家族だから。



「病気で両親は死にました。」


彼はそう言っていた。
天地開戦の少し前、相次いで伝染病で亡くなったのだそうだ。
他の肉親は皆、死んでしまったり行方が分からなかったりするらしい。


天涯孤独。
そんな言葉が似合わない人間だった。
彼の周りには常に人が集まっていて、いつも賑やかだった。



「志願兵の選抜ですが、私がしても構いませんか?」



自分の部隊に入る兵士を、彼は自分で選んだ。
多分彼は意識していないし、区別する気も無かっただろう。
でも、彼の部隊の兵士は帰る所の無い者ばかりだった。


彼は部下を大事にする将校だった。
兵士の慶事には、薄給から祝いを贈った。
戦死者が出た時は、こちらまでが貰い泣きしそうなほど泣いた。
厳しく、優しく、兵士達にとっては父や兄のような上官だったことだろう。



「どうして部下に其処までしてやれるんです?」



私は何かの拍子に尋ねた事があった。
どうしてそんな事を聞くのかと、彼は怪訝な顔をした。
しかしそれはすぐに、穏やかな微笑に変わる。



「家族ですから。」



あぁ、とその時に納得した。
帰る所の無い兵士達と指揮官。
彼らは一つの家族で、彼らの帰る場所は其処にある。


家族、その響きが懐かしかった。
その温もりからは随分と長い間遠ざかっていたと思う。


羨ましいな、と私は思った。
肉親もいる、帰る場所もあるはずの私なのに。
何故か彼らが、堪らなく羨ましく思えた。



「良いですね、その響き。」



私がつい口にした言葉に、彼は笑みを零す。
私が不審がるって彼を見ると、彼は首を横に傾けながら答えた。



「家族じゃないですか、少将だって。」



私は返す言葉が無かった。
ただ単純に、心の底から嬉しくて嬉しくて。
心の奥がじわっと暖まるような、そんな感触だった


家族


心の中で噛み締めたその言葉。
どれだけ時間が経っても忘れ得ない。
その言葉も、その喜びも。





そして、


その時に感じた温もりは、


今も変わらずに此処にある。



























































命令無視をした。


撤退する敵の追撃命令を無視した。
代わりに私は、被害にあった一般市民の救助と応急処置を命じた。


壊れた建物に閉じ込められたり、流れ弾に当たった市民が沢山いた。
その眼前を素通りするなど、私には出来なかったのだ。


勿論、軍規に反するのは分かっていた。
一個中隊が戦線を離脱するからと言って、大勢に影響は出ない。
しかし、それで無駄な戦死者が出ることもあり得るし、少しとは言え危険は増す。
小さいながらも隊を任される身として、取るべき態度ではなかった。


だから懲罰は覚悟していた。
禁錮か降格か、減給や謹慎ぐらいで済めば良い方だろうと思った。



「ディムロス大尉。」



だから作戦の翌日、少将に呼ばれた時には覚悟をしていた。
前日の段階では何の咎めもなかったが、多分疲れていた私を気遣ってくれたのだろう。


血も涙もない厳しい人、皆は少将をそう言うが私はそう思わない。
厳しいながらも下の者を気遣う優しい人なのだ。



「はい。」



私は潔く席を立って、彼のデスクに歩み寄る。
微笑した彼の黄色がかった瞳と目が合った。
昨日の作戦の後始末が大変だったらしく疲れが少し見えたが、何処か嬉しそうだった。



「大尉にです。」



封の切られた封筒を一つ差し出された。
懲罰の辞令かと思って、おずおずと受け取ると彼が微笑む。
何か分からないまま、中身を取り出した。



「大尉の救助活動に対しての感謝状が来ました。」



驚いて目を瞬かせる。
怒られこそすれ、褒められる事はないと思っていたのに。
しかも、少将は嬉しそうに私を見ている。



「嬉しかったもので、先に見てしまいました。」



少し申し訳無さそうに彼が言う。
私は状況が掴めておらず、市長直筆の感謝状をぼんやり見詰めるだけだった。


懲戒は?減給は?禁錮は?降格は?
頭の上にクエスチョンマークが並ぶが、言葉には出来ない。
何故、私は罪に問われないのですか、と訊く事も出来ない。



「少し用事があるので、私はこれで。」



彼が席を立つ。
言葉通り、彼は嬉しそうに見えた。
私は尋ねようか迷いつつ、その背中を見送る。


呼び止めようとした。
でも、結局言葉は出なかった。
彼があまりに上機嫌で、声をかけるのも憚られた。


そう躊躇っているうちに、彼はオフィスのドアを開ける。
古い木のドアが軋む音、そしてバタン。
彼は姿を消してしまった。





それから、四時間。





やっぱり気になった私は、彼に尋ねることにした。
勤務時間はとうに終わっているから、彼は部屋にいるだろう。
そう思って、彼の部屋に駆けて行ったが誰もいない。


情報部のオフィス、会議室、彼と親しい者の部屋も当たってみた。
残念ながら、当ては外れて彼は見つからなかった。



「外出しているんじゃないのか?」



同僚の一人が言った。
そうかも知れない、と思った私は憲兵部へ向かった。


外出する者は、上官を通して憲兵部に届け出なければならない規則だ。
少将なら、自分で届けて自分で外出できるはず。
問い合わせれば、外出しているかどうかはすぐに分かるだろう。


