「捨てて来い。」
この冷酷な男は何の前置きもなしに窓の外を指差した。 私がまだ何も言っていないのにも関わらず。 いや、多分言おうとしたことはコイツが思った通りだったんだろうけれど。
「ニャー。」
抱え込んでいた猫が鳴く。 自分の
生死が懸かっていると言うのに暢気なものだ。 目の前のこの男と良く似た、漆黒の瞳と毛の猫だった。
「可哀想だろ。」
「人殺しが猫可哀想とか言うなよな。」
尤もな話だが、それにしたって冷たすぎる。 相変わらずのやさぐれ具合で情けのなの字も無い。
私だって子供じゃないんだから、無計画に拾ってきたわけじゃない。 証拠に、猫を飼うのに必要な物は用意した。 古い毛布にダンボール、トイレ用の容器と餌の皿。
「飼っても良いだろ?」
「勝手に飼え。俺は知らん。」
そうして、彼は書類の束に目を移す。 いつもはサボってばかりいるこの男。 なのに、こんな時だけ真面目っぽく仕事している。 その都合の良さが気に入らない。
「猫の一匹ぐらい良いだろうっ。」
「まっ、現に人一人拾ってるしな。」
「はっ?」
「俺。」
そう答えて、喉を鳴らして笑う。 それに合わせるように猫もニャーと鳴いた。
拾った、と言えばそうかもしれない。 シチュエーションも割りと似ていたかもしれない。 でも、私がコイツを拾ったのは猫を拾ったのとは違う。
「別に、お前のは・・・。」
「雪の中、傷だらけで放って置けなかった、って同じだろ?」
確かに、でも違うんだ。 この猫を拾った時と、コイツと会った時とは。 でもそれを上手く言葉に出来ない。
「まっ、飼うモンが増えるのは飼い主の勝手だけど。」
気に食わない。 結局私は猫と同じようにコイツを拾ったように纏められてしまった。 そんなんじゃないと言っているのに。
私はただ、コイツと一緒に猫を飼いたかっただけなのに。 何でこんな嫌な気分にならないといけないんだろう。 何だか悲しくなってきて、腹も立ってきた。 それに気が付いた時は、すでに行動していた。
「馬鹿。」
持ってきた猫用の荷物と一緒に、猫をそいつに投げつける。 後で思うと、少し猫に悪かったかもしれない。 でも、それが考えられないくらいに私は怒っていた。
投げつけて、そいつを睨みつける。 少し涙目になっていたかもしれないが、この際知ったことじゃない。 散らばった荷物と、その中に埋まってきょとんとしている猫。 その先のそいつは呆れ顔でこっちを見ている。
「おい、ちょっと・・・。」
「馬鹿。」
もう一度言い捨てて、部屋を出る。 少し涙声になっていたかもしれないが、この際知ったことじゃない。
早足で隣の自分の部屋に戻る。 ドアの鍵を閉めて、ベッドに身を投げ出す。
腹が立って仕方がない。 思わず声が出る。
「あぁぁぁぁぁぁ。」
何だ飼う物って、何だ飼い主って、何だ勝手にしろって。 私は別にそんなつもりでアイツといるわけじゃないのに。 二人で動物を飼ったりしたかっただけなのに。
困ったなぁ、涙出てきた。 21にもなって恥ずかしい。 あーもう、どーしよ、止まんない。
「痛えぇ、この猫っ。」
壁の向こうから声がして、反射的に壁を見る。 薄い壁の向こうからアイツの声がする。 置いてきてしまった猫はどうなったんだろう。
まさか、虐待してはいないだろうけど仲良くしている様子はない。 窓から捨てようとして引っ掻かれでもしたのだろうか。
「指まで食うな、馬鹿っ。皿から食え、皿から。」
指まで?皿から? 何か分からないうちにカシャーンと盛大な音がして、またアイツが怒り出す。
「待ちやがれ、馬鹿猫。」
ドタドタと走り回る音。 合間合間に「痛っ」だとか「この馬鹿っ」だとかが入る。 五分ほどドタバタは続いて、それからやっと落ち着いた。
