一夜の焔




その日は、少し・・・いや、随分疲れていた。



午前中は、山と積まれた事務作業に朝早くから追われた。
午後は午後で、補給部隊の護衛やら、遭遇戦の応援やらに月が高く上るまで駆け回るハメになった。


正直なところ、すぐにでも部屋に帰って休みたい。
しかし、私にはまだ仕事が残っている。



「あぁ〜、報告書を届けなくては・・・・。」



誰にともない愚痴を溢しつつ、私はディムロス中将の部屋へと向かっていた。
今日の戦闘で一緒だったのだから必要無い気もするが、几帳面な彼が相手では仕方が無い。
などと、諦めの文句を頭の中に並べてる内に、彼の部屋へ着いた。



「中将、イクティノスです。入りますよ。」



私は返事を待たず、ドアを開けた。
薄暗い部屋の中、彼は血みどろのままの制服で、机に突っ伏している。



「中将・・・?」



怪訝に思って近づくと、暗さにも慣れてきたお陰ではっきりと部屋の様子が見えた。
良く片付いた机の上には、琥珀色の液体で満たされたグラス。
彼の手元には、書かれて間も無い数枚の書類が置かれていた。



「戦死報告書・・・・。」



書類の文字は震え、血と涙で所々インクが滲んでいる。
彼の部隊の兵士と士官、合わせて5名の名が、其処には見受けられた。


地上軍全体から見れば、いや彼の部下総勢から見ても、たった5名。
その僅かにも見える犠牲が、彼をどれほど苦しめたかは、一目で想像がつく。



「それで、飲めもしない酒なんかにまで・・・・。」



私は、その殆ど減っていないグラスに目を落とした。
こうでもしなければ、忘れられないのだろう。
彼の優しさ、言い換えれば軍人としての甘さが哀れだった。



「今は、ゆっくり休んで下さい。」



私は自分の報告書を机に置くと、彼の背にそっと毛布を掛けてやった。
敵味方の血に紅く染まった、彼の制服を隠すように。




「では。」



私は、そのまま静かに去ってゆっくり休むつもりでいた。
しかし、それは叶わなかった。


私の右の袖口は、彼の手の中に在ったのだから。


その手を振り払う間もなく、ゆっくりと視界が回転した。
彼が私の腕を強く引いたのか、それとも私がただ倒れたのか、それすらも分からぬままに私は天井を見ていた。
立ち上がる間もなく、彼の引き締まった両腕が私を抑えつける。



「ちゅっ・・・・中じょ・・・。」



思うように声が出ない。
恐怖のあまり・・・いや、思いも寄らないことで何も考えられなかった。


<何かの間違いだ・・・>


真っ白な頭の中で、何度もその言葉が流れていく。


黒く霞んだ彼の姿は、今の私には良く見えなかった。
それでも、彼の息遣いと血の匂いだけが彼の存在を感じさせる。



「待っ・・・やっ・・・ディムロス!」



私の掠れ声は届かず、彼の手は私の服へと伸ばされた。
冷やりとした夜気に、素肌が晒される。
背筋に冷たいものが走った。


身体が震える。
それが寒さからでない事は分かっていた。

抵抗しようにも、力の差がありすぎた。
彼を拒む声は、途切れ途切れの詰まった声ばかり。
それどころか彼が私に触れる度、興奮が高まるのを感じる。


自由にならない身体が熱い。
掠れ掠れの拒絶の声は、艶っぽい喘ぎと荒い息に変わる。
力ない抵抗を続けた両腕は、引き寄せられるように彼の身体に回されるた。




・・・・もう、ダメ・・・・か・・・・。




絶望的な諦めの言葉。


溢れた涙が、頬を伝って床へと落ちる。




私の理性の、最後の抵抗だった。

















私が目覚めたのは、翌日の早朝だった。


目に見えない何かが身体に纏わり着いているかのように、身体が重い。
昨日の仕事の疲れに加え、一晩中無理をさせられたのだから当たり前かも知れない。


東の地平線は曙光に輝き、空全体が青白く光っている。
素肌に朝の空気が冷たく、私の意識はハッキリしてきた。




重い首を横に回すと、ディムロス中将が眠っている。
その表情は安らかで、昨晩の事がまるで夢だったかのようだ。
すやすやと眠る横顔を眺めていると、ピクリと彼の身体が動いた。



「んっ・・・・んん〜・・・・。」



寝ぼけ眼で彼は、起き上がる。
顔立ちはいつも通り優しげな好青年だった。



「あれ、イクティノス少将?私は昨晩・・・ん?・・・。」



私と眼が合って、彼は記憶を手繰っていたようだが、どうも思い出せないらしい。
思い出せないなら、思い出せないで良いだろう。
その方が、彼の為にもなる。



でも・・・



「でも・・・・私は、許しませんよ。」



そう耳元に囁いて、
まだ眼が覚め切らない彼の唇に、熱く深い口づけを落とす。



状況が把握しきれていない彼を尻目に、私は部屋を後にした。






自分の胸にそっと触れる。





私の身体の奥深くに、彼の熱がまだ残っていた。






 あとがき

未凪都さんに捧ぐ。
「無理矢理な感じでディム×イクの裏モノ」との事でしたので、頑張ってみました。
ディム攻は苦手なのですが、それにしては、まぁまぁな出来かなぁ・・・・と。(妥協すんな)
ってか、もっと頑張れよ私。

ちなみに・・・・「一夜の焔」は「ひとよのほむら」とお読み下さい。(どーでもええ)


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