「天上王は死んだ。最早、戦いは終わった。」
ラヴィル=クレメンテはマイクに向かって、しわがれ声を張り上げていた。 未来ある若者を、これ以上亡くしたく無かったから。 しかし、それでも、未来を求めない抵抗がまだ各地で続いている。 指揮官を失って、明らかな戦力差が見え、次々に部隊は殲滅されていく。
「北西部小拠点制圧。北西部制圧完了ですね。」
駆けて来る伝令の報告を受け、イクティノスが戦況を述べる。
嫌に、機械的というか、思考を止めた声だった。 何のために戦っているのか、誰も分からなくなっていた。 天上の執念と、地上の勢い。 相反する二つの力のぶつかりが、激震となって天上を揺らしていた。
「敵一個連隊、単独吶喊です。」
飛び込んで来た伝令が指差す方を、二人はその眼でしっかりと見つめる。 廃墟と化した天上の街に、土埃を上げて、その部隊は迫っていた。 それは、何処かで見たような、そんな光景だった。
「二十年前の、正反対になりましたね。」
後ろで、イクティノスが呟いた。 そう、彼の兄が死んだの時の突撃と、酷く良く似ているのだ。 まるで、繰り返す歴史が一周したかのように。
クレメンテは、射撃指示が出せなかった。 彼もまた、二十年前の鎖に縛られているから。
迫る天上部隊、凍りついた地上軍。 動と静の対極が、ぶつかろうとしていた。
「ドレークか・・・・。」
其処に居る誰もが振り向いた。 そして、黙って道を明けて整列した。 その男の名は、最も悲しむべき人、メルクリウス=リトラー。
彼は最前列へと進み、そしてもう一度呟いた。
「ドレーク・・・・・・か。」
眼を閉じて、空を仰ぐ。 ミクトランの死も、カーレルの死も、彼にはもう届いている。 傍らに眼を落とすと、ハロルドがそこに立っていた。 その肩に、黙って手を置く。 そして、呼びかけるように、こう言った。
「終わりにしよう。」
そして、再び敵部隊を睨む。 憎しみでも、怒りでもない、何も無い中で、戦っている。 いや、今だけではない。 二十年間ずっとだったかもしれない。 リトラーの手が上がり、ゆっくりと敵部隊を指す。
「全軍、射撃体勢。」
リトラーが見ているのは、もうただ一人だった。 敵の先頭を駆ける、紅の髪の青年、カール=ヴァン=ドレーク。 ミクトランの忘れ形見。
ドレークの表情までも、リトラーは見えた。 もう、それほどまでに近づいてきている。 ・・・・・泣いている。 リトラーにはそう見えた。
「撃て。」
低く、辛うじて聞こえるほどの声で、リトラーは指示した。 一斉に数百の銃口が火を噴いて、天上兵を薙ぎ倒す。 頭を撃ち抜かれる者、胸を蜂の巣にされる者、両足が貫かれ倒れる者。 どんなに倒れようと、天上兵は止まらなかった。
勢いを落とさず、剣や槍を煌かせて向かってくる。 前の者の屍を越え、ただただ前へと殺到する。 それも、長くは続かなかった。 兵は数えるほどになり、一人に百余りの銃口が向けられ倒された。
あとは、もう一人。
最早、紅いのは髪だけではなかった。 此れまで受けた傷に、さらに鉛弾が撃ち込まれ、血を吹き上げる。 一人になっても、彼は退かなかった。 彼はただ、リトラーの方へと走ってくる。
リトラーは、居並ぶ射撃部隊の前に出た。 そして、向かってくるドレークに駆け寄ろうと走り出す。 後ろで止める声がした。 構わず走った。
「リトラー閣下・・・・。」
掠れた弱い声が聞こえるほどの距離だった。 擦れ違い様、リトラーは剣を抜いてその胸を刺し貫いた。 顔を上げて、ドレークと目が合う。 何故か、その敗軍の将は笑っていた。
「ミクトランに、少し待っていろと伝えてくれ。」
リトラーも応えるように微笑した。 ドレークが力なく頷くと、眼から光が失せていく。 リトラーは剣を抜き、倒れるドレークの姿を見詰めていた。
その手に握られた剣は、昔ミクトランと揃いで買った物だった。
「ドレークまで死んだよ。」
トーマス=ウォーラは、傍らに抱えた丸い物に話しかける。 満身創痍の体を引き摺りながら、彼は此処までたどり着いた。 其処は、天上王の間。 周囲には、沢山の木箱が積み上げられている。
「死ぬなって、言ってやったのになぁ。」
ミクトランの玉座に、彼は腰掛けた。 そして、抱えていた物を取り出してゆっくりと見詰める。 それは、ミクトランの首だった。
生前の美しさそのままで、微かな微笑を湛えている。 思わず、ウォーラは苦笑した。
「笑って死ぬ軍人があるかよ。」
その首を玉座に据えて、ウォーラは再び腰を上げた。 壁際の通信機まで、覚束無い足取りで向かっていく。 そして、天井都市全体に聞こえるように電源を入れた。
自分の最期の言葉になるであろうことを思って、少し余韻に浸った。 大きく息を吸い、一度吐く。 そして、決然とマイクに向かった。
「聞こえるか、リトラーさん。そして、天地の諸君。」
親しみを込めて、敵の将をウォーラはそう呼んだ。 二、三度咳き込んで、口を押さえる。 べっとりと血がついた。 それを気にすることも無く、彼は続けた。
「天地戦争は終わりだ。これから、宮殿を爆破する。巻き込まれるなよ。」
言い終わって、ウォーラは倒れた。 しかし、まだ息は絶えていない。 動かない体を引き摺り、玉座まで戻ってきた。
相変わらず、彼の首は笑っている。 それに、ウォーラも笑いかけた。
「悪く無い二十年だったよ。」
ポケットから、煙草を取り出して銜える。 震える手で燐寸を擦って、煙草に火をつけ、大きく吹かす。 紫煙が、緩々と昇っては消えていく。
溜息一つ。 そして、再び安らかな笑み。
ウォーラは煙草を口から離し、暫くその火を見詰めていた。
ぴっ、と指で煙草を弾く。 空中で二回三回と回りながら、積み上がった木の箱に落ちていく。 木箱に煙草が触れた瞬間、小さな火花が宙に散った。
「じゃあな。」
轟く爆音が、戦争の終わりを告げた。
地上暦二十年、十二月三十一日23時53分。 天上宮殿爆発炎上。 天上軍参謀総長 トーマス=ウォーラ中将死亡。
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