僕は厭わない。
何であろうと、僕は躊躇わない。
子供、老人、女性・・・誰であっても斬る。
そうするように、心がけているという事じゃない。
それが、僕にとっての当たり前になってしまっていたから。
「大方、済みましたね。」
彼の言うのに、えぇ、と頷いた。 静けさが戻った町並みを、僕達は歩いている。 所々には血の跡が残り、弾痕と刀傷が至る所に爪痕を刻んでいた。
恐ろしいほどに静かだった。 敵味方の死傷者はもう運ばれて、住民の殆んどは家を残して避難してしまっている。 だから、こうして見回っている軍人達の他は、無人と言っても間違いではない。
北の方では、まだ銃声が鳴っている。 撤退した筈の敵の残党が、抵抗を続けているのだろう。 それが、遥か彼方に聞こえる程に、ここは静かだった。
「向こうは・・・ディムロス中将の方ですね。」
「あぁ、彼は何処に行っても敵の目の仇だからね。」
ちょっと困ったように、彼は笑う。 戦闘中の厳しい表情が嘘のように、それは優しげで暖かい表情。 保育園で、子供相手にオルガンを弾いてる方がずっと似合いそうに見える。 そう思った途端、つい、その様子を想像してしまい僕は失笑してしまった。
「シャルティエ?」
怪訝な顔で、僕を見る。 そう、丁度その顔。 子供が駄々でも捏ねて困った時は、多分その顔をするんだ。
僕は、風景の陰鬱さを忘れるかのように笑った。 不思議なもので、彼の前なら辛い時でも苦しい時でも笑える。 それは、心配を懸けたくないと言う思いが半分。 もう半分は、単純に彼と居ると安心できて、楽しい気持ちになれるから。 訝しげな彼の視線に、僕は目だけで微笑んで口を押さえた。
口を押さえた瞬間、酷い咳が出た。 何度も洗った筈の手には、滲み込んだ血の匂い。 僕の肺は、その匂いを追い出すかのように咳を続けた。
「どうした?」
膝を突いて突っ伏した僕を、慌てて彼は抱き起こす。 彼の白くて綺麗な手が、僕の頬に触れた。 彼の手からは、僕のような血の匂いは、全くしない。 軍の大幹部となった今でも、彼は自分で剣を振るうというのに。
彼は、深刻そうな顔で僕を見る。 その顔をさせるのは、僕は嫌だった。 さっきの、困ったような笑顔が良い。 そうじゃないと、彼が遠く離れてしまいそうだから。
「大丈夫ですよ。」
無理に笑って、体を起こす。 視界は、微かに滲んでいた。
何故、僕の手はこんな血の香に好かれているのだろう。 理由は、殺した数でもない、戦いに身を置いた時間の長さでもない。 どちらだって、こんなに優しげな人の方が僕よりも上だ。
勿論、直接人を斬った数ならディムロス中将の方が多いだろう。 戦場に身を置いた長さならクレメンテ翁が長い。 だから、僕からこんなに血の匂いがする理由は、一つしかない。
「大丈夫ですって。」
心配そうにする彼に、今度はちゃんと笑いかけた。 いつの間にか、僕が困ったように笑っている。 まだ、少し心配そうにしているけれど、彼は頷いてくれた。
僕は、少しほっとしてまた笑う。 その時、彼は何故か驚いた顔をしていた。
警戒の混じった、少し険しい表情。
「少将?」
僕が訊こうとすると、彼は人差し指を唇に当てた。 何かに、耳を澄ましているらしいと、僕にもすぐに分かった。
衣擦れの音が、裏路地からする。 此れだけの静けさだから、そんな音さえも簡単に耳に入った。 音を聞き逃さないように、足音も抑えて彼は音の元へ向かった。 僕も、その後を早足で追いかける。
伏兵か、逃げ遅れた市民か。 どちらにしても、それを確認する義務がある。 市民ならば保護するし、伏兵なら捕縛する。 どちらか分からないから、当然警戒はしていた。
大通りから脇道に逸れて、裏路地に入る。 未だ衣擦れの音はして、それは湿っぽい闇の向こうからだった。
