DRUNKER
いつ、声をかけてくるか。
そう思ってから二十分ほど経った。
「奇遇ですね。」
彼は、柔らかい笑みを私に向ける。
歳はまだ、二十歳を少し過ぎたぐらいのはずだ。
ちょうど、私がこの戦いを始めた時と同じくらい。
急に話しかけられた割に、私が落ち着いているからだろうか。
笑顔の後で、少し残念そうな顔を一瞬だけ垣間見せた。
「二十分も付け回して、奇遇・・・か。」
そう冷淡に言ってやる。
この若い天才に、お見通しだと分からせてやらなければならない。
と、ともに若い頃のアイツに似てポヤっとしている彼の反応が楽しみでもあった。
「人の多い所だと、お互い不便でしょう?」
彼は、悪びれる様子も見せない。
悪戯をした子供のように笑って見せる顔に、薄い邪気が覗いた。
育ての親より曲がった性格なのは確かなようだ。
多少の距離を置いて、彼を頭から爪先まで見詰めた。
恐らくしなやかな細身であろう身体を隠すのは軍服ではなく、白いコート。
少し古い感じで、見覚えもあったから養父からのお下がりなのだろう。
「私の首でも獲りに来たのか?」
さらりと言って、少し笑ってやる。
この青年に手を焼いただろう育ての親を思ってが半分。
もう半分は、この青年自体に趣を感じたから。
「首は、後で専門の者を獲りにやらせますので。」
冗談にしては目が笑っていない。
地上の手練というと、あぁ、ウォーラの息子がいたな。
今はもう二十の後半に差し掛かっているはずだ。
あの時の少年が、時が経つのは早い。
「ウォーラの子は元気にしているかな?」
急に話題を変えたものだから、少々驚いたらしい。
私は、その赤紫の目が瞬かれるのを楽しげに見ていた。
この瞳には十数年間のアイツの姿が映っていたんだろう。
そう思うと、なかなか感慨深い。
「諜報部の方に聞かれたら如何です?」
皮肉で返された。
なるほど、先日潜入させていた密偵がやられたらしいな。
してやったり、と彼は私を見る。
「プライベートなことまでは諜報部には聞けなくてね。」
軍人としてのディムロスが、今日何をしてどんな仕事をしていて、戦果はどうか。
そんな事は、諜報部を通じていつでも入ってくるし、別に私も別段知りたくはない。
私が知りたいのは、古くからの友人の息子がどうなのかという事。
「プライベートですか?」
少し驚いた様子で、彼は私を見た。
そして、訝しんだ様子で何故と問い返す。
どうやら、彼は私の問いの他意を探っているらしい。
そこまで警戒されると、逆に滑稽にも思えてくる。
まぁ、アイツが育てたにしては用心深いな。
「27才、そろそろ浮いた話の一つくらいあってもいい頃じゃないかな?」
また、彼が酷く驚いた顔をした。
というか、先程よりも激しい驚きようだった。
不思議に思いながら、彼を見ていると彼がおずおずと口を開いた。
「知りたいんですか?」
「あー、まぁ。」
焦った様子はアイツに似ている。
こんな様子でいてくれれば可愛いんだけどなぁ。
しかし、彼の驚きぶりは何なんだろう。
ウォーラの息子には何かプライベートで問題でもあるのだろうか。
こうされると、ますます気になる。
「その・・・・。」
私は、ますます彼をじっと見詰めた。
別に私が何を知ろうと問題無さそうな物なのだが。
それとも、敵に知られると拙いのだろうか。
と、言うことになると・・・・・。
「・・・・男?」
彼の顔色がサッと変った。
こんなに分かり易くて仕事になるんだろうか。
敵ながら心配になってくる。
しかし・・・男か。
「・・・・はい。」
彼が遠慮がちに頷いた。
ウォーラが知ったら悲しみそうだな。
孫の顔ぐらいは見たかっただろうに。
「相手は?」
ここまで来ると知りたくなってくる。
と、同時に彼の困惑する様子も面白い。
私の質問に、最早観念したかのように彼は迷わず答え始める。
しかし、多少の自棄が見え隠れしなくもないが。
「副長のノリス大佐ですよ。」
そういえば、そんな男がいたような気がする。
第一師団副長として武名を上げている男。
短身痩躯で黒髪黒瞳の涼やかな風貌だと聞いている。
「で、ディムロスは抱く方?抱かれる方?」
妙な質問だが、思いついたから聞いてしまうことにする。
息子の彼氏の話を肴にウォーラと酒を飲むのもオツだろう。
この話を振った途端に真っ赤に染まる青年の顔も面白い。
うん、やはりこうして見ると親に似て可愛い。
「大事な事だろう?」
大真面目に聞いてみると、彼はますます困った様子。
歳をとった所為かな、昔はこんな風に意地悪をして遊んだりという事はなかったんだがな。
でも、こんなにも楽しいのは彼があまりに似ている所為かもしれない。
「その・・・・あの・・・・。」
また良い淀む。
これは本当に、ここ五年で八回も私を暗殺しようとした男なのだろうか。
どうも、この緊張感のなさは親戚か何かの子供と話している感覚だ。
まぁ、親戚の子供というのはあながち間違った表現でもないが。
ふと、彼の顔に手を伸ばした。
答えあぐねて戸惑っている彼は、それに気がつかない。
そのまま、彼の頬を何となく摘んで引っ張った。
