Himmel tragische Liebe
「・・・・戦況は膠着状態です。」
私が書類を差し出すと、彼はゆっくりとした動作でそれを受け取った。
金色の髪がさらりと靡き、何処か甘い香りが漂う。
やや冷たい感じの整った顔が、柔らかい照明に際立って綺麗に見えた。
年齢はもう、40の半ばに差し掛かっている筈なのに、彼の容貌は全くそれを感じさせなかった。
蒼い瞳が素早く動いて、書類の文字を追って行く。
ページを繰る手に、五ツ星の袖章が光った。
服は決して高級品では無かったが、何を着ても彼の美しさが損なわれることは無かった。
「いつもながら丁寧な仕事だな。そうだ、西北部隊に君の隊から三個連隊を割いてくれたまえ。」
蒼い瞳が私を見た。
真っ直ぐなその視線は柔らかく、そっと心を撫でられたような感覚になる。
かぁっと血が昇る感覚に襲われて、鮮やかに朱の入ったであろう顔を慌てて逸らした。
拍動が聞こえてしまうのではないかと心配なほどに高鳴る胸を抑えて、私は足早に部屋を辞した。
「了解致しました。それでは失礼します、ミクトラン陛下。」
廊下に出て、冷たい壁で身体を支える。
深呼吸をしながら胸の鼓動を収め、安心したかのように大きな溜息を一つ。
15年もお仕えしているというのに、情けない事だ。
胸のポケットに手を突っ込み、軍の認識証をとりだす。
将官の一ッ星が付いたカードには、「天上王直属護衛師団長」と厳しい役職が刻まれている。
名前は、「カール=ヴァン=ドレーク」。
名を持たなかった私に、彼が付けてくれた名だ。
自分の名を呟く度、私の心には彼の笑顔が浮かぶ。
幼かった私の頭を撫でて、いつも優しく名を呼んでくれた彼の笑顔。
「大きくなったら、私の力になってくれ。」
天上都市の頂点から眺める夕日を眺めながら、彼は私に語りかけた。
その言葉が私の生きる支えだったし、生きる意義だった。
彼の為なら、命も要らない。
そう思ってこれまで、ずっと生きてきた。
尊敬、感謝、忠誠心
そう思っていた。
幼心には、ただそれだけとしか思えなくて。
でも、大人になって分かった。
私の気持ちは、それとは違うと。
でも、そうだからと言って何かするわけでもない。
私に出来るのは、与えられた仕事を忠実にこなすだけ。
彼が振り向いてくれる筈などないのだから。
愛しい気持ちを、ただ込めて。
彼の机の上には、ずっと一葉の写真立てが置いてある。
古ぼけて色褪せた写真。
澄まし顔で笑っている金髪の青年は、きっと若き日の彼だろう。
そして、その隣に居るのは・・・・。
少し青みがかった銀色の綺麗な長い髪が、風に靡いている。
優しげな微笑みを浮かべた、表情。
大きな瞳は、澄み切ったエメラルドグリーン。
男性なのに驚くぐらいに綺麗で、彼に相応しく思える人だった。
以前、その人が誰なのか彼に尋ねてみた事がある。
彼は笑って取り合ってくれなかったが、何だかその微笑に翳りがあったのを、私は良く憶えている。
薄暗い部屋で写真と向き合ったまま、何時間も考え込んでいる彼を見ることもあった。
そのまま眠ってしまう彼に毛布を掛けてやりながら、私は写真の中の見知らぬ人を見つめていた。
眠っている彼の唇が、微かに動く。
何か小さな声で、誰かを呼んでいる。
「・・・トラー・・・・・リトラー・・・・。」
夢の中で呼ぶ名は、きっとこの人の名なのだろう。
古い写真の中の、このリトラーと言う人を、彼はずっと想い続けている。
何故か、彼は二度とこの人に会えないのではないかと言う気がした。
それでも、きっと彼は愛し続けるのだろう。
「あれ・・・・えっ・・・・・。」
白い石畳の床にぽたぽたと、しみができてていく。
それが自分の涙だと、その瞬間の私には解らなかった。
慌ててハンカチを取り出して、頬を伝う涙を拭く。
理由の分からない涙が止まらなくて、困ったように苦笑いを浮かべて、私は佇んでいた。
呼んで欲しかった私の名。
彼が付けてくれた名。
彼に愛して欲しかった者の名。
彼は私を見てくれない。
それでも、私の想いは変わらない。
彼だって、叶わぬ恋をし続けているのだから。
もう一度、写真を見つめた。
似合いの二人が、幸せそうに寄り添っていた。
あとがき
うわぁ〜い、ミクトラン様の台詞が一つしかないや。(笑)
えぇ、新キャラです。
「カール=ヴァン=ドレーク」
役職、階級は天上王の直属の護衛師団長で、中将。
年齢は18年前に拾われて、現在25歳。
身長は175くらい。
髪は真紅、瞳の色は琥珀色。
あとの設定は・・・・話の中で。(オイオイ)
とりあえず、ミクトラン様の姿の描写がしたくて書きました。
まぁ、問題は最終的にいつも話の中心の人が泣いちゃう事なのですね。
ここをどうにか工夫したいです。