合法的殺人の為の

私が、護衛の部隊まで戦いに投入したのは勿論天上都市駐留部隊だけでは乗り込んできた地上軍の精鋭を相手にするのは分が悪いと思ったからだが、もう一つの理由は地上側の作戦立案者の気持ちが読めたからだった。


使用者の人格を圧縮レンズに投影し巨大な晶力を使用者の精神とシンクロさせることにより小型の機器で制御する。PLW(Personal Lens Wepon)或いはソーディアンと呼ばれる兵器が地上側で試作され、テストが行われているとの情報は掴んでいた。


PLWの利点は、砲兵の火力を利用できない場面で個々の兵士が大火力を発揮できることにあるが、最前線で戦う小隊や分隊の支援火力レベルまで量産することは人的にも資源面でもコストがかかりすぎる。となると、使いどころは市街地戦での陽動や小規模部隊の浸透突破と踏んだ。少なくとも天上軍首脳部は今回の天上都市戦を可能性のうちには入れていた。


だからこそ、護衛を薄くし私の懐をがら空きにした。そうすれば聡明なあの男は間違いなく私と戦いにくるという確信があった。私はこの20年で多くの人間の怨嗟を受けてきた自信がある。しかし、あの男以上に私と戦うことを望んでいる人間はいないはずだ。天上王への恨みは天上軍にも向けられるが、ただのミクトラン・T・リーへの恨みは私にしか向けられない。


「来たか。」


気配を察して呟くように言うと、派手に扉が吹き飛んだ。私は人の心を慮るのが上手い方ではない。しかし、不思議と彼の気持ちだけは手に取るように分かった。今の地上軍は質の高い人的資源と高い士気、合理的な作戦指導に支えられ、見違えるばかりに強くなった。しかし、その作戦の全てを統べる男の心が私に筒抜けであることだけは欠陥と言って良い。何せ、彼と私とは余りにも似た行動理念で動いている。


「ミクトラン陛下ですね。」
「・・・・。」
「それとも、連邦陸軍少将ミクトラン・T・リー閣下とお呼びした方が?」


何度か会ったことはあったし、写真でも見たことがあったけれど、改めて対面してみると彼はとてもリトラーに似ていた。血縁はないはずなのに、本来優しい目元が戦いの中でだけ少し無理をしたかのように険しくなる様子は殆んどそのままだった。


「私闘に肩書きは必要かな、ベルセリオス君?」
「・・・カーレル君、の方が私としては違和感が少なくなります。」


それとなく掬おうとした足元がふわりと避ける。昔からこの子はなかなかに強かで、いつも私を殺意の目で見ていた。いや、写真で見た時でさえ彼が私への殺意に燃えているが分かったから、見ていたという表現は正しくないかもしれない。そして、その殺意は私が敵軍の将だからというだけでは説明がつかない程に大きなものだ。


「私闘であることは否定しない?」
「ですから、時間がありません。」
「私を殺す前に戦争が終わってしまいそうで?」
「リトラーさんから聞いていたよりお喋りな方なんですね。」


普段より私は饒舌かもしれない。理由は幾らか考えられる。殺意に燃えてやってきたはずの彼から少しばかり毒気を抜いてやれと思ったからとか、彼の言葉にリトラーの面影を感じてもっと話していたくなってしまったからとか。でも多分一番の理由は私がいない間にリトラーの心の中に入り込んだ男に対して単純に興味があったからだ。


「20年も経てば人は変わる。」
「貴方は変わったんですか?」
「変われていたら、わざわざ君を待ってはいなかっただろうな。」


天上都市から一部の部隊と機密を運び出して天上軍勢力地域へ脱出して再起を図る。質では天上側の八掛け程度でも、量で圧倒する地上軍相手にどこまで持ち堪えられるかは分からないが、自分の覇権が崩壊するのを先延ばしにすることは出来ただろう。この天上都市を守る為に戦っている兵達の命と引き換えに。


「私が脱出するとは思わなかったのかな?」
「貴方が変わっていなければ、ここに留まるはずだと思いました。」
「見栄っ張りは独裁者に向かないことを痛感したよ。」


自嘲しながら腰を上げた。傍らの剣を取り時計を見る。彼が立てた計画は見事なもので、恐らく私の部下達はあと何時間も持たないだろう。


戦争が終わればお互い自分の殺人を正当化出来なくなってしまう。私達は骨の髄まで軍人であるという点も似通っていたから、私闘であっても軍事的に正当化不能な殺人をすることは出来ない。


「始めようか。」
「助かります。」


私達は、どうも不思議な雰囲気で決闘を始めた。そう呼ぶのが相応しいように思えたから、私はそのように呼ぼうと思う。


意外なことにというか、実は当然かもしれないが、彼は全く剣技に秀でてはいなかった。白兵戦を重んじる連邦軍の伝統を引き継いだ地上軍にあっても、参謀畑一筋の彼に優れた剣技まで求めるのは無理というものだった。


「わざわざ一人で来たというのに・・・。」


彼の斬撃を難なく受け止め、反撃を見舞う。彼は私の攻撃に対し、反撃に転じられるような有効な防御が出来ず、どうにか防いでいるだけと言った状況だった。実力差は明らかだ。


皮肉なもので、天上王という生活は余暇に溢れていた。絶対的権威であるが故に専門化が許されず、すべての権限を持っていながらボトムアップされる意見への賛否を示す以上のことは殆んど出来なかった。お陰で、私の剣の腕を磨く時間は幾らでもあった。