「良いか?どーせアイツは甘やかすんだろうから、俺が今日中に躾けてやるからな。」
ニャーと猫が鳴く。 暴れるだけ暴れたせいか、思ったより上機嫌だ。 アイツが大きく溜息一つ。 私もこっちで溜息一つ。
「ったく暴れやがって。飼い主並に馬鹿だな。」
「ニャー。」
「良いか?お前の飼い主は向こうのアレ、ディムロス。」
「ニャー。」
「分かってんのか?で、俺が・・・痛っ。指噛むな馬鹿っ。」
ずるい。 口ではあんなに言いながら、結局ちゃんと世話してくれるんじゃないか。 勝手に決め付けて怒った私が馬鹿みたいだ。
「ったく、スラムの烏の方がまだマシだ。」
「ニャニャー。」
「貶されてるんだぞ、分かってるか?」
・・・いや、はじめから分かっていた。 アイツは私の我侭は何でも聞いてくれる奴だ。 捨てて来いと口では言っても、それは言ってるだけ。
ただ、少し素直じゃなくて、私の思うようになってくれないだけ。 そんな事は分かっているし、それも含めてアイツと一緒にいるんだ。
「良いか?俺はノリス。お前の飼い主の・・・・その・・・。」
アイツは曲がりなりにも行動で誠意を示した。 だったら、私も行動で示してやれば良い。 少し強引なくらいが、私とアイツにはお似合いだ。
飛び起きて、大きく息を吐く。 馬鹿と笑われるかもしれない。 良いさ、どうせ猫並みに馬鹿な私だから。
足早に部屋を出て、隣の部屋のドアを勢い良く開ける。 一匹と一人の視線が私に向く。
「ほら、飼い主が・・・。」
抱えた猫に向かって話しかけようとしてたそいつを捕まえる。 いつもと逆だ、などと思いつつ壁際に倒す。
「お前・・・何を。」
背中をぶつけて痛かったのか、表情が歪む。 しかし、すぐに驚いたような呆れたような顔に変わった。 きっと、私の顔が物凄く赤かったからだろう。
「えっ・・・ちょっ・・・。」
「静かにしろ。」
言い捨ててしっかりと抱き締める。 彼の漆黒の瞳に吸い込まれそうになりながら、唇を寄せた。 触れ合って、一度離れる。
「見てるぞ。」
「見せてるんだよ。」
もう一度、今度は互いに抱き締め合う。 唇を触れ合わせて、唾液を混ぜる。 昼間から、狂ったように熱いキスを交わす。
横目で猫に視線を送る。 これは私のだ、と言わんばかりに。 その様子にノリスは苦笑する。
「猫に妬いたか?」
「少し。」
「冗談きつい。」
冗談なものか。 初対面の私に、6年前コイツは「触るな」と言った。 猫は初対面で抱き上げてやるくせに。
「痛っ。」
猫が噛んだのと同じように、指を噛む。 痛みに顔を歪めつつ、コイツは笑う。
「馬鹿。」
「止めさせないと噛み千切るぞ?」
口に微かに血の味が広がる。 コイツの味が、匂いが体の中へ溶けていく。
コイツは笑っているだけだった。 そして噛み付いたままの私をきつく抱き締める。 耳元で囁かれる、熱い吐息に乗った言葉。
「勝手にしろよ。お前のだし。」
微かに笑って指を離す。 血の匂いの残る口は、すぐに塞がれた。
「そうだ。」
「ん?」
「名前、どうしよっか?」
「名前ねぇ。」
「お前の名前呼んでるうちに思いつくかな。」
微かに朱が差したコイツの頬。 それを眺めるうち、無言の唇が寄せられた。
わざと、ギャラリーに見えるように深く深く、激しく。
猫の躾は、後回しになりそうだ。
あとがき あいかわらず、何も考えてないマコです。 はじめは猫を拾ってきたカーレルと少将の話でした。 でも、無駄甘くなって狂いそうになったので、ノリスディムに変更。 これもどうよ?って気がしますが、良しとします。 相変わらずディムの愛は狂気を帯びてるな・・・。 血が出るほど指噛むって・・・。
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