四分の二

淡い明かりが、カウンターを照らす。
照明の弱さは、電力制限の所為かそれともセンスか。
どちらにしても、これぐらいが店のお客には丁度良い。
眩い銃火の中で生きる軍人には、弱い光が落ちつくものだ。



「何杯で倒れたんだ?」



静かな店内に、戦場錆の効いた男の声。
氷が融けて、カランと音を立てて動いた。


尋ねられた青年は、指折り数えて首を捻る。
そうして、諦めたらしくグラスに手を伸ばした。
白い喉がゆっくりと上下する様は、酷く艶やかに映る。



「うわばみのお前とは違うんだから、無理させるなよ。」



男はグラスを揺すりながら、豊かな黒髪を掻き揚げて自分の膝を見る。
長身の男が、彼の膝を枕に規則正しい寝息を立てていた。
その鼻にかかった髪をそっとどけてやる。



「そちらこそ。」



青年は可笑しそうに笑って、空になったグラスにお替りを頼んだ。
細身で涼しげな風貌に似合わず、さっきからぐいぐいとウイスキーを煽っている。
そして時折、自分の肩に寄りかかって寝ている男の香色の髪を撫でる。


その仕草があまりに愛おしげで、黒髪の男は苦笑した。
ここまで愛されたら、寄りかかって寝ているヤツも男冥利に尽きるというものだろう。
そんな事を思いながら、無色透明の液体に口付ける。



「ウォッカはもっと陽気に飲む物でしょう?」



青年のアメジストの瞳が、笑みを含んで男を見た。
男は煩そうに顔を顰めて、一気にグラスを空にする。
喉が焼ける感触が、何だか心地良い。



「陽気だよ。」



男は薄く笑って呟いた。
現に、男は割と陽気な心境だった。
この空気も、この状況も、男は嫌いではなかった。



「・・・んっ・・・・・。」



膝の上の男が、微かに呻いた。
落ち着く体勢を探しているのか、もぞもぞと動く。
その様子に、男は微かに笑った。



「んっ、うんっ・・・やぁっ、ノリスぅ・・あっ・・・。」



男―ノリス=カルナックーの視線が、膝の上の男に落ちる。
膝枕で眠っている男は、ちいさなくしゃみをして少し頭を動かした。
どんな夢を見ているやら、首筋がほんのり赤くなっている。
その様子に、青年が思わず笑う。



「羨ましい限りですね。」



「うるせえ。」



ノリスは、何杯煽っても白いままだった頬を微かに赤く染めた。
そしてもう一度、膝の上の男の方を伺い見て、幸せそうに眠っているその頭を撫でた。
良く手入れされた蒼い髪の手触りが心地良い。



「所帯染みてる。」



「はっ?」



「世話女房と尻に敷かれる旦那さん。」



一瞬の間。
次の瞬間、彼は勢い良く咳き込んだ。
そして、苦しそうに胸を叩きながら青年に抗議する。



「俺が女房かよ。」



その言葉に納得したのか、青年は二、三度首を捻る。
そうして、わざとらしく手を打って言い直した。



「亭主関白と良妻賢母。」



思わず、男は苦笑いを浮かべた。
良妻賢母だとさ、と寝ている男の髪を梳きながら呟いた。
その様子に青年は内心で、あの二人は間違いなく一緒の墓に入りそうだなと笑った。



「羨ましい限りですよ、仲睦ましげで。」



「そっちが違うみたいな言い方だな?」



溜息を吐き吐きノリスは青年の方を見た。
理知的で温和な感じの青年の肩に、少し歳上な美人が寄りかかって寝ている。
長めの香色の髪が顔にかかった様子に、不思議な色気がある。



「寝言で、カーレルゥって言って欲しいわけ?」



声色を真似てノリスが言う。
青年―カーレル=ベルセリオス―は眉間に皺を寄せながら噴き出した。
気持ちの悪い物真似が、どうにも可笑しかったからだろう。
必死で笑いを堪えながら、青年は言う。



「少将が聞いたら怒りますよ。」



「少将・・・か。」



笑いの収まったノリスは、その少将―イクティノス=マイナード―をもう一度見る。
こうして肩を貸して寝かせている男を階級で呼ぶのはどういう心境なのだろう。
誰でも呼び捨てる彼には、その辺が分からない。
 