「・・・なっ・何してるんです!?」
抓ってみて、改めて思った。
若いとやはり肌に張りがあるし、弾力があって気持ちが良い。
こういう所も良く似ているし。
「軍師殿と親睦を深めるべく、スキンシップ。」
スキンシップに照れる辺りもやはり、良く似ている。
でも、アイツに比べると少し身体は筋肉質かもしれない。
放してやると、弾力を持って皮が元へと戻る。
整った顔の白い頬に、少しだけ赤くなった部分があるのは少し滑稽味があって良い。
そして、何事もなかったかのように話の先を促す。
「それで?」
「あー、だからっ、抱かれる方ですよっ。」
何だかもっと自棄になってきているな。
まぁ、こういうのの相手をするのも楽しいけれど。
しかし、そうか・・・・ディムロス君は抱かれる方か。
まぁ、小さい頃から可愛かったけれど、地上軍の核弾頭がか。
「満足しましたかっ。」
随分と喧嘩腰で尋ねてくる。
冷静沈着が売りの名参謀だと聞いていたんだが、どうも可愛さが先行する。
もう少しこうしていても良かったがそろそろ本題に入ろうか。
私はそんな思いを巡らせつつ、少し真面目な表情をして彼を見た。
そして、急に新しい話題を彼に振った。
「リトラーの話を、しても良いかな?」
その一瞬で、彼の顔から赤みが引いた。
そして同時に笑みもすっと消えうせた。
アメジストの目が細められ、酷く怖い顔になる。
「何・・・か?」
どうやら、私とリトラーの仲を知っているらしい。
そうなると、話は早い。
私はなるべく表情をさっきから変えないまま、笑った。
彼の表情は、ぴくりとも動かない。
ネコ科の猛獣のような、射抜くような視線。
「君とリトラーの関係を教えて欲しい。」
私だって馬鹿じゃないんだ。
この若者が幾ら有能でも、ここまで楽に出世できるはずがない。
何のために彼がここまで努力をしたのか。
地位の為?名誉の為?軍の勝利の為?戦争終結の為?
どれも違う。
その理由は、恐らくはたった一つだろう。
それは、リトラーの為、その一事に違いない。
「お答えしなければなりませんか?」
私は、薄く笑って頷いた。
ただの親と子の関係でないことは、何となく分かっている。
それでも、彼の口から聞きたかった。
「関係は、親子で上官と部下です。」
目を逸らさずに、彼は言い捨てた。
彼が本心を言っていないのは、明らか過ぎるほどに明らかだった。
「しかし。」
「しかし?」
始めは微かに最後の方は決然と言い放った。
続きを促すと、彼は一瞬目を逸らして、すぐに戻してより強く私を睨んだ。
私は、その強い視線を受け止める。
「彼への私の想いは、貴方のと同じです。」
言い切って、彼は初めて笑った。
先程までの可愛げとは程遠い、強かさを含んだ陰の部分が浮き上がった笑み。
その瞬間、今度は逆に私に似ているな、と思った。
目の前で私を睨みつけているのは、何があっても引けない時に出す私の笑みだ。
そこがまた、実に可笑しい。
「リトラーは何と?」
「彼は今でも貴方が・・・・。」
「二十年も会っていないのに?」
一層強い視線が、私に射掛けられた。
それは、研ぎ澄まされた槍のような鋭いものだった。
彼が私の胸倉を掴み、ぐっと引き寄せて口を開く。
驚くほどの大音声で彼は叫んだ。
「彼の気持ちを疑うって言うんですか?」
彼が上げた声は、路地に遠く響いて、だんだんと消えていった。
ほんの僅かな、胸の痛み。
それと同時に、微かな優越感を感じた自分が嫌だった。
彼が、大きく息をつく。
そして、咳払いを一つして自分を落ち着かせた。
もう一度、決然と私を見て口を開く。
「貴方から彼を奪って見せます。」
その言葉を受けて、改めて思った。
リトラーの心がまだ、私のものであるということ。
そして、まだ私の心が、リトラーのものであるということ。
二十年も昔の恋に、まだ囚われ続けている自分達が可笑しくて哀しかった。
「渡さない。」
私も、釣られたように真面目に言い放った。
どうも、調子が変だ。
こんな気持ちになるなんて、随分なかったのに。
こんな気持ちを思い出すなんて。
目の前の青年をもう一度見る。
もう、可愛いとかそんな風には見られなかった。
最早、彼は親戚の子供なんてものではない。
彼は。
彼は・・・・。
私の恋敵だ。
「奪える物なら、奪ってみると良い。」
もし、彼に奪われたならリトラーは幸せになれる。
私はそうも思った。
それならそれで、私も幸せだ。
もし、彼が最後まで私を愛してくれるのならば。
私にとって、それ以上の幸せはない。
私は、彼の手を取る。
そしてゆっくりと、私の首へと持って行く。
彼の手の鼓動と、私の首の鼓動。
二つがリンクして、響きあう。
「この首は、君が獲りに来ると良い。」
私がにやりと笑う。
彼も、答えるようににっこりと笑った。
深い深い笑み。
深い深い彼の瞳。
深い深い・・・彼と私の想い。
あの男の甘美な毒に蝕まれる二人。
あとがき
とにかく土下座。
更新を一月サボりました。
関東大会で死にそうでした土下座。
信長の野望にハマって、三日遅れました土下座。
読んでくれてありがとう。