地上暦6年制定の“戦時法慣例に関する確認条約”通称リッデルザール条約に於いて「俘虜は敵の政府の権内に属し、人道をもって取り扱われるべきものである。」と規定されている。無抵抗の捕虜に対して暴行や拷問を行なえば条約違反となり、それが明るみに出れば容赦ない批判及び報復を覚悟しなければならない。天上軍対地上軍の構図が確定した戦争中期以降、幸いにして条約に違反した俘虜虐待は記録に無い。





中央司令部から程近い情報部管理の訓練施設。その敷地内に一般には知られていない捕虜収容施設がある。窓のない小さな監獄が地下に約30。昼夜問わず煌々と明りが灯され、収容者は昼夜の感覚を失う。


「おはようございます。」
「・・・・・・・・。」


少将は尋問する捕虜の所へ行くと、必ず「おはよう」と言う。それが朝の8時でも、夕方の5時でも変わらない。今日の捕虜は体内時計がすっかり狂ってしまって、一日のサイクルが18時間になってしまっている。今は午前11時だから、おはようございますは間違ってはいないけれど、彼にはそれも分かるまい。


「食事を拒否しているみたいですね。いけませんよ。」
「・・・・・・・・・。」
「食べられるだけ幸せだと思わなければ。」
「・・・・・・・・・・。」
「餓死者、天上側で増えているようですよ。」


ちょっとした会話から相手の戦意を削ぎ取っていく。天上側の食糧不足、拠点の陥落、地上側の攻勢、彼が聞きたくないであろう知らせに誇張を交えて伝える。勿論信じようとしないが、毎日聞かされているうちに少しずつ心が蝕まれていく。


この捕虜はここに入って二ヶ月、そろそろ落ちる頃だろう。スパイの容疑で拘束された当初は名前すら口にしなかったが、もうじき絶望に打ちひしがれながら洗い浚い話す事になる。それで彼の利用価値は終り。普通の捕虜なら解放される所だが、生憎それは出来ない。この収容所から生きて出て良いのは情報部の一部の将校だけだから。


看守の控え室に戻ると、普通に灯りが点いているはずなのに薄暗く感じた。ほんの十数分でこれなのだから数ヶ月もあの強烈な光の中で過ごす捕虜たちはさぞ辛い事だろう。尤も、それが僕らの狙いなのだから気の毒には思わないけれど。


「最近、彼は目の色が変わってきたね。」
「限界が近いようです。今月中には済むと思います。」
「棺桶を発注しなくてはならないね。今日の分は?」
「既に届いています。」
「そうですか。では午後には処理しましょう。」


全て話した捕虜は「処理」される。つまり、殺される訳だ。口が固い人間ほど苦しんでから殺され、口が軽い人間は早く殺される。苦しむ為の数ヶ月を過ごす方がマシだとは僕は思わないから、早く喋るように勧める。僕の忠告を聞く捕虜は少ないけれど。


多分、正しいのは僕らのようなウェットワーカーに捕まる前に、ディムロス中将やハロルド中佐みたいな正規軍に投降する事。有効な手段だと思う。彼らは極めて紳士的に戦っていて、捕虜に対しても敬意を払うから。それは彼らの役目であって、つまり適材適所。


そうじゃなければ、僕らみたいなのに捕まりそうになったら舌を噛むとか。そんな隙は与えないから、今まで成功した人はいないけれど。自殺する可能性があると判断されたらもっと手酷い拘束を受ける事になる。捕虜たちにはその辺りを熱心に説明しているから自殺は思いとどまってくれている。


「シリウス社から試射の依頼が来ているので宜しく。」
「分かりました。新型ですか?」
「ええ、恐らく天上軍の次期主力候補でしょう。」
「また裏取引ですか。」


軍需産業からの献金が情報部の資金力を増し、テストに応じる事で敵軍の最近武器を知ることが出来る。企業側は優秀な兵士による対人テストのデータを得る事が出来る。天上軍の人間は納入された新型のテストに自軍の兵士が使われているとは知るよしもない。


少将の下で働いていると、ハロルド中佐が毒ガスの使用を躊躇ったのが可愛く思えてくる。ここには汚い戦争へのジレンマも正々堂々とした戦いも存在しない。天上軍に勝つと言う目的のみに従って合理的に仕事が進んでいく。


「反動が劇的に小さい、との触れ込みですよ。」
「撃たれないようにしたいものですね。」


渡された拳銃のマガジンを外して丁寧に弾丸を確認し、また戻す。右肩に一発、頭に一発がルール。右肩への銃撃はテストの為のもので死体に撃つのでも構わないらしいが、個人的な趣味として死体は撃ちたくない。僕らに許される好き嫌いはこの程度で、それも大した不自由とは思わない。最初から死体に撃てと言われたら迷わずそうすると思う。


「時間ですね。」


少将は時間に正確な人だ。廊下の突き当たり、堅く閉ざされたドアを開け、連れ立って部屋に入る。収容スペースとは反対に薄暗い広い部屋。その中心に目隠しをされて捕虜が立たされている。僕は彼のことを良く知っている。洗い浚い吐かせたのは僕と少将だから。


「始めましょう。」
「ええ。」


彼らは耳栓をされていて僕らの声は届かない。無音かつ真っ暗闇の中、弾丸を二発叩き込まれて死ぬ運命にある。それが哀れだと思う部分がなくもないが、戦争とはそういうものだ。


