それは、爆竹に火をつけたような。
また、雷が轟くような。
秋の豪雨のような。
一斉射撃の音がした。
また、爆風が髪を靡かせる。
言葉も無く、壁に寄りかかり倒れているシャルティエの髪を。
ドレークは引き金を引かずに居た。
既に一発の銃弾を放った拳銃は彼の左手で、緩く紫煙を上げている。
「撃たないんですか?」
背後で声がした。
振り返ると、雪の匂いのする男が居た。
男は、妙に安らかな表情で其処に居る。
腰に剣を差していた。
抜いてはいなかった。
ただ、将官の証の襟章一ッ星が鈍く輝いている。
「貴方は?」
男は答えない。
ただもう一度、今度は「撃てないのですか?」と尋ねた。
撃てないわけじゃない。
ドレークは思った。
ただ、昔の事を思って感傷に浸ってしまっただけ。
同じことか・・・。
そう思い、珍しく自嘲気味に笑った。
「もう一つ、尋ねても?」
一歩踏み出して、男は良く通る声で言った。
少し長めの髪を梳く様子が、ドレークの知る軍人達とは異質で、気味が悪かった。
そう、何処か詩人のようでも、哲学者のようでもある。
「これから殺す相手の名を聞いて、やりにくくはなりませんか?」
なるほど、その通りだなと溜息をついた。
一々的を射た指摘をするこの男、どうもやりにくい。
男は、もう一歩前へ出た。
ドレークの銃の間合いまであと三歩の位置だった。
「私は、仕事柄知っている相手を始末するほうが多くてね。」
その台詞で、微かに記憶が呼び起こされた。
目の前の男が誰だったか、もう少しで思い出せそうな気がする。
もう一歩男は踏み込んできた。
刺すような殺気が、微かに感じられた。
右肩の傷が、少し痛む。
「情報部のイクティノス=マイナードです。」
男はそう名乗った。
轟音と爆風。
もう近くまで地上軍は迫っているらしい。
イクティノスの香色の髪が爆風に揺れる。
同じ爆音が、ドレークの通信機からも聞こえてくる。
その後、彼の配下の声を通信機が掠れた音で拾った。
天上側の銃声と、地上軍の鬨の声が聞こえた。
「こちら第07師団。参謀本部との通信断絶、閣下ご命令を。」
再び、スピーカーから轟音が響いた。
通信ももう届かない。
溜息を一つつき、顔を上げる。
さらに一歩、イクティノスは迫っていた。
腰のレイピアに手が掛かっている。
「通してもらえませんか、イクティノス少将?」
初めて自分から、ドレークは間を詰めた。
既に剣は傷ついた右の手に抜かれている。
静かな剣気が、イクティノスの白い肌に感じられた。
「その肩で?」
イクティノスは抜かない。
目だけが、少し笑っている。
「通して差し上げても構いませんが・・・。」
イクティノスは、ドレークの銃口の先を指差した。
動かないシャルティエが、床を赤く染めつつ伏せていた。
ドレークには丁子色の瞳の其の奥に、微かな焔が映って見えた。
怒りが静かに燃えている。
戦いへの怒りや、天上への怒りではない、もっと私的な強い静かな怒り。
「彼を助けてくれれば、お通しします。」
そう言って、イクティノスは間合いの中まで踏み込んできた。
撃とうと思えば、ドレーク撃てた。
斬ろうと思えば、斬れたかもしれない。
ドレークは銃を下げ、剣を収めた。
そして、互いに丸腰ですれ違う。
「私が、貴方を撃って彼も撃つとは思いませんでしたか?」
すれ違い様に、ドレークは笑顔で尋ねた。
少しの沈黙。
完璧に背中合わせになり、シャルティエの傍らに立ちながらイクティノスは答えた。
「今、私が貴方の背後を狙うとは、思いませんでしたか?」
二人は振り返り、互いに笑みを零した。
戦場に不似合いな柔らかな笑み。
少し満足げに頷き、ドレークは駆けて行った。
背中に、妙に暖かな視線を感じながら。
昔の部下の、幸せを心の中で祈りながら。
「各隊応答せよ。これより、このドレークが指揮を執る。」
大きな、良く通る声が、響き渡った。
死神を呼ぶような、澄んだ綺麗な声。
イクティノスは、それをただ見送っていた。
再び訪れた静寂の中、胸の通信機から、声が聞こえてくる。
聞き慣れた、あの男の声。
「紅のガキを見逃した・・・か。あんたらしい。」
激戦の中心に居るにしては、随分と落ち着いた声だった。
イクティノスは答えない。
ただ、耳を澄ましながら戦場を見詰めている。
「兵士は頼むわ。俺は・・・。」
通信機から、高い金属音がした。
火花の散る情景が見えるかのような、そんな生々しい音。
向こうで話している声は、掠れて聞こえない。
ただ、親しげに話しながら剣を交えているのは確かなようだ。
「俺は、このオヤジの相手で忙しいんでね。」
「始末はつけますよ。自分で逃がした相手ですから。」
其処まで言って、イクティノスは通信機を切った。
シャルティエが目を開けて、彼を見ていた。
亜麻色の瞳に掛かった金髪を指先で分けてやると、嬉しそうに微笑んだ。
体を起こそうとすると、痛むらしく顔を顰める。
「無事で良かった。」
呟くような一言。
そして、傷跡を痛ましそうに見詰める。
シャルティエは大丈夫だと笑んで見せた。
「彼は・・・ドレークと言ったかな?」
不意に、イクティノスは口に出した。
「はい」とシャルティエは頷いて、怪訝な顔をする。
意外なほどの優しい笑みが、彼の表情にあったからだ。
「惜しい人だ。」
目を伏せて、また微笑む。
「立てますか?」とイクティノスは尋ねて、手を貸した。
シャルティエはその綺麗な手を掴んで、如何にか立ち上がる。
手を引きながら、イクティノスは歩き出す。
ドレークが出て行ったのと、同じ方へ、戦場へ。
「始末は・・・つけますよ。」
「えぇ。」
自分の言葉に、気が進むようには見えない横顔。
其れがただただ、シャルティエの印象に深く残った。
あとがき
シャルティエ殺すな票が拍手に入りましたので、存命。
ドレーク、ノリス、ウォーラの生死がこれからの問題です。