言葉なんて要らないと思ったり、思わなかったりする。 「あら中将閣下。」 病院の入り口でニヤニヤ笑うアトワイトを黙殺し、面会の手続きを済ませて奥へ進む。すれ違う医師や衛生兵が立ち止まって丁寧に敬礼をしてくれるのが気恥ずかしい。まぁ、確かに、入院している部下を見舞いに来たと考えれば何でもないのだけれど・・・・。 「ご多忙でしょうにお見舞いかしら。」 「・・・少し時間が出来たんだ。」 「部屋分かりますか?」 頼んでもいないのにアトワイトは案内を買って出て前を歩き始めた。その笑みを苦々しく思いつつ、後ろを付いていく。診療室が並ぶ廊下を過ぎて、入院用の区画の待合室に入った。そこで彼女は歩を止めて私を振り返る。 「どなたに御面会ですか?」 「は?」 「ですから、どなた?」 分かりきったことを・・・・。彼女は全部分かって聞いている。さっきからニヤニヤ笑っているのが何よりの証拠だ。どうやら、この意地の悪い医者はどうしても私に彼の名を言わせたいらしい。 いや、別にそもそも何の問題もないじゃないか。何を恥じることがあろう。いつも良く働いてくれる部下が病気で入院しているから見舞いに来ただけだ。彼は怪我をすることはあっても体調を崩すことなど滅多にないから私も心配になって来てしまったのだ。他意は無い。だから何も恥じる必要はない。 「ノリス=カルナック大佐に面会したい。」 「はい、分かりました。少々お待ち下さい。」 彼女は上機嫌に笑うと、内線電話を取って何処かへ電話を掛け始めた。病棟内のナースセンターだろうか。私は別に部屋がどこか教えて貰えれば自分で行けるから放っておいて貰いたいのだが・・・。 「あ、アトワイトです。ええ、面会の。K12室の大佐。」 彼はK12の病室らしい。壁の案内板を見ると、二階の突き当たりにある将校用の個室のようだ。内科の区画にあるから、彼はそういう疾患なのだろう。さっさと入院してしまって病名も聞けていなかった。言われたのは「大したことはない」とだけ。彼はどんな病気でも「大したことはない」と言いそうだから心配だった。 「あー、うん。そう。分かりました。ご苦労様。」 電話を切って、彼女がこちらを見る。「じゃ、行きましょうか」と先を歩き始めると言うことは、つまり病室まで付いて来ると言うことだろう。一緒に居られると面倒なんだけれどな・・・。 「ノリスは何処が悪いんだ?」 「性格とかですかね?」 「・・・。」 「はいはい、すみません。怒らないで下さいよ。」 「アイツは・・・。」 「あ、ノロケが始まりそうなんで遠慮しときます。」 喋りだそうとした途端に口を挟まれてしまった。私からしてみれば、アトワイトの方がよっぽど入院を要するぐらいに性格が悪いと思うのだけれど・・・。 「軽く肺炎起こしてたんですよ。」 「肺炎?」 「ええ。薬飲んでちょっと休んでれば良いくらいの。」 「なら入院することはないんじゃないのか?」 「中将も大佐も、自室で療養とか出来ないでしょう?」 呆れ顔で指摘され、納得する。確かに。彼はムラッけがあるものの基本的に仕事が好きだし、私も何もせずに部屋で寝ているなんてことは出来ない。多少身体が辛くて能率が落ちる分、休憩を入れつつ仕事の時間を増やして、とか考えてしまうタイプだ。 「と、言う訳で心配要りませんよ。」 珍しく彼が身体を壊したから心配していたのだけれど、大した事が無いようで良かった。安心が顔に出たのか、アトワイトがまたニヤニヤと笑う。彼女が居るとノリスと対面しても寛げない気がする。いや、まぁ、二人きりになって寛ぎすぎてしまうのも問題なのだけれど。 「こちらです。」 部屋の前まで来ると彼女はドアを開け、私に入るように促す。彼女は部屋の中までは入ってこなかったが表に残っているらしい。・・・居心地が悪いことに変わりはないな。あのニヤニヤした笑顔で聞き耳を立てている姿が容易に想像できる。そんなに暇でもないだろうに。 ベッドの脇の椅子に腰掛けて、寝顔を眺める。彼はすやすやと良く寝ていたが、たまに肺炎独特の乾いた咳が混じる。顔色は悪くない。普段の方が不摂生と生活リズムの乱れのせいで不健康だったかも知れない。大したことはないと聞いてはいたものの、本人の様子を見て改めて安心した。 「もっとちゃんと説明して欲しいものなんだけれどな。」 彼は私が心配性なのを良く知っているだろうに、たまに言葉が足らなくて心配させられる。