僕だって少将に拾われたあの日に捕まって苦しんだ末に死んでいたかもしれないし、今後も作戦中に何かの拍子に捕虜になって酷い目に遭うかもしれない。少将や他の人に迷惑がかからないようにしなくては。拷問に耐える訓練はかなりしたし、それに僕が知っていることなんて微々たるものだから大丈夫だとは思うけれど。


そんなことを考えながら引鉄にかけた指に力を込めた。思った以上に小さな音と軽い反動で飛んでいった弾丸は狙い通り彼の右肩を貫通し、呻き声を上げて身体を捩る瞬間には二発目が額を捉えていた。なるほど、劇的に反動が小さい。これは怖いな。


「お疲れ様。良い銃ですね。」
「はい。反動の軽さに驚きました。」
「二発目への移行がスムーズで、威力も申し分ない。」


兵士に運ばれていく捕虜の死体を横目に、敵軍の新式銃の話を始める。表情は全く変わらない。でも、少将だって何も感じていない訳ではないのだと思う。でも、それを一々表に出していては追い付かない。少なくとも僕はそう。


「処理」の後、少将はいつもより表情や言葉が優しい気がする。いや、いつも優しいのだけれど、それに輪を掛けて細々した所で労わってくれている気がする。僕の思い込みかな。


少将は優しい人だ。異論を唱える人なんていない。冷徹な人だ、と言っても同じように異論は出ない。だから優しくて冷徹な人ということになるのだろうけれど、言葉の座りが悪い。冷徹さと優しさは共存するのだろうか。


「こちらでの仕事は終りです。戻って休んで構いませんよ。」
「はい。ありがとうございます。」


この前、いや結構前かな。少将から配置換えをしてはどうかと話を貰った。転属先は第一師団の遊撃部隊か工兵連隊で、すぐに断ったのだけれど、あれはやっぱり気を遣われたのかな。情報部の仕事、殊に少将の傍でとなると綺麗とは言えない仕事が多くて、多分それを気にしたのだろうと思う。僕が最前線の任務につくとなると、それはそれで気にしたりするのにな。少将もあれでなかなか困った人。


一時期ハロルド中佐の下で働いていた時期もあった。思った以上に良い上官で悪くはなかったのだけれど、結局一年くらいで戻ってきてしまった。僕を心配する少将のことが心配になってしまったから。


あんなに僕を心配してくれる人だから、敵軍の捕虜に情けをかけるようなことがあってもおかしくないと思う。僕は少将ほど優しくないから、そんな気持ちは起きないし、戦争に関わる以上悲惨な状況で殺す覚悟も殺される覚悟もしなければならないと思っているのだけれど。


「ふぅ。」


戦場以外で人を殺した後は、何だか身体を洗いたい気持ちになってシャワーへ急ぐ。髪を洗って、身体中を泡だらけにして、熱いお湯を頭から浴びて、やっと一息。頭を拭きながら、髪が伸びてきたことに気がついた。切りに行かなければと次の休みの日を思い浮かべたが、2週間は休みが無いことに気付いて苦笑する。


転属を断ってから、少将は容赦なく僕を使う。優しい言葉や表情で少しずつ僕の元気を補給しながら毎日毎日仕事を詰め込む。僕はそれが嫌じゃないし、少将の役に立てるのは嬉しい。


仮眠を取ろうとベッドに横になった。0時から翌朝7時まで夜勤が入っているから、その前に少し寝ておかないと。大した仕事をした訳でもないのに気持ちが疲れていたのか、ベッドに吸い込まれるように眠りに落ちてしまった。








「おはよう。」


目が覚めたのは2時。目を擦りながら声を聞いた。落ち着いていて淡々とした少将の声。驚いて飛び起きると表情を変えないまま少将がこちらを見た。


「おはようございます。」
「・・・おはようございます。」


十数時間前にも同じ言葉を聞いたな、と思って不思議な気持ちにさせられる。言葉の調子も雰囲気も殆ど変わらないのに、今回の方が柔らかい感じに聞こえるのは僕が想像で穴埋めしている分だろうか。いや、少将の優しさを良く知っている分かな。


「少将。」
「何ですか?」
「僕らの仕事が明るみに出たら、戦犯ですよね。」
「ええ。重大な条約違反ですから。」
「共犯ですね。僕と少将。」
「・・・・そうですね。」


<共犯>の響きが可笑しかったのか、少将は少し困り気味に相好を崩した。冗談っぽかったけれど、僕は真面目だった。少将もそれを分かってくれたと思う。一番の責任者が少将。それを一番傍で助けて、一番多く手を下したのが僕。それをハッキリさせておきたかった。一緒に多くの嫌な仕事をして、一緒に沢山酷い事をして、その罪の重さが僕が少将と共に歩んだ証。


「ありがとう。」
「いえ、こちらこそ。」


手元の書類に目を落としながら少将が僕に感謝の言葉をくれた。数秒、仕事に戻った少将の姿をじっと見詰めて、それから夜勤の為に部屋を出た。


頭に過った光景。
僕と少将が仲良く隣で絞首刑になっている。
笑えない想像が浮かんで、何故か妙に笑えた。














あとがき
あまりまとめ過ぎるとしつこいので程ほどにしておきました。なんて言うと計算した上で、みたいに聞こえるけどそうでもないんですよね。シャルティエ一人称は勝手に喋らしてるような状態なので方向を誤るとずっと喋っています。今回も危うくグングン増えてしまう所でした。次はもう少し話題の方向性を絞った状態で喋らせたいなとか思っていたり。シャルティエが出るとしたら、次はハロシャル。
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