交感捕虜

明け方の静かな街。
彼は一人、それを見下ろしていた。
高台の地上軍陣地から。
薄く積もった雪が、町並みを淡く化粧して美しい。
街は、静けさに包まれていた。


周囲の戦火など、知らないかのように。
それはもう、静かに平和に。



「中将、天上側から入電です。」



伝令の将校が一人、白い息を吐きながら駆けてくる。
真新しい胸の一ッ星が、微かな陽光にキラキラと輝いていた。
その手には、打電された一枚のテープ。


そう、彼はそれを待っていたのだ。
昨日の夜中から、一睡もせずに。
彼はそれを受け取ると、笑顔で部下を労い、視線をテープへ落とす。
無機質に刻まれた黒点の上を、大きな瞳が走っていく。
流れるような速さで読み終わった彼は、顔を挙げた。


目の前にはまだ、緊張の面持ちで敬礼した部下が立っている。
折り目正しい直立不動の姿勢で。



「皆を集めるように。至急です。」



笑顔で命じると、伝令の将校は駆けていった。
暫くそれを見送った後、彼は再び街へ目を落とす。
目覚めだした街の音が、微かに耳に響いていた。






































五時間後。
彼は、天上都市に居た。






































ドアをノックする音がした。



机で本を読んでいた彼は、ドアに目をやる。
音に合わせ、樹脂製の扉が軽く揺れていた。


暫く、彼は様子を見た。
天上に尋ねてくる客は居ない筈だし、そうでないならあまり会いたくない客だ。
尋問やら取調べはなどされては、理に適わない。


なお、ノックは鳴り止まない。
なかなかしつこい客らしい。
このまま鳴らさせ続けていると、読書の邪魔にもなる。
反応した時と、無視した時の損得を勘定して彼は返事をすることにした。



「どなたです?」



ノックの主は、返事をしない。
困ったものだと思いつつ、ドアに歩み寄る。
無論、まだ開けてやるつもりは無い。


ドアの先には、もう一つ部屋がある。
スイートルームのような作りと言えば良いのだろうか。
つまり相手は、其処に居るのである。



「御用ですか?」



カーレルは、ドアに背を掛けながら尋ねた。
ノックするくせに応えない相手に、少し興味が出たらしい。



「どなたです?」



名乗らないだろうとは思ったが、やはり反応が無い。
だから、カーレルは深く追求しなかった。
代わりに、他の質問をした。



「天上軍の方ですか?」



扉越しに、相手は短く返事をした。
綺麗な良く通る声で「そうだ」と。


カーレルは、案外相手の声が若々しいのに驚いた。
捕虜に話しかけられるということは、結構な地位の者に違いない。
少し、また興味が増した。



「交換捕虜らしいな。」



今度は、相手が尋ねた。
カーレルは、明るい声で「ええ」と答えた。


交換捕虜。
今日の明け方に結ばれた停戦協定で、カーレルはそうなった。
つまり、お互いの軍が撤退する保障に捕虜を交換すると言うこと。
天上からは、直属部隊の師団長が捕虜になったらしい。



「まぁ、たまにはこんなのも良いでしょう。」



事実、仕事は休めるし、たまにはゆっくり過ごすのも悪くはない。
言い終わってから、カーレルは声を出して笑った。


釣り込まれるように、ドア越しに相手も笑う。
笑い声に品があって、何だか気持ちが良い。
今まで敵としか認識していなかった天上軍人と、今は笑い合っている。
可笑しな因果だと、彼は思った。



