他人の部屋で目覚めた瞬間と言うのは一瞬強い違和感を感じるものだと思う。まだ脳が働かない状態だから、現状を認識するにも昨晩を思い出すにも経緯に納得するにも一々時間がかかってしまい、違和感は長続きする。ただ、最近その違和感の持続時間が短くなってきているのに気付いた。朝の目覚めが良くなってきていると言う事ではない。ただ、他人の部屋で目覚めるのに慣れてきているのだろう。
・・・・・・・・・・・気恥ずかしい。


彼は隣でまだ寝ている。ベッドの周りは機械部品やデータを纏めた紙束で溢れかえっている。外へのドアからベッドまでは辛うじて通り道があり、そこから分岐した道が机らしきもの前まで通じている。


「相変わらず。」


この光景は以前から何度も見ているが、これ以上悪化して通り道が塞がれるようなことはない代わりに改善する様子も全く見られない。少しずつ変化する山の構成物が、この山が放置されている訳ではない事を示している。彼としてはこの環境が研究しやすいのだと言う。そう言えば、有名な科学者が「整然と片付いた机からはイマジネーションは生まれない」と言っていた気がする。きちんと整理された自分の机を思い返し、彼の部屋と比べて苦笑した。


彼は天才だ。一を聞いて一も理解しないこともあれば、万や億に思いを巡らせることもある。極々普通の少し優秀な将校に過ぎない私にとっては、天才の考え方は飛躍が多過ぎて理解しがたい。


「・・・・・・・・。」


彼の寝顔を見る。怪しく光る瞳は瞼で隠され、まだ少年の面影を残す横顔は安らかな様子で微かに微笑んでいた。寝息に合わせて規則的に揺れる頬に触れてみたくなるが、起こしてしまうのも都合が悪い。別に彼の睡眠を邪魔する事に良心は咎めないが、この穏やかであどけない寝顔がいつもの小憎らしい顔になってしまうのは惜しい。


彼の寝顔を見るのは何度目になるだろう。最初の二回は見たくもないのに見てしまったし、状況を把握しようと混乱しているうちに彼が起きてしまった。彼が案外無垢な寝顔をしている事に気付いたのは三回目。その前日、彼自身も思ったより純粋な事を知った。そんなに誰彼構わず引っ掛けている訳ではないらしい、程度だけれど。まぁ、何はともあれ今は私だけのようだ。


これは嬉しい気持ちなのだろうか。良く分からない。ただ、私だけだと言うなら彼に抱かれるのにやぶさかでない、とは思った。その癖、この部屋に来て彼に組み敷かれそうになっては毎回抵抗をしているのだから妙だ。抱かれるのに悪い気はしないのだけれど、その瞬間は嫌、と言うか一方的に始められるのは嫌なのかもしれない。かと言って、どうしたら始められるんだと聞かれると困るが。となると、やはりその場のムードだろうか。何となくお互いがそんな雰囲気に・・・・・・。


「恋仲じゃあるまいし。」


溜息一つ。どうでも良い事だ。この関係に特に不満はないし、特別望む事もない。何かしらの口実で彼の部屋に来て、一応抵抗をしつつも彼に抱かれて、翌朝彼のこの寝顔が見られるなら構わない。その時間の過ごし方は悪くない。


彼が寝返りを打った。鼻を擽る前髪に顔を顰める様子は笑みを禁じえない。見ていても良かったのだが、少し情が沸いて髪を払ってやった。そうすると、また規則正しい寝息が戻る。眉間の皺がスッと消えて安らかな表情に戻る。いつもこんな風に穏やかな顔をしていたら良いな、と一瞬思って打ち消した。普段の彼もそう悪くないのだから。


彼がこうして男を部屋に連れ込むことは何度かあったらしい。けれど同じ相手は二回か三回までで、すぐに関係は終わってしまうのだそうだ。どうやってその関係が終わるのかは想像するしかないが、やはり彼が相手への興味を失ってしまうのだろうな。彼は素直な人だから興味を失ったら態度に出て、察した相手はきっと離れていく。色々と彼の過去の関係について聞いていく内に、やっぱり自分は彼の以前の相手とは扱いが違うようだと気付いた。多分、これは割と自信のある推測だけれど、その理由も分かる気がする。


「そろそろ起きなさい。」


先程から触れるのを我慢していた彼の頬に手を伸ばす。柔かで滑らかな肌の感触を指先で確かめた後、軽く抓った。安らかな寝顔が一気に顰められ、無意識の抵抗の手が私の腕を払う。寝息の代わりに微かな唸りを漏らし、ついに彼はあまり心地良くない目覚めを迎えた。


