消えるあの場所、消せない記憶




鈍色の雲の下。
その日は、雪も無く乾いた風が吹いていた。


砂漠。
言い表すならそれが一番近いだろう。
その中心に、二人の人影が立っていた。












「酷い・・・・・。」






ピエール=ド=シャルティエは呟いた。
それは、見渡す限りの原野。
表面の大地は剥ぎ取られ、黒い土を晒している。
それはまるで、重度の火傷を負った肌のようだった。


その土は乾き切り、風が吹けば飛んでいく。
振り向いて、後ろを見た。
何も無い地面に、足跡だけが点々と続いている。






「此処には、町があったんだ。」






メルクリウス=リトラーは、静かに言った。
跪き、足元の土を掬って優しく吹いた。
土に混じって、キラキラと金属の欠片が飛んでいく。
その金属片が、其処に生きていた人々の名残を示しているようだった。


その町は、二十年前に地図から消えた。
消えた・・・いや、消されたと言った方が正しい。
あの、悪魔の兵器・・・ベルクラントによって。


場所は、大陸の南方に位置する地上領の、さらに南方面。
戦略的意味は、無いと言って良い。
それが、何故消されたのか。
その理由として思い当たるのは、ただ一つ。






「何故なんです?」






尋ねるシャルティエに、リトラーは答えあぐねる。
その理由は、推測の域を出ない上にあまりに個人的だった。


町の名は、クエラゾナ。
地方の小都市でしかないこの町は、この二十年間で知名度が急上昇した。
知られるようになった理由は、二つ思い浮かぶ。


一つは、ベルクラントにより破壊された最初の都市である事。
二十年前、開戦の直後に避難勧告が出され、一週間後に攻撃された。
それは破壊の域を超え、消滅と言っても良いほどの惨状だったと言う。
事実、そのままの姿で今日まで残っているのだ。






「・・・・思い出を消したかったんじゃないかな。」






理由の二つ目は、この時代において著名な二人の出身地であること。
一人は、今の地上軍総司令官。
もう一人は、その敵である天上王。
20年前のあの日、袂を分かち戦い続けている二人は、此処で十代を共に過ごしたのだ。


リトラーは、一葉の写真を取り出した。
古くなってボロボロの写真を、シャルティエは覗き込む。


高校の卒業写真らしかった。
高校名は、クラエゾナ市立第三高校。
写真には卒業生が二人、隣り合って写っている。
シャルティエには、誰だかすぐに分かった。
彼が初めて会った時は、少なくとも写真より十年は年経ていたが。


不機嫌そうにカメラを睨んでいる吊り目の青年が、後の天上王ミクトラン。
その隣で、今と同じ優しい微笑を浮かべているのがリトラーだった。




















































高三の夏だった。
北部内戦の中、平和な南部に彼らは暮らしていた。



「大学決めた?」



リトラーが満面の笑顔で問う。
輝くようなその笑みが、リトラーは苦手だった。
どうも、直視できなくなってしまう。


そう言う訳で、ミクトランは顔を背けた。
ちょっと長めの金髪がふわりと舞って、リトラーの鼻先に当たる。



「決めてないのか?大学行くんだろ?」



ミクトランは答えない。
彼なりに、決めている進路はあった。
だが、その理由が恥かしくて口に出せないのだ。


背けた顔を追って、リトラーは反対側に回る。
机に突っ伏しているミクトランを覗き込むようにして、ご機嫌を伺う。



「私は、士官学校にする。」



リトラーの進路は、正義感と真面目さの塊らしく明確だった。
北部内戦の報を聞く度に表情を曇らせていたのを、ミクトランも憶えている。


実は、リトラーの進路をミクトランは既に知っていた。
リトラーが士官学校に行って、軍に入る。
そう聞いたから、ミクトランは迷わず自分もそうすることにした。
しかし、いざ聞かれるともっともらしい理由が無い。


だから彼は、どうしようかと思案しているのだ。
「お前が行くから」なんて事を言う勇気があるはずも無い。
そんな勇気があれば、もうとっくに色々な気持ちをリトラーに伝えているだろう。



「願書、二つあるんだけど。」



何を言いたいのか、リトラーはなお微笑んでいる。
ミクトランとしてみれば、さっさと離れて欲しいところだ。
このままだと、墓穴を掘りかねないと、頭の言い彼は分かっている。


リトラーは大判の封筒を一つ差し出した。
何だか分からず、ミクトランはリトラーを見上げる。
覗き込むようにしていた顔が間近にあって、ミクトランは狼狽した。
それも気にしない様子で、リトラーは強引に封筒を受け取らせる。



「士官学校行こう。」



ミクトランは驚いた。
冷静な彼の表情にも、微かに出てしまうぐらいに。
まさか、誘われているのだとは思わなかった。
暫く、呆気に取られてリトラーのエメラルドグリーンの瞳を見詰めていた。


