IRON KISS
天才の考える事は、分からない。
皆が海について考えている時、彼は既にに空へと思考を伸ばしている。
雪を見て、皆がその白さを思う頃、彼は既に雲の中を思っている。
違う生き物。
私はそう思っていた。
右腕が鈍く痛む。
肩に深い刀傷。二の腕には銃創。
幸い折れてはいないようで、動きはする。
少し動かすと、傷から血が滲んだ。
まだ包帯さえ巻けていない。
見回しても、周りに人の姿は無い。
戦場の端で、怪我人が独り、と言う訳だ。
自分の状況に苦笑すると、また痛みが走る。
肩の傷を押さえると、鮮血が湧き出してきていた。
「っ痛。」
指が傷を掠め、思わず痛みの声が口から洩れる。
大きく息をつき、落ち着かせて雪山に背を預けた。
心地好い冷たさが、制服を通じて感じられる。
かなり疲れていたのだろうか。
多分、起きているのが億劫だったのだろう。
私はゆっくりと瞼を下ろし、再び大きく息をついた。
「寒いトコで寝たら死ぬって知ってる?」
良く通る、歳の割には少し高い声。
聞き憶えのある声に目を開くと、そこには彼がいた。
澄み切った冷たいアメジストの瞳が、真っ直ぐに私を見ている。
「眠ると凍死。」
言葉を繰り返して、彼は腰を下ろした。
地に着いた右手が、鎖ナイフを握っている。
返り血で、右の袖口は生地の色を止めていなかった。
天は二物を与えている。
彼は、強い。
そして、非情だった。
「その血は、あんたの?」
右とは対照的に綺麗な左の白い指が、私の右腕を差し示した。
私は、黙って首を振った。
心配はできれば掛けたくなかった。
彼に弱みを見せる、言いようのない恐ろしさも混じっていた。
「ふ〜ん。」
暫く彼は、私の右手を眺めていた。
それから、視線が私の瞳に移る。
驚くほど、静かな目。全く微動だにしない目。
彼の白い左手が、私の血に染まった右腕に伸びる。
寒さからではない冷たいものが背筋を走る。
「やっ・・・・。」
恐怖のあまり声が出ず、微かに詰まった音が洩れた。
彼の目が、微かに揺らぐ。
一瞬、私の視界が震えて歪んだ。
「がっ、ぐぁあああ。」
突然の激痛。焼け付くような痛み。
いや、痛みを感じる余裕も無かった。
だた、焼けるような熱さが走った。
細く白い手が、しっかりと私の腕を掴んでいた。
肩の刀傷が開き、彼の手の中の銃創が血を噴出す。彼の白い頬に、赤い飛沫が飛ぶ。
地に雫が落ち、赤い紋章を残して雪を溶かす。
私の叫び声が出なくなった頃、彼は手を引いた。
「ほら、あんたの血じゃん。」
袖口まで真っ赤に染めた左手を、彼は差し出した。
頬に残る紅い紋章以外、彼の表情は全く変わっていない。
無邪気に、笑っている。
恐怖?
言い表しにくい感覚だった。
逃げ出す事すら出来ず、私は開いた肩の傷を押さえていた。
「俺が・・・・・怖い?」
心を見透かされ、改めて恐ろしくなった。
私が見つめる先で、彼は両手を見比べる。
「暖かいね、あんたの血は。それに、綺麗。天上のモンスターなんかと全然違う。」
そう言って、左手を舐める。
私の腕から噴きだした血が、彼の赤い舌に舐め取られていく。
「・・・・・・俺の血は、違うのかな?あんたのと。」
彼はそう言って、左腕に刃を伸ばす。
ゆっくりと、白い鋼の刃が吸い込まれていく。
静かに切っ先が走り、白い肌に赤いラインを引いていった。
赤いラインに、彼の薄い唇が寄って行く。
傷口から溢れる血が、彼の中へと消えて行く。
離れた時、口の裂け目から血が滴っていた。
血の滴る唇はゆっくりと、しかし強引に私に重ねられた。
彼の血が、口内に流れ込む。
傷ついた身体は、抵抗も出来ず僅かに喘ぎを洩らすのみ。
鮮血のキス
咽返るような生命の匂い。
切り裂く刃と同じ、鋼鉄の味。
そして、焼け付くような熱。
私がそれを全て飲み込むまで、彼は放してくれなかった。
口から胃が焼けるように熱い。
息を吐くたびに、血の匂いが戻ってくる。
紛れも無い、人間の血の匂い。
それが、妙に興奮を誘う。
動悸が激しくなり、傷口からまた血が零れた。
その様子を見ながら、彼は興味津々と言った様子で聞いてくる。
「どうだった?俺の血の味。何か違った?」
「・・・・・・・・・別に、普通。何も・・・・・・・・違わない。」
上気した顔を隠して、そう言ってやると、彼はニッコリ笑った。
歳相応な無邪気な笑みが、雪明りに眩しい。
思っていたよりも、ずっと。
「そっか。ありがと。」
彼は満足げに頷いて去っていく。
雪に小さな足跡を残して。
小さな、紅い道標を残して。
私は、その後姿を見えなくなるまで見送っていました。
紅い点が、真っ直ぐに地平線まで伸びている。
彼の歩いた道を示す、紅い道標。
真っ白な雪の中で、主張を続ける彼の血痕。
その紅さが、あの感覚を呼び起こす。
蘇る、味に、匂いに、胸が高鳴る。
彼の触れた傷口を優しく押さえ、彼の感触の残る唇をそっと舐める。
・・・・・・・それは、甘く、熱い、鋼の味だった。
あとがき
悠叶様へ捧ぐ。
血の味を思い出すべく、釘を舐めつつ書きました。(笑)
何が書きたかったやら・・・・・。
男ハロルドは、なかなか書いていて楽しいです。
リクありがとうございました。気に入らない部分があったら言ってください。
クーリングオフ可。一から書き直せとかありです。
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