「貴方、私の事好きでしょう?」


起き抜けの彼に投げかける言葉。どんな反応が返ってくるのかが楽しみだった訳ではない。きっと自分の予想が正しかった事が確認できるだろうなと言うだけの問だった。彼は重そうな瞼を微かに上げて、寝転がったまま横目で私を見上げた。ちゃんと聞こえて理解出来たようだ。彼は億劫そうに寝返りを打って大きく溜息をついた。


「何で?」
「好きでもない人間をこんなに抱きませんよ、貴方は。」


こちらを向かないまま、彼は頭を掻いた。寝癖の付いた紫色の髪が揺れる。否定をする必要もないと思ったのか、出来なかったのか。どちらにせよ彼は黙って動かなくなった。


「違いませんよね。」


返事は無かった。しかし、その態度で十分に私には思えた。予想は出来ていたものの実感すると受け止め方が変わってくるものだ。自分から尋ねておいて少し混乱している。


「・・・・・・・・かも。」
「・・・・・・・・・。」


思ったよりも嬉しくて驚いた。曲がりなりにも彼は私の事が好きだという事を認めたのだ。その事実を奇妙なほどの喜びを持って受け止める自分がいる。


「お前も好きだろ、俺?」
「はい?」


そう言えば忘れていた。彼が私の事を好きなんだろうとは思っていたが、自分が彼を好きかどうかなんて考えてもいなかった。どうなんだろうと考えようにも、さっきから混乱を続けている頭が言う事を聞いてくれなくて、頭に浮かんだ事が精査もされずに口から出て行く。


「何でですか?」
「アンタ、好きでもない奴に抱かれないだろ?」


どうなんだろう。そんな気もするのだけれど、他の人に抱かれた事がないから良く分からない。彼への感情は特殊なもののように思えるけれど、その理由が好きだからなのか抱かれたからなのかは良く分からない。好きって気持ちがどんなものだったのかも良く分からない。
・・・・・・・・・良く分からない事だらけ。


「どうなんでしょうね?」
「面白いな、アンタ。」
「私が?」
「普通分かるだろ。好きとか嫌いとか。」


そういうものだろうか。うつ伏せに頬杖を突いて、彼がこちらを見ていた。彼から普通なんて言葉が出てくることは予想できなかった。だって彼は全然普通ではないのだから。


朝8時の鐘が鳴るのが遠くで聞こえた。ゆっくり寝たような気分の割にそんなに遅くもない事に気付く。そういえばこの部屋には時計が無いから分からなかったのだ。


「今日、非番か?」
「ええ。」
「そ、俺も。」


彼が上半身を起こし、私と同じようにヘッドボードに寄り掛かった。相変わらず、私は混乱する頭で好きだとか嫌いだとかそんな事を考えつつ、彼の横顔をじっと見ていた。


「キスして良いですか?」
「野暮な質問だな。」
「そうですね。」


苦笑した彼に身体を預けるように、自然と唇を重ねた。触れるだけの極軽いものだったけれど、そういえば自分からキスをしたのは初めてだったような気がする。悪くない気分だな、と思った。


「多分ですけどね。」
「うん。」
「私は好きでもない人間にキスはしないと思うんです。」
「それだけ?」
「ええ。」
「あそ。」


彼の手が私の肩に伸びて、ベッドに倒された。唇にキスが落ちてくる。特に抵抗しようとは思わなかった。


「するよ。」


私と違って、彼は野暮な事は聞かない。それが気持ち良くて、返事の代わりに微笑んだ。ああ、これがさっき考えていた「互いがそんな雰囲気に」なんだろうな。内心納得しつつ、私は彼の首に腕を回した。


「奇遇ですね。」
「何が?」
「私も丁度、そんな気分です。」


混乱した頭がさっぱりと整理されて、清々しい気分で彼を抱き締めた。





























あとがき
ハロイクです。ディムイクを書くと言いつつ別なのになってしまう辺りが私らしくて良いですね。らしいとか多分とか多くて、イクティ頭悪い子みたいですけど、まぁ良しとしましょう。ちなみにハロルドがイクティ好きになったのは随分前。イクティが気付いたのは最近で、イクティ自身がハロルド好きになったのは最初の時。他人の気持ちにも自分の気持ちにも鈍感な子ですね。
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