| イマニグス市南部、攻略軍司令部。 連邦陸軍以来の熟練参謀から地上軍士官学校を卒業したばかりの新任少尉まで、雑多な面々が昼夜問わず頭をフル回転させていた。その中でも多分、私はかなり特異な存在で、何より年が若かった。任官2週間の新米少尉の一人だった私は異例の若さで16歳。最年長のセルゲイ=ルキヤーノフ大将が48で、親子以上の歳の差があった。 「少尉、打電を。ハインケル隊の砲兵陣地へ。」 「はい。」 「<精確ナル砲撃ヲ謝ス。暫シ休マレタシ。>と送れ。」 文面の割にユンカース隊隊長ルキヤーノフ大将の表情は優れなかった。西部からの砲撃で追い詰められた敵大隊が休止中だったこちらの大隊と衝突したらしい。窮鼠猫を噛む状態で強襲を受けた大隊は半ば壊滅、予備部隊が救援に向かっているとの事。 「阿呆な砲兵共が調子に乗りおって。被害の隊は?」 「情報部戦闘班第7大隊です。」 「マイナードか。損をするのはいつもまともな隊だっ。」 入隊前から付き合いはあったのだが、ルキヤーノフ大将は思った事を口に出してしまう裏表も打算も無い素直な人だった。総司令も随分信頼を寄せていてそう言う訳で私はユンカース隊隊長秘書官という扱いで彼に預けられていた。 「落ち着け、セルゲイ。」 地図の対面にいる将校が激昂する彼を宥めた。本作戦の総指揮を執る攻略軍統括官ラヴィル=クレメンテ大将。聞く所によると、リトラー派と元老院派の綱引きの結果、中立的なクレメンテ大将を統括官に据えることになったらしいと後から聞かされた。彼は穏やかながら確かな実力を持った指揮官だと総司令からは聞かされていた。 「落ち着いていられるか。現に被害が出ているのだぞ。」 「分かっている。」 「貴様が分かっているだけでは何にもならん。」 「計画に則った砲撃をするよう、既に彼らには通達した。」 「貴様はそれだから元老院派に手緩いと誹られるのだ。」 ルキヤーノフ大将が厳しい表情で席を立った。彼は生粋の軍人で、軍事上の命令には厳格かつ忠実な一方で自分の意見は歯に衣を着せない。 彼がリトラー派を支援してくれているのも、兵を大切にしていて戦争に勝てる見込みがあるから、とハッキリした理由があった。実際の所はリトラー総司令を個人的に気に入っているというのもあったのかも知れない。16歳の新任少尉のお守りを引き受けたことがそれを裏付けている。 「少尉、部屋に戻るぞ。」 「はい。」 席を立って自室に戻る彼は見るからに憤慨していた。私は後について行くのだが、不思議な事に部屋に入って自分の椅子に腰を掛けて一息吐いた途端に彼の怒りは何処かへ消えてしまっていた。 「すまん。頭に血が昇ってしまった。」 「閣下。あまりお怒りになるとお体にも障ります。」 「その閣下と言うのは止してくれ。セルゲイだ。」 「しかし・・・。」 「セルゲイだ。復唱。」 「あまり怒ると身体に毒ですよ、セルゲイ。」 彼は気に入った者には自分をファーストネームで呼ばせていて、総司令にも若い頃からそうさせていたそうだ。親子以上に歳が離れた私も例外ではない。どうしても違和感があるのだが彼なりの好意の示し方だと思うと悪い気はしなかった。彼は総司令を息子のように、私を孫のように思ったいたようで、基本的に私には甘かった。 「ハインケルの奴らを許せるほど俺は心が広くないんだ。」 「それは仕方が無いとも思えますが・・・。」 「問題はラヴィルだな。奴は俺より賢い。話を聞くべきだった。」 「それが分かっているのなら、どうして。」 「分かっているだけでは何にもならん、だなぁ。」 苦笑して頭を掻く彼には何処か動物を思わせる愛嬌があったのだが、後から聞く所によると騎兵出身の彼は馬に大変懐かれていたらしい。別に馬面と言う訳ではなく、風貌としては熊か虎に近かったが。 「後で代わりに聞いてきてくれ。それと。」 「非礼をお詫びしておきますか?」 「ああ、頼む。代わりに謝らせるのは気が引けるのが。」 粗野な印象を与えがちだが実際はなかなか出来た人で、仕事上の報告とは別に総司令への連絡も欠かさなかった。それも、8歳も歳下の総司令を「総司令殿」と旧陸軍式に敬って。 