墓前には美しい一輪の花を。



貴方には、一太刀の剣も振らせない。

貴方には、一滴の血飛沫も浴びせない。

貴方には、一人の敵兵も近寄らせない。




全て、始末する。

僕が。




貴方は、ただ戦場に凛として立っていてくれれば良い。

貴方は、ただ透き通るような声で僕らに命じてくれれば良い。

貴方は、ただ戦い終わった兵士達に労いの言葉と笑みをくれれば良い。




それだけで、命を懸けて戦える。

僕は。




貴方の、何にも動じずに淡々と職務を遂行する横顔。

貴方の、心の奥に秘めた優しさが滲み出る横顔。

貴方の、誰よりも多くの悲しみを受け止めてきた横顔。




その横顔が、僕の方を見てくれる。

僕の。




貴方の為に、多くの兵士が死んだ。
きっと、誰一人として後悔なんてしていない。
皆、貴方を慕って死んでいったんだ。


だから、そんな悲しい顔はしないで欲しい。
良く頑張ったと、笑いかけてやって欲しい。


貴方の盾になって。
貴方の剣になって。
貴方の手足となって。


そうして、命を散らせていった彼らだ。
貴方の笑顔が見たいはずだ。














僕は、少将の後ろを歩いていた。


弱い雪の降る、明るい昼下がりだった。


表札の掛かった、小さな門を抜ける。
狭いけれど、でも綺麗に手入れされた庭を抜ける。
レンガ積みの小さいながら清潔感のある家の玄関の前に立つ。



「良いかな?」



僕は、小さな紙包みと一振りの剣を両手に抱えていた。
それを確認するように少将は振り向いて、僕に声をかける。
柔らかな、でも寂しげな微笑を、少将は浮かべていた。


かわりに僕が、精一杯明るい表情を作った。
そして僕は頷く。



「大丈夫です。」



少将が、木製のドアをノックした。
静かな雪の空にノックの音が響き、吸い込まれるように消えていく。


暫くして、ドアが開いた。
暗い表情を浮かべた十代後半の青年だった。



「地上軍中央部隊、情報部長のイクティノス=マイナードです。」



「同部所属 ピエール=ド=シャルティエです。」



敬礼し、所属と姓名を述べる。
決まりきった形式通りの、儀礼的行為。


青年は、今まで見てきた例に漏れずに驚きを隠せない顔をした。
若々しい青年の顔から、血の気が引く。
僕は表情を変えないように努力した。



「ヴィルマ=リー少尉の弟さんですね?」



少将が、優しげに問う。
ゆっくりと頷いて、青年は微かに震えだした。



「弟の、クラーク・・・です。兄が、大変お世話に・・・・。」



一縷の望みに縋るように、普通の挨拶をしようと青年は頑張っていた。
その希望を砕かなくてはならないかと思うと、気持ちは限りなく重い。


しばらくの沈黙が流れる。
少将は直立不動のまま、押し黙っていた。



「休暇で帰るたび、少将が、少将がと、兄はその話ばかりで。

 この前、少将に労いのお言葉を頂いた、とか嬉しそうに・・・。

 これは少将をお守りして負った傷なんだ、と包帯を巻いた肩を自慢げに・・・。」



青年の声が 、詰まり詰まりになっていく。
もう、とっくに気が付いていて確信もあるのだろう。
それでも、青年は話し続け、少将は神妙な顔で聞いていた。



「兄は・・兄は・・・。」



青年が俯いて、ぐっと拳を握り締めた。
やがて、堪えられずに零れる嗚咽が聞こえてきた。
微動だにせず、少将は押し黙っていた。



「死んだんですね、兄は。」



青年が顔を上げる。
記憶の中のリー少尉の死に顔と、青年の顔が重なった。
良く似た兄弟だった。



「リー少尉は今月12日の戦闘に於いて、戦死されました。」



僕は手短に、極めて事務的に、言葉を並べた。
青年とは、目が合わせられなかった。


リー少尉とは、何度も話をした事がある。
下っ端の兵士だった頃、仲良くしてくれたのは少尉だった。
僕の階級が上がってからも、変らずに接してくれた。


少尉は引き締まった長身の、いかにもな感じの軍人だった。
その大柄な少尉が、少将、少将と懐いているのは僕が見ても可笑しかった。
だけど、その気持ちは凄く良く分かった。



「少尉の遺刀と身の回りの品です。」



厳しい戦いを何度も潜り抜けてきた少尉の剣。
その少尉の戦う姿に、僕は未来の僕を見ていた。
あんな風に、少将を守って戦いたい、少将の役に立ちたい。


僕がそう思って背中を見てきた人は、今までにも沢山いる。
それは、二十年も軍にいる古参兵だったり、新任の士官だったり。
色んな人がいたけれど、共通しているのは唯一つ。
皆、死んでしまったと言う事。