「誰か居るのか?」
暗い裏路地に向けて、彼が尋ねた。 闇の奥からの返事は、無い。 代わりに、駆けてくる小さな足音が近づいてくる。
ほんの一瞬、彼は身構えた。 しかし、闇から出てきた人影を見た途端にそんな気は失せたらしい。
「大丈夫かい?」
彼は腰をかがめて、裏路地から出てきた少年に尋ねる。 十才にも満たない様子の少年は、硬い表情で少将の姿を見ていた。 少年は丈の長いコートを着込み、手先も見えなければ足元も殆んど隠されて見えない。 しかし、怪我をしている様子はなかった。
硬い表情と、同じくらいの硬い動作で少年は彼に近づいた。 多分、人を見つけて安心したのだろう。 彼の表情は、優しげな笑顔で少年を包み込むようだった。
「もう、大丈夫だから。」
彼が少年をそっと抱き締める。 それは、僕が彼に初めて出会った時と似ていた。 その瞬間に、金属がぶつかるような音がした気がした。
一発の銃声が路地に響く。
それと同時に、吹き出る鮮血。
しかし、それは銃口が向けられた者の血ではなく、銃声の主の血だった。
少年は、長い袖で隠された拳銃を撃つ前に、宙を舞っていた。 彗星の尾のように、鮮血を舞い散らせながら。 持ち主に手放された小さな銃は、高い金属音と共に地面に落ちた。
彼は、少年を抱き締めた姿のままで硬直し、目の前の惨劇を見ていた。 少年の小さな身体が、壁に叩き付けられて赤い印章を残す。 そして、冷たい路面に伏したまま、動かなくなってしまった。
「お怪我は?」
僕は、剣の血を拭いながら尋ねた。 沈んだ表情で、彼は首を横に振る。
彼は、裏切られた。 少年にも、僕にも。 少年が自分を殺そうとするなど思わなかっただろう。 僕が、少年を殺すだなんて思わなかっただろう。
でも、僕は少年を迷わず斬った。 僕はそれを厭わなかった。 理由は簡単な事。 その理由は、僕の手から血の匂いがする理由と等しい。
まだ、発展途上の身体に血を浴びてきたから。 普通なら純粋な筈の幼い頃の記憶まで、僕のは血に塗られている。 僕は、心の中まで血まみれなんだ。
「あの少年は・・・・僕です。」
立ち尽くして呟いた。 呟いて、自分の血が凍っていく感覚に襲われた。 このまま自分が、ただの殺人機械になってしまう気がした。
「君は・・・?」
掠れ声で彼は聞いた。 尋ねた後、彼は顔を上げて僕を見る。 そして、もう一度繰り返した。
「君は・・・無事か?」
「・・・・・・・・・。」
言葉が出なかった。 どうにか、うろたえつつも頷くと、彼は安心したように笑った。 それは、僕の大好きな困ったような笑顔。
そして、彼はゆっくりと僕の頬に手を伸ばした。 彼は制服の袖で、僕の頬を拭う。
「・・・・あっ・・・・。」
彼が拭っていたのは、頬についた返り血。 撫でるように、何度も何度も僕の頬を擦る。 手の暖かさが、布を通して伝わってきた。
「僕・・・・。」
涙が出てきた。 彼は、僕の肩を抱いて、なおも僕の頬を拭い続けている。 あの、笑顔のままで。
僕が浴びた返り血を。
僕の涙を。
僕の、血まみれな心を。
あとがき シャルティエ減少宣言に待ったがかかったので、書きました。 イクティノスが、優しいお兄さんっぽいのが気に入りませんね。 もっと、したたかで扱いにくい年増女みたいであって欲しい。 って、これは受けのときの話。 シャルティエは、個人的には好きですけどね、何か書き難いんですよねぇ・・・ と言いつつ、結構さっさと此れが書き上がってびっくり。 建国一年四ヶ月にして開眼したか、マコ?(知らん)
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