えたり、うっかりプロポーズしたりと変な奴ですが、個人的には割と気に入っていたり。あ、貧乳ネタ挟むの忘れた。 題名は「二人が出来てる」「出来た彼氏」「子供が出来るかもしれない」というだけの話です。大体は下らない言葉遊びで決まるんだよね。 BACK |