「ラヴィルとは仲良くやらねばならん。あれは悪い奴じゃない。」 「元老院派に手緩い、と若い将校達からの評判ですが。」 「かも知れん。俺も苦手だが軍には要る。」 「総司令の役に立つ、と言うことですか?」 「ああ、俺が保障する。お前の良い手本になる筈だ。」 自分とさっきまで口論していた相手の能力を素直に認める所が、この人の大きな徳だったのだろうと思う。感情的なのかと思えば驚くほど合理的な思考を披露したりと、彼から学ぶ所も大変に多かった。 「災難のマイナードにも侘びを入れてやらねば。」 「しかし、あれは西部陣地の砲兵隊の責任では?」 「砲兵共は当てにならんと教えてやるべきだったんだ。」 大きな白い前歯が下唇を噛み、眉間に深い皺が刻まれた。彼は決して後悔で先に進めなくなる人ではなかったが、同時に全く後悔をしない人でも隠す人でもなかった。だから彼は私にとって良い教材になると総司令は考えたのだろう。現実の経過と最善手のズレを彼は包み隠さずに私に語ってくれた。 「俺が司令部にいるのは何の為だ?」 「前線で戦う部隊のリスクを軽減し、円滑な作戦行動を図る為です。」 「合格だ。一つ加えるなら、お前を良い軍人に育てる事だな。」 総司令は私を「良い軍人」にしようとはしなかったから、特に学ばせてくれる事は無かった。それは私が反対を押し切って士官学校に入っても、少尉に任官しても変ることはなかった。しかし彼は、積極的に学びの機会を私へ提供しようとしてくれていた。 「さて、次は馬術の稽古と行くかな。」 「はい。どちらまで?」 「マイナードに手紙を渡して、ついでに様子を見てきてくれ。」 「承りました。」 彼は悠々とした達筆で手短に手紙を書き上げると、小さな封筒に入れて私に手渡した。騎兵将校だった彼に手解きを受けた私の馬術はそれなりのもので、それを喜んだ彼は度々伝令に私を使ってくれた。 「マイナードは良い。若くて軽口が減らんが腕は確かだ。」 「軽口は・・・・・確かに、少し。」 「そうか、お前は面識があったな。」 「ええ。随分前ですが。」 「総司令殿もアレを大変に信頼していらっしゃる。」 彼が入隊してすぐ、総司令の近くに居た頃は度々会う機会があった。上官にも遠慮の無い人で情報部や参謀本部の幹部を批判しては問題になっていたものだが、いつの間にか彼自身が情報部長になっていた。若干26歳で少将。やはり、凄い人なのだと思ったものだ。 「アレとお前で総司令殿を支えてくれれば安心できる。」 「まだまだ先の話です。」 「いや、なるべく早くだ。俺が生きてる内にな。」 「縁起でもないことを言わないで下さい。」 「分からんぞ。急に運が尽きるかも知れんからな。」 「セルゲイ・・・。」 「冗談だ。冗談。そんな顔をするな。」 白い歯を見せて彼は笑い、大きな手で私の頭を撫でた。ごつごつした手が暖かい。総司令は親として私に接したけれど、子供扱いする事は殆ど無かった。だから、もしかしたら彼が私の能力を十分に認めつつ、私を年齢相当に扱ってくれた唯一の人かもしれない。 「では、頼んだぞ。」 「はい。行って参ります。」 「うむ。」 敬礼して部屋を出る。 背中を彼の温かい眼差しが押してくれていた。 彼は第二次北部内乱時に陣頭指揮を執った人でラシーヤ過激派に恨まれていた。また、長年対立してきた元老院派としては排除したい人間かもしれなかったし、天上軍としても優秀な地上の指揮官を消しておきたい気持ちはあっただろう。今から思うと、彼が私に自分の知る限りの事を伝えてくれたことも含めて、色々な事が納得出来る。彼は死期を悟っていたのかもしれない。 彼が爆弾テロで殺害されたのは、それから僅か半年後の事だった。 あとがき カーレル16歳はお爺ちゃん子です。← 初登場のセルゲイですが、僕が好きなタイプのオッサンなんです。お客様的にどうかは分かりませんが許して下さい。イメージは柴田勝家。猛将系の人ってあんまり書かないからね。 あと、カーレルが「セルゲイ」って呼ぶのは、欧米のホームドラマとかで孫が祖父母をファーストネームで呼んだりするでしょ?あれって何か良いなって思っててやってみました。 BACK |