「イクティノス、って呼ばねぇの?」



ピクっとカーレルの表情が少しだけ動いた。
気にしてるんだな、とノリスは珍しく少し反省した。


そう言えば、親代わりのリトラーに対しても彼は「司令」だった。
まぁ、現状は親子だか恋仲だか分かりにくい関係になってはいるが。
どちらにしたって、もう少し砕けた言い方があっても良いだろうに。



「少将が、カーレルって呼んでくれませんからね。」



「最中も?」



今度はカーレルが咳き込んだ。
性欲なんて全然という顔をしている割に、ノリスはこんな話題を軽く振る。
それが弱点でもあるカーレルにとっては、やりにくい相手だ。



「大佐は、呼ばれるんですか?」



「いつ?」



「あー、その、してる時?」



「何を?」



楽しそうにノリスが笑う。
一発殴ってやりたい衝動に駆られるが、動ける状況に無いから仕方ない。
カーレルは溜息を吐いて、言葉を続けた。



「そーですよ、最中ですよ、最中。」



半ば自棄になって口に出す。
身体の関係のある人間には強いカーレルだが、ただの飲み仲間には弱い。
イクティノスやリトラーを手玉に取っているのが嘘のようだ。



「まぁな。あと、機嫌の良い時はそのまま呼ばれる。」



カーレルは少しの羨ましさと共に嫉妬を感じた。
付き合いが長い自分より、彼の方がイクティノスと親しいのは悔しい。
そして、決めた相手がいる癖に、イクティノスとずっと身体の関係があるというのは気に入らない。


そもそも、イクティノスは気が多いのだ。
シャルティエとも、ハロルドとも、ノリスとも、カーレルとも身体の関係がある。
それが、カーレルには気に入らない。



「俺とそれの仲は、お前が妬くようなもんじゃねぇよ。」



カーレルの気を察してか、ノリスが苦笑いを浮かべる。
怜悧冷徹で冷静沈着なカーレルだが、こと好いた惚れたの話になると歯止めが効かない。
その辺りはノリスも心得ているし、彼自身が親近感を感じる部分でもあった。



「それでも、嫌なもんは嫌だろうな。」



「ええ。」



正直に、カーレルは返事した。
その歯に衣着せない口ぶりが、ノリスは嫌ではない。
仕事上の対立は絶えないが、人間的にはこの青年が気に入っている。
前線と軍師、その立場の違いが対立を作っているに過ぎない。



「どうして、イクティノスと寝るんですか?」



彼が呼び方を変えた事に、ノリスは敏感に気がついた。
それはあたかも、イクティノスは自分のものだと主張しているかのよう。



「互いの存在確認。」



さらりと、ノリスは言った。
それでカーレルが納得できるはずがない。



「ディムロス中将は、何と?」



「嫌がってる。」



「じゃあ、どうして?」



「習慣化してるからなぁ。」



少し冗談っぽくノリスが言うと、カーレルは不快そうな顔をした。
下唇を噛んで、詰め寄ろうとするのをノリスが無言で制する。



「少将、が危ないぞ。」



痛烈な皮肉だった。
面と向かって名前で呼べない人間に、とやかく言われる筋合いはない。
そんなニュアンスの含まれた、その一言。


カーレルは、怒りを殺がれると共に沈んでしまった。
その横顔を見つつ、ノリスはグラスに手をかける。


重い沈黙が流れる。











壁に掛けられた時計の針の音だけが、バーに響く。
















































「カーレルぅ・・・・むにゃぁ・・・・。」







沈黙の雰囲気が、がらりと変った。





二人の耳に飛び込んだのは、間違いなくイクティノスの寝言。
それも、だいぶ間抜けな。


驚いたような、嬉しいような。
カーレルはそんな様子で、イクティノスを見詰めていた。
その姿を、横目でノリスも見ている。







「・・・フフッ。」



やがてノリスは、堪え切れないような笑いを溢した。
そして、なみなみ注いだウォッカを一気に飲み干す。



「頑張りな。」



急に気恥ずかしくなったのか、カーレルは顔を背けた。
そうして、背中を向けたまま口を開いた。







「・・・・・・ええ。」







そうして、グラス一杯のウィスキーを煽る。


胸が高鳴っているのを、酔った所為にしようとして。










































































あとがき

カーレルは自分と身体の関係にない人に弱い法則。
陛下やノリスやディムロスには傾向として弱いのです。
って言うか、三十三歳に「むにゃぁ」は可愛すぎるか?(滝汗)
あー、あと、エロ夢見てるディムもどうかと、って話ですねぇ・・・。


BACK