実力差があり、時間も残り少ないとは言っても数時間単位で残されてはいた。その状況が私に余裕を生んでいたのだろう。彼の手元で何かが黒光りするのを見逃さなかった。


反射的に飛退いたのと、銃声が部屋に響いたのは殆んど同時だった。僅かに逸れた銃弾は私の背後の壁にめり込んだようだった。彼は仕留め損なったことへの苛立ちを一瞬だけ表情に浮かべ、すぐ元の冷静さを取り戻した。


「随分現実的な戦い方を教わっているね。」
「剣豪も弾が当たれば死にますから。」
「合理的だ。」


彼は正々堂々の決闘など望んでいないらしい。自分の手で、合法的に、私を殺す。彼が考えているのはそれだけのようだ。


「ロマンチストの貴方なら切り合いに付き合ってくれると思いました。」
「一々正しい認識を示されるのは面白くないな。」
「ただ、ロマンチストが愚か者の同義語でないことは分かりました。」


困ったことに、この点で彼と私には乖離があった。私には何としても彼を殺してやろうという殺意はない。天上王として軍を率い、最善を尽くして地上軍と戦うという義務を果たした後、私は個人的な結末として、リトラーの息子である彼を最期の敵として討ち果たしリトラーから恨まれるのも一興かと思った。私にとってはそれだけのことだ。


「やめよう。」


私は剣を捨てた。高い天井の部屋に金属音が響いて、彼は一瞬だけ驚きで気が抜けたような顔をした。優しい顔だった。私の記憶の中に残っているリトラーの表情に良く似ている。勿論、20年前の記憶だから美化しすぎている可能性はあるが。


「私はそこまでの殺し合いをする気になれない。」


口にしてから、勝手な言い草だなと思った。ここまでの戦争を起こしておきながら。全てを統べるはずの天上王が全く思うように組織を動かせていなかったとは言っても、その最初の一手だけは完全に私の意思だったはずだ。


「・・・・。」
「撃つか?それでも良い。」


本当にそう思っていた。天上王として生き延びるのはあまり面白い未来とは思えなかった。私は無数の失われた命に対する責任を負っているが、地上人の天上人に対する復讐感情を満足させるための償いなどは御免だ。それよりは個人としての殺意に基づいて殺される方が良い。


「撃ちますよ。」
「そうしてくれ。」
「言い残すことはありませんか?」
「お喋りの謗りを受けたくない。」
「つまらない冗談はやめてください。」


彼は苛立っていた。先程の優しい顔のまま困惑と怒りとを表面に出していた。先程までの殺意はいつに間にかどこかへ消えてしまっていた。


「リトラーさんに伝えたいことはないんですか?」
「何もないよ。」


一緒にいた時でさえ伝えられなかったことが幾らでもあるのに今更何が伝わるだろう。リトラーが少しでも私のことを思ってくれていたら悲しませることになるだろうし、そうでなければ滑稽なだけだ。


独善に燃えた青年将校の浅慮が産み出してしまったひどい政府、ひどい社会、ひどい戦争。恥を晒すのはもう沢山だ。この上に生き延びて恥を上塗りしたくなかった。


「・・・そうやって勝手な事ばかりっ。」


怒りを必死で抑えたような呟きの後、彼は決然と銃口を私に向けた。不思議と安堵の気持ちの中で目を閉じる。銃声が11発。彼が持っていた地上軍の将校用拳銃の装弾数は12発。先程のと合わせて弾倉を空にしたことになる。


「ミクトラン!」


彼の声で目を開ける。どうやら私はもう少し継続して恥の上塗りを求められるようだ。私を殺し損なった悔しさが彼の表情から見て取れる。


あぁ、リトラーは流石に優しい子を育てる。幾ら憎くても無抵抗の人間を殺せるほど冷酷には出来ていないらしい。決闘も失敗し、殺されることも叶わず。私はやはり自分の思う通りに物事を動かせない人間らしい。


「ここで死んだことにさせてもらいます。」
「それで?」
「逃げましょう。」


彼の目から、私への殺意は消えていた。私をあんなにも殺そうとしていた人間に命を救われるのは気分として良いものではなかったが、彼から親譲りの優しさを感じられたことについては満足を覚えていた。


「宜しいですね?」


有無を言わせない目だった。彼が短い時間とは言っても苦悩の末に導き出した結論を否定して、ここで死んでみせるほど私は強い意志を持ってはいなかった。それに、この青年ともう少し関わってみたいという思いもあった。


勿論、必死に戦う兵士達に申し訳ない気持ちはあった。ただ、現実には彼らにとって私の生き死になど大きな問題ではない。彼らが信じたシステムが敗北し、崩壊する。私の存在と命などはそれに付随する問題に過ぎない。


「好きにしたまえ。」


そう言ってから気付いたことがあった。色々理屈を捏ねはしたものの、私は生き残ることが出来る喜びを感じていた。銃口を向けられて、好きに撃つが良いと言い放った舌が乾かぬうちから情けないことだ。


そして更に情けないのは、この生への執着が、もう一度彼に会えるかもしれないという淡い期待に根差しているという事実だった。何とも未練がましく、情けなく、私は笑えてきてしまった。


あぁ、20年経っても、私は何も変われていないじゃないか。



































あとがき

ミクトランが生き延びた戦後を書き始めて、その前にミクトランが生き残る話を書かねばと思って書いた作品。カーレルが感情を露にしてるのは結構貴重ですよね。


いちいちカーレルをリトラーに重ねて見てしまう辺り、未練たらたらな陛下です。僕が書くと陛下が馬鹿にしかなりません。どうしましょう。