・・・序幕・・・


地上暦20年 12月30日11時過ぎ・・・・・。




決戦を、回避したかった。



その一心で、天上軍の占領地内へ足を踏み入れた。
危険は承知だった。
すぐに見つかって斬られるかもしれない、拷問の末に殺されるかもしれない。
それでも、決戦を回避したかった。



日付の変わる頃、天上軍に拘束され天上へ送られた。
ライフル銃を持った兵士が、左右を固めて離れず、まるでそれは機械人形のように思えた。



天上に着くとすぐ、近衛師団長に引き渡された。
赤い髪の若い師団長は、優しげな微笑を浮かべて、私の拘束を解いた。
兵士を皆下がらせ、自分で自動車を運転して何処かへ向かった。






「陛下に、お会いなさいますか?」






ドレークと名乗ったその青年は、真っ直ぐに琥珀色の目で私を見ていた。
その瞳に、嘘を感じなかった彼はただ黙って頷いた。
しばらく走ると、車が止まった。
目の前には、大きな白い建物が聳えている。



その最奥に、ミクトランは居た。













「今日の4時だったか?」






地上軍総司令 メルクリウス=リトラーは、銜えた煙草に火を点しながら頷いた。
紫煙が揺ら揺らと大理石の天井に当たって散っていく。
彼の目は優しく、奥底の紺碧の瞳が煙の先の男を見つめていた。



その男は、薄く微笑していた。
透き通るほど、もう病的と言って良いくらいに肌が白い。
深い深い蒼の優しい目が柔らかく笑っている。



男の名は、ミクトラン。



天上王 ミクトラン。



彼は、その厳しい肩書きとは程遠い姿で其処に居た。
姿も雰囲気も、尋ねてきた友人に会う若い男の風で、警戒も無ければ威厳も無い。






「もうじき、だな。」






「あぁ、もうじきだ。」






煙草を灰皿に押し付けて、リトラーは息をついた。
大きな溜息が、薄い唇の間から漏れる。



彼は、正直言って、地上軍に今来て欲しくはなかった。
20年振りの再会に今は浸っていたい。



出来る事ならば、戦う事無く、血を流す事無く、幕を引いてしまいたい。
それだけが、彼の切なる願いだった。






「戦うのか?」






「・・・・他に手はない。」






一縷の望みを込めて投げかけた問いには、悲しい答えが返ってきた。
その答えに、リトラーの表情が曇り、整った顔に翳が差す。
それを覆うように、ミクトランは細い体を抱きしめた。



その温もりに溺れてしまいそうな自分が、リトラーは嫌だった。
もう、敵同士でしかない彼と自分が悲しすぎて涙も出なかった。









遠く鐘が鳴る。



四時を伝える鐘の音が、地上から遥か彼方に離れた都市に響いた。






まだ日も昇らぬ時間だと言うのに、街中からどよめきが起こる。
銃声が微かに聞こえた。
数万人の鬨の声が同時に、天空のこの地に響き渡った。






「さて・・・・。」






ミクトランは腰を上げた。
纏っていた薄手のシャツを脱ぎ捨て、金星が縫い付けられた軍服に袖を通す。
マントを着け、壁の剣に彼が手を掛けようとした、その時。



彼の白い手を、リトラーが制した。
鋼のような細腕が、頑として剣に手を伸ばさせない。
リトラーの手は昔と変わらず繊細で、高い体温が手首から伝わってきた。






「ミクトラン、もう止そう。」






「歴史は止められない。」






ミクトランは笑った。
その顔は、20年前に別れた時と、何ら変わらない。



ミクトランは、手首を掴んでいた手を解き、強く握り締めた。
色の薄い、細い唇から声が漏れる。
威厳を込めた普段の声とは違う、彼本来の声。






「今まで本当に・・・・。」






激しい音と共に、ドアが開いた。
静かな時間は、突如として引き裂かれ緊張が走る。
其処には、琥珀色の目を爛々と輝かせたドレークが跪いていた。






「地上軍5万、天上都市北東部へ侵攻。陛下、至急ご出陣を。」






自分を此処へ導いたドレークを、リトラーは厳しい目で見つめていた。
ミクトランを想い、天上を想い、一命を賭けている青年が其処に居た。
立場は違えど、彼の部下にも数多くそうした青年達が居る。



