表裏



月日は流れて18年。
長い時の中で、惨劇の舞台は元の顔を取り戻しつつあった。
小さな家が寄り添い、子供の声が遠くで聞こえる。



喧騒、と言うにはまだ弱いそれに耳を傾けながら、彼女は歩く。
去来する思いを噛み締め、踏み締めながら。





「あんたも物好きね。」





墓石の前に見慣れた人影を見つけ、彼女は歩み寄る。
薄く舞う雪が頬に冷たく、視界に白く幕を引く。
人影は、細い背中を丸めて墓石の前に居た。
しゃがみこんで、首を低く垂れている。





「いけませんか。」





上げた頭に、金色の髪が揺れる。
やや高い、澄んだ声。
彼女はその音に微かな嫌悪を感じ、眉を顰めた。



腰を上げ、振り返るかと思ったら、彼は依然として墓石の前に座っている。
じっと、冷たい岩を見つめながら。





「あんたには関係ないんじゃないの?」





青年・・・ピエール=ド=シャルティエは答えない。
それを気にせず、彼女・・・ハロルド=ベルセリオスは、墓前に目を閉じた。



瞼に浮かぶのは、あの日の惨劇。
18年前。父の最期と母の断末魔。
凍りついた表情の兄、飛び散った血に濡れた自分の身体。



寒気がした。
ここまで鮮明に記憶が甦ったのは久しぶりかもしれない。
やはり、その場所に来ているという意識からだろうか。





「・・・・あれよ。」





ハロルドは目を開けて、古びた寺院の傍らの一角を指し示す。
聞いているやら分からないシャルティエ相手にも、気にしない様子。





「小さな家が在って、四人の家族が幸せに暮らしてたのよ。」





何処か自嘲するように、言い終わったハロルドは笑った。
赤紫色の髪をくしゃくしゃと掻き乱す。
一向に、シャルティエは反応を示さない。



彼は、弱い風に金髪を靡かせながら、黙って黙祷している。
誰か、近しい者を悼んでいるように、彼女には見えた。





「アンタが生まれた年の事よね。18年前だから。」





暫しの沈黙。
一陣の風が、供えられた花束を散らす。





「昔の仲間は、その時孤児になったと言っていました。」





不意に、彼は口を開いた。
歌うように、明るい澄んだ声。
ハロルドの嫌いな音。





「奴隷に売られて、主人を殺して逃げて、それで・・・拾われたんだそうです。」





ハロルドの表情が曇った。
立ち上がり、振り向いて彼は微笑んだ。





「家族が守ってくれた命だから死ねない、生きなきゃ。」





静かに、噛み締めるように言葉を継ぐ。
しかし、表情は明るい優しい笑みのまま。
ハロルドはその顔を、じっと見詰めていた。





「・・・そう思って、彼は自分の上着で主人の首を締めたんです。」





「それで・・・・。」





「僕が少将に拾われた日に、彼は死にました。」





碧眼が、微かに震えた。
それを隠すように、彼は一瞬眼を閉じて笑った。
しかし、その笑みはもう凍り付いていた。





「地上軍の若い兵士と刺し違えて。」





その声はもう、歌えていなかった。
震えて、少し掠れた声。
その正直な音は、嫌いではなかった。





「生まれた町に行って、墓参りがしたいって、彼が言ってたんですよ。」





全ての話が一本に繋がって、ハロルドは目を閉じた。
自分達と同じ境遇で、全く違った道を進んだ人間。
その彼を思い、ハロルドは目を閉じた。
地上兵と刺し違え、降り積もった雪の上に倒れる兄の姿が浮かぶ。





「あたし達も、あんた達も変わんないのよね。」





薄くいつも通り、ハロルドは微笑んだ。
それに答えるかのように、シャルティエも微笑む。





「そんなに、不幸じゃないですよね。お互い。」





いつも通りの、歌うような声。
相変わらず耳につく、高い澄んだ声だった。
何故だか、ハロルドはさほど嫌悪を覚えなかった。



二人は、墓石に背を向けた。
もう真っ白の雪道に、足跡だけが続いていく。
裏表の運命を、その背に負いながら。





雪が降る。


風が吹く。


冷たい墓石が白く染まる。


何処か、白い衣は暖かげだった。


















あとがき

ハロルドを喋らせたかったんですね。
あと、ちょい怖いシャルティエの笑顔が書きたかったわけです。
えぇっと、次はついに決戦ネタだ!!!


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