「失礼しま・・・。」



「キサマっ、今なんと言った!!!!」



憲兵部のドアを開けた途端、奥から物凄い怒鳴り声が飛んできた。
ビリビリ部屋中が震えそうな声だった。
自分の事でないと分かりつつも、思わず立ち竦んでしまった。


声の先には、指導室と札が下がっていた。
多分、普通に話す分には外に聞こえないのだろう。
証拠にもう一人が話しているらしい間は静寂そのものだった。



「いい加減にしろ、イクティノス!!!」



私は驚いて部屋の前に駆け寄った。
ドアには、使用中の札がかけられている。
中の声を聞こうと、ドアに耳を押し当てた。



『何度言ったら分かってもらえますか?全て私の指示です。』


彼の、少将の声がした。
それを最後まで聞かないうちに、問い詰める声が浴びせられる。
少し落ち着いたのか、先程よりは静かな声だった。



『バカな事は止せ。調べはついている。』

『罪を認めている者を問い詰める方がよっぽど馬鹿です。』



静かな少将の声。
でも、抑えられない感情が込められた声だった。



『おい、たかが減給謹慎だぞ。どうして其処まで庇う。』

『彼は間違ったことをしていない。よって罰を受ける必要もない。』



ぴしゃりと言い放って、彼が席を立つ音がした。
それを相手が呼び止める。
また、語気の荒い怒鳴り声になっていた。



『良いのか?貴様の命令違反となればただでは済まんぞ。』

『エリートコースに傷が付く、ですか?上等ですよ。』



逆撫でするかのようにせせら笑う。
少将は席に着く様子を見せない。
足音がドアに近づく。



『本当に良いのか?あんな小生意気なガキの・・・。』

『黙ってください。私の部下を悪く言わないで頂きたい。』



皆まで言わせず、少将は少し強い声で言った。
迫力に押されたのだろう、相手は二の句が継げない。
ドアが開いた。



「待たせましたね。」



驚きもせず、彼が私に笑いかける。
そして、何も言えないでいる私の手を引いて、さっさと歩き始めた。
思った以上に、熱い手だった。



「心配をかけてしまいましたね。」



彼が歩きながら言う。
憲兵部の部屋は、どんどん離れていく。
かけてしまった、と彼は言うが私の心配はまだ続いている。



「あのっ、少将?」



彼が足を止めて振り向く。
私に先を促すように、一度だけ頷いた。
手はまだ握られたままだった。



「私の・・違反は?」

「君は違反などしていない。」



彼がにっこり笑って言う。
そして、そのまま歩き始める。
手を引かれて、私も歩き出す。



「でも、少将が・・・。」

「どうせ減給が関の山ですからね。君が謹慎になるより得ですよ。」



四時間も口論をしていたはずなのに、妙に機嫌が良い。
その理由が分からず、私は困惑していた。


どうして、彼が其処までしてくれるのか。
彼を問い詰めていた相手と同じ疑問を抱いていた。
確かに、彼は優しい人だけれど。


自然と、手に力が込もっていたらしい。
彼が握り返してきて気がついた。
思わず、びくりとしてしまった。



「問題です。」



急に彼が口を開いた。
飽くまで、彼の口調は上機嫌だった。



「どうして、私は貴方にここまでしてやるのでしょう。」



私の心を読んだかのような、彼の言葉。
彼は言葉を続ける。



「一、期待しているから。二、共感したから。三、好きだから。」



彼が足を止める。
そして、振り返って顔を近づけた。
鼻先が触れるほどの距離で、彼が見詰めている。


顔がカッと赤くなる。
彼に握られた手から、徐々に痺れてくるような気がした。
何故だろう、胸が高鳴る。



「一・・・ですか?」



私の答えに彼が楽しそうに笑った。
そして、またぐっと顔が近づいて、柔らかい感触が伝わる。
唇と唇で、私と彼とは触れ合っていた。



「正解は四、家族だからです。」



今しがたの衝撃的な事件に慌てる半面、彼の言葉も聞こえていた。
いつだっただろうか、彼に私が言った言葉。
家族だから、胸の奥で反芻してドキドキした。



「では、また明日。」



気がつくと、彼の部屋の前。
勝手に驚かせて、彼は私を置いていってしまった。
廊下に一人、顔を赤くしたまま残される。



「家族だから。」



部屋へ帰る道々、何度も呟いた。
彼が憶えてくれていたことが嬉しかった。
そして何故か、その度に唇の感覚が蘇って赤くなる。


家族だから。
その言葉と唇の触れ合いと、微かな矛盾を感じる。
でも、そんな事が気にならないほどに満たされていた。





彼の部下で良かったと思った。


彼の家族で良かったと思った。










































































「本当に四かな?」



部屋に戻って、私は呟いた。
正直言って自信がなくなってきた。


正解は四、と言い放っておいて。
家族、と真っ直ぐ言い放っておいて。
私は自分の勝手さに溜息をつく。



「本当に四かな?」



唇に触れる。
あの時、どうしてキスをしたのか分からない。
ただ、堪らなくしたくなったのは確かだ。


家族、なのに。
矛盾を感じつつも、後悔はしていない。
彼の唇の柔らかさを思い出して、一人笑む。


一、期待しているから。嘘ではない。
二、共感したから。嘘ではない。
三、好きだから。・・・・嘘ではない。


どうして、あの時あんな選択肢を出したのだろう。
口に出してみたかったのか、彼をからかいたかっただけなのか。


もう一度、溜息を吐く。


答えは分かっているけれど、理解できないふりをする。


家族だ、と彼に言ったから。


彼は、それを喜んでくれたから。





だから。





・・・・・だから。








だから、今は四かな。








































































あとがき。

イクティ、明らかにディム君大好きですね。
てか、書きたい事が多すぎて纏まらず・・・汗
10K書いたけどね、まだ足りそうにないですよ。
あっ、手を繋いでた伏線を消化し忘れた。(慌)
でも、ディム君が手を引かれて歩く様子は可愛いよね。
でかしたイクティ。
久々更新ですみません。おしまい。


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