どうしたのかと、リトラーも心配そうにミクトランを見ている。
そして、遠慮がちに口を開いた。



「嫌、か?」



「嫌じゃない。」



反射的に本音が出た。
そして、気恥かしさに微かに赤くなって俯いた。
言い具合に鈍感なリトラーはそれに気がつかず、安心したように笑った。


慌てたような咳払いを一つ。
ミクトランは、気持ちを立て直して口を開く。



「お前が来いと言うなら、行かないでもない。」



素直に喜べない自分が哀れでもあり、もどかしくもあり。
ミクトランは仏頂面を作って、嬉しそうに笑うリトラーを見た。


そして、封筒に目を落とし思案顔になる。
ふと、ミクトランの手がリトラーに伸びる。
ピアニストのような指の長い手が、そっとリトラーの腕を撫でた。



「うわわわっ。」



驚いて飛び退くリトラーを見て、何故か赤くなるミクトラン。
いけないと思いつつも、年頃の所為かすぐそう言う方に頭が行く。


再び、咳払いを一つ。
真面目な顔になってリトラーを見た。
何だか此処最近は、リトラーの一挙一動に振り回される。



「その身体で軍人がやれるのか?」



リトラーの細い身体を指差しながら、頬杖を突いて呆れたように言う。
馬鹿にされたのが気に障ったのか、リトラーは眉を顰めた。



「あっ、いや、これは着痩せしてるだけで、ほら。」



ミクトランの手を、リトラーが掴んで腹の辺りへ導く。
思わずどきりとして、ミクトランは慌てたがリトラーは腹筋を触らせたいらしい。
確かに、そこそこの筋肉はついていた。
実際スポーツも良く出来たし、身体も弱くは無い。
しかし、触ってみると何故だか柔らかで心を煽る。



「分かった分かった。」



もう十分だと、ミクトランはリトラーを強引に押し返す。
このままだと、自分が如何にかなりそうで危なかった。
渋々といった様子で、リトラーは引き下がる。



「まぁ、いざとなったらミクトランが居るし。」



「同じ所にいるとは限らないだろう。」



ミクトランはリトラーの言葉を内心嬉しく思いつつ、苦笑で受け止めた。
リトラーは澄ました顔で、言葉を続ける。



「私が呼んだら、いつでも来てくれるんだろ?」



優しげな彼の容貌に良く似合った、柔らかな微笑み。
その笑みで、鼻先が触れるほどの距離。
見詰められて、ミクトランはまた気恥かしくて顔を背ける。


そして、ちょっと不機嫌な声を作って問いに答えた。
精一杯、彼なりに。



「手遅れになる前に呼べよ。」



その照れ具合が可笑しくて、リトラーはミクトランの肩を叩く。
そして、苦笑するミクトランを尻目に声を上げて笑った。


煮え切らない日々がまた続くんだな、と思いつつ。
ミクトランは溜息一つ。






しかし、溜息は

楽しげなリトラーの笑い声に

かき消されてしまっていたのだった。





夕日の差す教室に

二人の話し声だけが

ずっと、響き続けていた。












































「何で僕を、連れてきたんですか?」






追憶から、シャルティエの声がリトラーを呼び覚ます。
随分昔の話だが、鮮明に記憶に残っている。
この場所が消えてしまっても、未だなお。


振り向いて、シャルティエに微笑みかける。
古びた写真をポケットにしまって、リトラーは呟いた。






「辛いんだよ。」






その単語をリトラーの口から、シャルティエは初めて聞いた。
彼のイメージでは、弱音を吐くのは彼に似合わない。


そして、リトラーは再び遠くを見て、空を見上げる。
厚い雲がかかって、上は見えない。
雲の上にあるであろう、彼の大切な人のいる場所は見えない。


その悲痛な声も、雲に阻まれて空には届かないのだろう。
空の上にいる、彼の大切な人の所には。






「皆、あの男を悪魔のように思っている。」






シャルティエは合点が行った。
唯一、彼の秘めている思いを共有できる相手が、自分であると。
そして、そうしてでもやらねばならない彼を哀れんだ。


シャルティエの出会ったミクトランは、ある一面では悪魔だった。
全ての破滅を望んでいるかのような、絶望的な表情を一瞬だけ微かに見せる。
その理由が、目の前の人であると今になって分かる。


いっそ、憎み合えたら楽なのだろう。
愛してなお、殺し合わなければならない。
その苦しみは、きっと天地の誰にも分からない。






「だから・・・この場所へ?」






リトラーは頷いて、目を伏せた。
その立ち姿が、妙に寂しげで頼りない。


戦っていくための気力を得るために。
そのために、敵である者との思い出の場所に来る。


酷い矛盾にも思える。
だが、その気持ちがシャルティエには分からないでもなかった。
















































夕方の四時を回った頃、彼らは帰路についた。
何処に行っていたのか訊かれても、シャルティエは答えなかった。


きっと、リトラーはまたあの場所へ行くのだろう。
あそこに、焼け野原が広がり続ける限り。
あそこに、思い出の痕がある限り。


ふと、シャルティエは思い出した。
昔、ミクトランが天上からじっと下を眺めていることがあったと。


いつもいつも、南の方を向いてミクトランは物思いに耽っていた。
何があるのかと尋ねても、決して答えてはくれなかった。











困った人達だと、シャルティエは呆れながら笑った。




そして一筋、銀の雫を零す。



決して、涙を流さない
あの、二人の代わりに。



























































あとがき

精神クリーン完了。(笑)
高校時代からリトラーにメロメロなミクトランでした。(汗)
リトラーは鈍いので、抱かれるまで彼の想いに気がつきません。
脇シャルティエの便利さに感動を覚えた今日この頃。


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