その青年達が、同じ空の下で敵同士となり戦っている。
苦い思いが、胸の奥底から止め処なく起こった。






「ドレーク君、時間をくれ。
 20年前、この男を孤独に追いやってしまった事を詫びさせて欲しい。」






やりきれない思いを噛み締めながら、リトラーは訴えた。
ドレークは、目を瞑り顔を伏せ、声の震えを抑えながら言葉を続けた。



震える背中が、彼の爆発寸前の感情を示していた。
彼とて、当然辛いのだ。
リトラーやミクトランと同じように。






「なお、お二人に少しでも時間を、と少年兵有志二千を率い
 地上軍本隊へ切り込みましたルイ=クロフォード、先程戦死致しました。」






ミクトランの表情に、一瞬だけ苦悩が走った。
瞼の裏に、圧倒的兵力差を恐れず進む、勇敢な幼い兵士達の死に様が浮かんで消える。


天上軍参謀本部大佐 ルイ=クロフォード 死亡。


抑え切れず震える声で、ドレークは尚も続けた。
25歳の若い肩には、無念の思いが圧し掛かっていた。






「その後を追い、両翼から突撃を仕掛けました、第十六旅団全滅致しました。」






天上軍第十六旅団准将 クーゲル=C=トラウム 死亡。


ドレークは溢れんばかりに涙を溜めた目をミクトランに向け、さっと顔を上げた。
滲んだ視界に、戦いの中心たる二人が居る。
彼が誰より愛する人と、その人が誰よりも想っている人。






「天才カーレル=ベルセリオスが擁します地上軍五万が迫る今、
 天上防衛軍三万が陛下に差し上げられる時間は、たった十分であります。」






言い切って、ドレークは立ち上がった。
気がつけば、追いついていた背。
ミクトランの藍色の瞳と目が合って、潤んだ琥珀を隠すように、彼は瞼を下ろした。



遠くで爆音が轟いた。



ドレークは目を開き、姿勢を整えて敬礼する。
最後の別れのつもりだった。






「リトラー閣下・・・・陛下を、どうか・・・。」






二度目の爆音に合わせるように、彼は駆けて行った。
その、すっかり大きくなった背中をミクトランは見つめていた。



その後姿を自分の部下の青年達と重ね合わせ、リトラーは複雑な思いでいた。
そして、その後を追うように歩みだす。
決意を込めた一歩一歩は重かった。






「行くのか?」






「彼は手強い。私が行かなければ・・・な。」






リトラーが振り向くと、曇った表情のミクトランが居た。
まるでこれじゃ、20年前と逆じゃないか、とリトラーは笑う。



でも、違う。
置き去りにされる方は決まっている。
そして、二人が二人分傷ついていく。



リトラーは無理に笑った。






「私を殺しに来い。出来るものならな。」






20年前とは逆に、彼からそっと唇を寄せる。
触れ合って、藍色の瞳が揺れた。
互いに抱き締め合って、二度目の終の別れを惜しむ。



三度目の爆音と、上がる鬨の声。
リトラーは想いを断ち切るように、ミクトランの腕の中から離れた。
振り返らず、そのまま駆けて行く。






八万の猛者が犇めき合う、天空の戦場へ、駆けて行く。



彼は、決して泣かなかった。



戦場に、涙はいらないから。






















あとがき

序幕から暴走してしまいました。
話の構成、分かりました?(わからねぇよ)
つかこうへいの「飛竜伝」に惚れましてですね・・・
そんな感じにしたのですが、分かりますかね?(わからねぇよ其の弐)


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