勿論、言葉にしなくても分かり合えることだって多いのだけれど、もう少し私が心配しないかと心配してくれても良いと思うのだけれど、それは高望みなのだろうか。 しかし、何を言われたら心配しないかと考えると良いのが思い浮かばない。「心配するな」と言われたら心配だ。心配性な私に少し呆れながら、でも気を遣って珍しく優しい感じに言われたりしたら多分余計に心配してしまうに違いない。「軽い肺炎だから」と詳しく説明されても、本当だろうかと疑ってしまいそうだし。 「・・・・・・参ったなぁ。」 私はもしかして、とても面倒臭い奴なんじゃないだろうか? すやすや眠る彼の頬に軽く触れながら溜息を吐く。そして、何となく彼の白い頬を軽く抓った。彼は皮膚が伸びる方で、特に頬は良く伸びた。多分彼の頬を抓ったり出来るのは私ぐらいだろう。つい、表情が緩む。 「ん?」 背後で音がして振り向いた。多分、表にいた彼女が席を立ったのだろう。コンクリートの叩きの床に靴音が響き、だんだん遠のいて消えていった。多分煙草を吸いに行ったのだろう。彼女のニコチン中毒は素人目に見ても心配なレベルで、一日の煙草の消費量は50本を越えるとも聞く。 「そろそろ起きても良いか?」 手元から声がして、驚いて手を放した。抓られた左頬をさすりながら彼が身体を起こす。どう見ても、今この瞬間に起きたようには見えない、と言うことはつまり、幾らか前から目を覚ましていたと言う訳で。頭が散らかってしまって言葉が上手く出てこない。 「え、いつから起きて・・・。」 「足音が近付いてきて起きた。」 「だったら起きていれば良かっただろう。」 「あの女がめんどくせーから。」 彼は続けて何かアトワイトの悪口を言っていたようだったが、それは耳には入らなかった。私としては、彼が最初から起きていて私がブツブツ言っていたことを聞いていたということの方が重要だった。耳が熱い。 「何照れてんだよ。」 「いや、だって、お前全部聞いて。」 「ん?ああ、そっちか。」 「・・・・・。」 「お前はホントに心配性だな。」 想像した通りの、ちょっと呆れた感じの優しい笑顔。ちょっと熱があるからか普段よりも少し緩んだ感じで、何だか凄くサービスされているような気分になってしまう。あ、いかん、ダメだ。このままでは恥ずかしくて倒れる。 「あ、その、かっ、帰る。」 「待てよ。」 席を立とうとしたら素早く手首を捕まえられて逃げそこなった。手の動脈から鼓動が伝わってしまわないかと、逃げ損ねたことよりもそちらの方が心配になる。どうしてこうも、彼の一挙一動に慌ててしまうのだろう。 「見舞いに来たんだろ?」 「・・・・ああ。」 「なら、暫くいろよ。」 「・・・・・・・ん。」 やっぱりまだ体調が万全でないからか、今日の彼は少し甘えた感じで可愛いような気がする。と言うのはノーと言えなかったことへの言い訳かもしれないのだけれど、でも何となく雰囲気が違う。 促されるまま席に戻って、でも彼はまだ手首を掴んでいる。そう言えば彼の手はいつもより心なしか熱いかもしれない。やっぱり、まだ熱があるんだろうな。軽いとは言っても肺炎なのだし。 「早く治せよ。」 「俺がいなくて寂しいか?」 「・・・・・まぁ。」 「少しは否定しろよ。」 「嘘は嫌いだ。」 「そうだったな。」 彼が私の手を自分の顔まで導いた。掌が頬に触れる。 「あの女が戻ってくるまで。」 「ああ。」 私としては、もう彼女が戻ってこようが関係ない気持ちなのだけれど。こうやって彼を甘やかしてやれる機会なんて多分この先も滅多にないだろうから、思う存分優しくしたいんだ。 満足そうな視線を私に向けて、それから彼は眠ろうと瞼を下ろした。ちゃんとここにいるから、安心して眠って欲しいと思った。言葉に出さなくても、触れ合っている掌から彼を大事に思う気持ちが伝わって行っている気がした。 そうだ、良い考えがある。 彼女が戻ってきたら、さっきの仕返しに音を上げるくらいに惚気てやろう。 あとがき 五周年記念のフリーリクエストで「拍手にあるようなほのぼのとしたノリディムを読みたいです!」と頂きましたので、書かせて頂きました。リクエストが13日の昼間で、書き上がりが15日の0時。やる気に溢れ過ぎですね、はい。リクエストありがとうございました。 ノリスの狸寝入りってネタは昔一回使っているんですが、今ならもう少し上手く使えるかなと思って再チャレンジ。どうだろうな? 頭がとっ散らかったディムロスが結構好きです。 BACK |