「なか、入りませんか?」



カーレルは、そう持ちかけた。
いつもは顔もろくに見ないで斬り合うばかりの天上人と話してみたくなったのだ。


突然、部屋の明かりが消えた。
部屋は真っ暗になり、カーレルは急なことに驚く。
そのうちに、ドアが開く。
どうやら、相手は顔を見せたくないらしい。



「これでも構わないかな?」



困った相手だ、とカーレルは軽く笑みを浮かべる。
苦笑と呆れと興味の参った笑みを。
そして、「どうぞ」と短く答えて客人を受け入れた。


相手は、勧められるままに椅子に掛ける。
カーレルも向かい合って、前に立った。



「その歳で中将とは、大した者だな。」



どうやら、相手は結構彼について知っているらしい。
別にそれを訝しむ事を、カーレルはしなかった。
「良くご存知ですね」と、笑って答える。


そして、彼は言葉を続けた。
軽やかに、地上の仲間に話すのと変わらない様子で。



「親の七光り・・・ってのですかね。」



「七光り?」



相手はカーレルの謙遜が可笑しかったらしい。
クスクスと、ちょっと抑えた笑い声を上げた。


なかなかひねくれ者が相手らしいと、カーレルはその時になって思った。
彼の記憶では、笑い方に癖がある人間に簡単な人間は居ない。
手強いな。と思って話題を変える。



「地上にお知り合いは?」



その質問に、一瞬沈黙が流れた。
何かと思ったが、カーレルは暫く様子を見る。



「一人。」



一人、と 言うのも珍しいと思った。
親戚が居るとか、家族が居るとかかと思ったが、そうではないらしい。


少し気になって、追求して尋ねた。
あまりしつこくならないように、ちょっと気を遣いながら。



「お名前は?」



「・・・・・・。」



さっきとは違った沈黙。
言うべきか迷っているような、そんな沈黙。


暫くして、相手は口を開いた。
綺麗な発音の、響きの良い共通語。
その口から出た名前は・・・・・。



「君の育ての親だよ。」



カーレルは黙った。
聞かなければ良かったと思った。
ますます、天上と戦いにくくなってしまう。


闇の奥の相手も、沈黙の中に沈んでいる。
むしろ、それを楽しんでいる雰囲気すらある。



「知ってたのか・・・。」



呟いて、カーレルは頭を掻いた。
そして、乱れ髪を手櫛で梳き上げる。
言葉には、感嘆と苦笑が混じっている。



「少し、意地が悪かったかな。」



暗闇の向こうで、また相手が癖のある笑いを零す。
不思議と、嫌な気がしない。
嫌な気がしないから、逆にやりにくいのだが。


しかし、と言って相手は言葉を続けた。
軽めの溜息が、一つ間に挟まる。



「私も同じだがね。あいつの養い子相手じゃやり難い。」



「あいつ・・・か。」



その表現が何となく可笑しかった。
カーレルは溜息混じりに、また笑った。
何だか今日は随分良く笑う日だと思った。


微かに、空気が動いた。
相手が動いたらしいと、カーレルにも分かった。
しかし・・・・。



「んっ・・・・。」



顎を掬われ、唇に柔らかな感触。
キスされたのだと分かる時には、もう相手は離れていた。
驚いて、カーレルは自分の唇に触れる。



「なっ・・・ええっ?」



ガラにもなく、驚きの声を挙げてしまった。
なお、彼の肩は細い指に掴まれている。


そして、次は少し強引に抱き締められた。
何も出来ないまま、カーレルはされるがままになる。
埋められた胸の中は、リトラーと同じ匂いがした。



「君は・・・昔のあいつと同じ匂いがする。抱いた感じも・・・。」



しみじみと言われて、つい抵抗もできなくなる。
その天上軍人の細い腕の抱擁は温かく、何故か落ち着けた。
相手の規則正しい心音が、柔らかに響いてくる。


もう一度、キスされた。
少しだけ深い、大人のキス。
寂しさを振り払うようなその仕草が、カーレルの意思を掴んで放さなかった。



「寂しいんですか?」



何と言うことはない。
ただ、そんな気がしたからカーレルは聞いた。


相手は、困ったように笑った。
そして、再びカーレルを抱きしめる。
そっと包むように。



「少しだけ。」



そう言って、少し寂しげに笑う。
途端に頼りなげになった雰囲気を感じとって、カーレルは抱き返した。



「慰めて・・・あげましょうか?」



カーレルは、自分より少し背の高い相手を見上げた。
顔は、暗くて薄ぼんやりとしか見えない。
ただ、その大きな瞳が悲しげに光っているのだけが分かった。


唇を寄せ、今度は自分から重ねる。
この男に共感するものがあったのか、それとも別の理由か。
分からないまま、カーレルは自分からキスをする。


唇が触れかけて、相手の男はカーレルを引き離す。
突然のことで、カーレルは驚いた。
そして、目の前に居るであろう人影を見詰める。



「あいつの子は・・・・抱けない。」



自嘲するかのように、笑った。
凄く、寂しげに悲しげに。












そして、彼は去っていった。
暗闇の部屋にカーレルを残して。


暗闇の部屋に、「すまなかった」と一言だけを残して。

















すまなかったどころじゃないよ。


また・・・・・
天上を憎めなくなってしまうじゃないか。




カーレルは、苦笑しつつ。
暗闇の中に溶けていった。








静寂の中。
降り積もる雪の音だけが、耳の奥で響いていた。








































あとがき

カーレルとミクトランの接触パターンを、10通りは考えました。
考えて選んでこれかって、突っ込まれたら終わりですが・・・。
じつは、このお話には視点2が存在しています。
そのことに関しては、また次回。





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