不定方程式





「初めてしたのは、いつだったかな。」




裸体のまま、皺だらけのシーツに包まったまま、私は呟いた。
白い天井から視線を下ろすと、軍服へと身を包んだ影が灯りの逆光に浮かんでいた。
年不相応の落ち着きを湛えた、細い背中を見つめているとなんだか落ち着く。




私の視線と呟きに気が付いたのか、彼は、ノリス=カルナックは、こちらを振り向いた。
一見感情が現れてこない無機質な笑みも、見慣れた今は奥底の感情が、おぼろげながら見える。
多分、昔を思い出して懐かしんでいるのだろう。




「もう、7年も前だな。」




良く通るテノールの声が、返事を運んできた。
いつもは今一つ抑揚に欠ける声が、何だか温かい。
やはり、若き日が懐かしいのだろう。
それとも、相手が私だからだろうか。
ハハハッ、こんなコトを言ったら怒られてしまうかな。




「あの頃の貴方は、まだ可愛げのある青年でしたね。」




「お前は相変わらずのすまし顔だったがな。」




鼻で笑って言葉を返す彼の切れ長の眼の奥には、穏やかな輝きがあった。

戦場で見せる冷酷さ、
先程まで、私を強く強く抱き締めていた猛々しさ、
それとは対照的な柔らかな目。




「憶えてますか、あの日の事。」




ちょっと躊躇いながらも聞いてみた。
ほんの一瞬だけ驚いた顔を見せたノリスは、喉から音を立てて笑った。
苦笑とも、呆れともとれそうな微笑が浮かび上がってくる。





やはり、憶えていた。
人の消したい記憶ばかりを、妙に鮮明に記憶しているから性質が悪い。
そのまま、その日のことを話し始めそうなノリスを目で制した。
相変わらず彼は、ニコニコしている。




7年前の或る夜の出来事。
今思うと、人生で最大の醜態かもしれない。
自業自得と言えば、確かにそれまで。
悪いのが私である事は、明らか過ぎるほどに明らかだった。




「明日の模擬戦について、連絡事項がある」と理由をつけて、ノリスを夜中に呼び出した。
警戒する風も無く、時間どおりにノリスはやって来た。
初めからノリスには目をつけていた。
感情の汲み取れない、雪のように白い彼の頬を、涙で濡らしてみたいと思った。




いつもやっていた手だった。
士官候補生から気に入った子を、何か理由をつけて呼び出し、二人きりになって・・・
そして、あとは「やるべき事をヤルだけ」と言う寸法。
今思えば、職権濫用も良い所。




思い出しただけで後ろめたくなり、彼のほうを見る。
彼は黙ったまま、湯気の立ち上るコーヒーを啜っている。
まるで私になど興味が無いという風に。




そう、あの時も同じようにコーヒーを飲んでいた。




私からカップを受け取った彼は、少しづつコーヒーを口に運びながら、ベッドに腰掛けた。
数分ばかりの仕事の話。
私は適当な所で話を打ち切って、何気ない動作で彼の隣に座った。
二人分のカップを片付け、彼の怜悧な横顔を覗き見る。




一つ大きく息をつき、一気にその細い身体を押し倒した。
士官学校の制服を剥ぎ取って、無理矢理に唇を奪う。
ここまでは、全て上手く行くと思っていた。
いつも通りに行くと思っていた。
でも、甘かった。




両肩を掴まれたと思った時には、既に上下が逆転していて、思わず声を上げてしまった。
慌てる余り、声が掠れて叫べもしない。
手際良く服を脱がされ、素肌に触れられた時は息が止まった。




身体が震えて、涙で視界が滲んで、自分のした事に後悔した。
彼の手がゆっくりと、首筋から胸、腰と下へ伸びていく。
下半身が異物感を訴えた時には、自分の声とも思えない叫びを上げてしまい、また涙が零れた。




彼の顔は、私がしたことに怒るでもなく、咽び泣く私を見て楽しむでもなかった。
ただ、いつも通り薄く笑っているだけ。
声にならない叫びを上げ続け、力ない抵抗を続けても、一向に彼は手を止めず私を責め続けた。
指が二本になった。




自分の下半身から聞こえてくる卑猥な音に耳を背け、私は泣き続けた。
それでも、私の身体が興奮を覚えているのは確かだった。
私の自身は膨れ上がって、覆い被さるノリスの身体に当たっていた。




そろそろいいか、と微かに呟いてから、ノリスは一度身を引いた。
やっと指を抜かれて助かったはずなのに、未だにヒクヒクと痙攣を続けている私の身体が浅ましくて嫌になった。
涙も、声も枯れる程泣いたのに、身体は刺激を求めて疼いていた。




彼の自身が入ってきたのは、すぐ分かった。
掻き回され続けたせいで、痛みは殆どなくスムーズに入ってきた。
指よりもずっと大きく、息が出来なかった。
頭が真っ白になっていき、だんだんと記憶が遠のいた。
激しく何度も突き入れられ、その度に意識が点滅を続けていた。




真っ白な世界の中で、遠くで叫び声が聞こえた気がした。
泣きの混じった掠れ声、それでいて、とても官能的な悦びの声。
それが私の声だと気がついて、「イッたんだ」と分かった。
そう思った途端、全身の力が抜けて意識が完全に途絶えてしまった。




「次の日の昼前に起きたんだったな。」




ぼんやりと回想していた私に、突然彼の声。
意識を今に戻して、息をついた。




「ええ、起きた時は身体も綺麗にされていて、服もちゃんと着ていました。」




起きた時には、正直昨晩の事が理解できなかった。
枕元に座っている青年が、襲った私を逆に組み敷いてしまうだなんて。
彼はその事に触れようとしなかった。
私も後ろめたくて、何も言わなかった。
でも、その日から時々彼は私の部屋に来るようになった。




「それで関係が始まって、もう7年か・・・。」




お互い大人だったから、必要以上に踏み込むことをしなかった。
愛があったるのかは今でも分からない。
私は、彼が嫌いじゃないし、割と好きではあるが、それが愛かは分からない。
時は流れて、互いに独りじゃなくなった。
それでもまだ関係は続いている。




「私達って、何なんでしょうね。」




「恋人。」




「本気ですか?」




「そんなワケないだろう。」




冗談めかしたやり取りが、何故かとても自然な感じがする。
本当に、私達はどう言う関係なんだろう。




恋人では無い。

友人でも無い。

一緒に居ると、安心できる。

心が楽になれる。

上手く言えないけれど、この心の安らぎがそのまま答えで良さそうな気がする。

少なくとも、私は幸せだ。

















あとがき

イクティ受け〜!!!!!
久々のイクティノス受け楽しかったです。
ディムイク、カーイク、そしてノリイク。
あぁ・・・総受けになってきましたイクティノス。(妙にハイだなオイ)
大人の付き合いがコンセプトでしたが、その辺は今一つ。
いつもよりエロ多めでお送りいたしました。

そうそう、何で「不定方程式」なのかと言いますとですね。
特に理由は無いのですよ。
響きが良い感じだったので、名づけてみました。
あと、「答えが定まらない」ってのが二人の関係に似ているかなぁと。


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