少将の役に立てた事を喜びながら。
少将の力になれなかった事を悔やみながら。
皆、それぞれに逝った。



「兄は・・・お役に立てたのでしょうか?」



遺品を抱きながら、青年は声を震わせた。
少将は、初めてはっきりと自分の声で答えた。
その表情に、深い慈愛の念を湛えて。



「私の、自慢の部下です。」



青年は俯いていた顔を上げて、口を真一文字に結んだ。
堪え切れなかった涙が頬を伝って零れ落ちる。
しかし、微かに青年は少将の言葉に微笑していた。



「ありが、とう・・・ございます。」



其処まで言い切って、青年は堰を切ったように泣き出した。
少将が青年をそっと抱き止めて、その嗚咽を胸で受け止めていた。


リー少尉は幸せだったと僕は思う。
泣いてくれる家族がいて、慕っていた上官が死を悼んでくれて。


だから、僕はもう涙を堪える必要がなかった。
自然に、柔らかな微笑がもれていたから。







「弟さん、喜んでましたね。」



少将の表情は明るくなかった。
だから、一層僕は明るく振舞った。



「二十年前にね。」



雪の空を見上げながら、少将は急に話し始めた。
久しぶりに聞く、少将の昔の話だった。



「二十半ばくらいの若い軍人がうちに来て、両親と何か話していたんだ。」



僕は、それが少将のお兄さんの話なんだと悟った。
天地開戦で亡くなった、少将のお兄さん。
リトラー司令の部下だったと、僕は聞いていた。



「母の泣き崩れる声が聞こえて、私は玄関まで駆けて行った。」



一度、言葉を切って少将は立ち止まった。
降る雪が強くなってきていた。



「軍人と目が合った。一瞬驚いた顔をした後、軍人は泣き出した。」



淡々と、童話でも聞かせるかのように少将は話す。
僕の頭の中に、その時の光景がありありと浮かんだ。



「若い軍人は、私が驚くほど泣いた。何度も兄の名を呼びながら。」



僕には、その若い軍人がだれなのか、とっくに分かっていた。
だから、その人が泣く様子は簡単に想像が出来た。
でも、それを見詰める少将の方は全然分からなかった。



「少将は、その時なんて?」



「私、かい?」



僕の質問を少将は予想していたかのように、僕を見た。
にっこり笑って、少将は答えた。



「兄さんが悲しむから泣かないでください、とね。」



僕は何だかその答えが嬉しくて、自分の心の中で繰り返した。
繰り返して、繰り返して、思わず笑いが漏れた。



「何か、可笑しかった?」



少将が尋ねるけれど、僕は首を横に振る。
可笑しくなんかない、嬉しかったんだ。


少将が、どうして泣かないのか分かったから。
少将が、僕らの気持ちを分かってくれていたから。



「泣かないでくださいね。」



「ん?」



「僕が死んでも。」



僕が、あんまり楽しそうに笑って言うから、少将は怪訝な顔をした。
そして、ちょっと眉間に皺を寄せて溜息混じりに答えてくれた。



「出来ない約束はしない。」



「出来ませんか?」



「私だって、我慢の限度がある。」



苦笑して、僕の頭をぽんぽんと叩いた。
その感触が気持ち良くて、少し少将に寄り添って体を預ける。


我慢の限度がある・・・か。
その言葉と、その表情。
僕だけの特権のような気がして、優越感に浸る。



「じゃあ、シャルティエは私が死んでも笑ってくれるかい?」



反対に、少将が問う。
僕は笑いながら即答した。



「少将が死んで、僕が生きてるなんてあり得ませんよ。」



「そうか?」



「そういうもんです。」



少将は、そういうもんか・・・と小さく呟きながら空を見上げた。
強くなっていく雪が、容赦なく僕らに降り積もる。



「そういうことになってるんですよ。」



雪の混じった冷たい風に、僕らが吹かれる。
一層近く、僕は少将に寄り添った。



「いっ・・・・・・いな。」



風の音にかき消され、言葉は僕の耳に届かなかった。
少将は聞こえたものだと思って、僕に同意を求める。



「そうですね。」



僕が答えたのは、聞こえた振りをしたからじゃない。
聞こえなくても、伝わっていたからだ。


寄り添う、彼の体から。


微かに聞こえる、彼の鼓動から。





彼の、この鼓動が止まるまで、僕は離れない。


絶対に。


絶対に。












































あとがき

問1(皐共和国官吏採用試験問題より)
・イクティノスは最後に何と言っていたのでしょう。十字程度で想像しなさい。

問2(同出典)
・「そういうことになってるんですよ。」とシャルティエが繰り返した理由を自由に考察しなさい。

問3(次年度予想問題)
・この作中には墓も花も出てこないが、何故このような題名になったのか、考察しなさい。

手抜きあとがき。
次から毎回国語の問題つけようかな。






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