・・・第8章・・・


「天上王は死んだ。最早、戦いは終わった。」


ラヴィル=クレメンテはマイクに向かって、しわがれ声を張り上げていた。
未来ある若者を、これ以上亡くしたく無かったから。
しかし、それでも、未来を求めない抵抗がまだ各地で続いている。
指揮官を失って、明らかな戦力差が見え、次々に部隊は殲滅されていく。


「北西部小拠点制圧。北西部制圧完了ですね。」


駆けて来る伝令の報告を受け、イクティノスが戦況を述べる。

嫌に、機械的というか、思考を止めた声だった。
何のために戦っているのか、誰も分からなくなっていた。
天上の執念と、地上の勢い。
相反する二つの力のぶつかりが、激震となって天上を揺らしていた。


「敵一個連隊、単独吶喊です。」


飛び込んで来た伝令が指差す方を、二人はその眼でしっかりと見つめる。
廃墟と化した天上の街に、土埃を上げて、その部隊は迫っていた。
それは、何処かで見たような、そんな光景だった。


「二十年前の、正反対になりましたね。」


後ろで、イクティノスが呟いた。
そう、彼の兄が死んだの時の突撃と、酷く良く似ているのだ。
まるで、繰り返す歴史が一周したかのように。


クレメンテは、射撃指示が出せなかった。
彼もまた、二十年前の鎖に縛られているから。


迫る天上部隊、凍りついた地上軍。
動と静の対極が、ぶつかろうとしていた。


「ドレークか・・・・。」


其処に居る誰もが振り向いた。
そして、黙って道を明けて整列した。
その男の名は、最も悲しむべき人、メルクリウス=リトラー。


彼は最前列へと進み、そしてもう一度呟いた。



「ドレーク・・・・・・か。」


眼を閉じて、空を仰ぐ。
ミクトランの死も、カーレルの死も、彼にはもう届いている。
傍らに眼を落とすと、ハロルドがそこに立っていた。
その肩に、黙って手を置く。
そして、呼びかけるように、こう言った。


「終わりにしよう。」


そして、再び敵部隊を睨む。
憎しみでも、怒りでもない、何も無い中で、戦っている。
いや、今だけではない。
二十年間ずっとだったかもしれない。
リトラーの手が上がり、ゆっくりと敵部隊を指す。


「全軍、射撃体勢。」


リトラーが見ているのは、もうただ一人だった。
敵の先頭を駆ける、紅の髪の青年、カール=ヴァン=ドレーク。
ミクトランの忘れ形見。


ドレークの表情までも、リトラーは見えた。
もう、それほどまでに近づいてきている。
・・・・・泣いている。
リトラーにはそう見えた。


「撃て。」


低く、辛うじて聞こえるほどの声で、リトラーは指示した。
一斉に数百の銃口が火を噴いて、天上兵を薙ぎ倒す。
頭を撃ち抜かれる者、胸を蜂の巣にされる者、両足が貫かれ倒れる者。
どんなに倒れようと、天上兵は止まらなかった。


勢いを落とさず、剣や槍を煌かせて向かってくる。
前の者の屍を越え、ただただ前へと殺到する。
それも、長くは続かなかった。
兵は数えるほどになり、一人に百余りの銃口が向けられ倒された。


あとは、もう一人。


最早、紅いのは髪だけではなかった。
此れまで受けた傷に、さらに鉛弾が撃ち込まれ、血を吹き上げる。
一人になっても、彼は退かなかった。
彼はただ、リトラーの方へと走ってくる。


リトラーは、居並ぶ射撃部隊の前に出た。
そして、向かってくるドレークに駆け寄ろうと走り出す。
後ろで止める声がした。
構わず走った。


「リトラー閣下・・・・。」


掠れた弱い声が聞こえるほどの距離だった。
擦れ違い様、リトラーは剣を抜いてその胸を刺し貫いた。
顔を上げて、ドレークと目が合う。
何故か、その敗軍の将は笑っていた。


「ミクトランに、少し待っていろと伝えてくれ。」


リトラーも応えるように微笑した。
ドレークが力なく頷くと、眼から光が失せていく。
リトラーは剣を抜き、倒れるドレークの姿を見詰めていた。


その手に握られた剣は、昔ミクトランと揃いで買った物だった。









「ドレークまで死んだよ。」


トーマス=ウォーラは、傍らに抱えた丸い物に話しかける。
満身創痍の体を引き摺りながら、彼は此処までたどり着いた。
其処は、天上王の間。
周囲には、沢山の木箱が積み上げられている。


「死ぬなって、言ってやったのになぁ。」


ミクトランの玉座に、彼は腰掛けた。
そして、抱えていた物を取り出してゆっくりと見詰める。
それは、ミクトランの首だった。


生前の美しさそのままで、微かな微笑を湛えている。
思わず、ウォーラは苦笑した。


「笑って死ぬ軍人があるかよ。」


その首を玉座に据えて、ウォーラは再び腰を上げた。
壁際の通信機まで、覚束無い足取りで向かっていく。
そして、天井都市全体に聞こえるように電源を入れた。


自分の最期の言葉になるであろうことを思って、少し余韻に浸った。
大きく息を吸い、一度吐く。
そして、決然とマイクに向かった。


「聞こえるか、リトラーさん。そして、天地の諸君。」


親しみを込めて、敵の将をウォーラはそう呼んだ。
二、三度咳き込んで、口を押さえる。
べっとりと血がついた。
それを気にすることも無く、彼は続けた。


「天地戦争は終わりだ。これから、宮殿を爆破する。巻き込まれるなよ。」


言い終わって、ウォーラは倒れた。
しかし、まだ息は絶えていない。
動かない体を引き摺り、玉座まで戻ってきた。


相変わらず、彼の首は笑っている。
それに、ウォーラも笑いかけた。


「悪く無い二十年だったよ。」


ポケットから、煙草を取り出して銜える。
震える手で燐寸を擦って、煙草に火をつけ、大きく吹かす。
紫煙が、緩々と昇っては消えていく。


溜息一つ。
そして、再び安らかな笑み。


ウォーラは煙草を口から離し、暫くその火を見詰めていた。


ぴっ、と指で煙草を弾く。
空中で二回三回と回りながら、積み上がった木の箱に落ちていく。
木箱に煙草が触れた瞬間、小さな火花が宙に散った。


「じゃあな。」





轟く爆音が、戦争の終わりを告げた。


地上暦二十年、十二月三十一日23時53分。
天上宮殿爆発炎上。
天上軍参謀総長 トーマス=ウォーラ中将死亡。



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