彼は、家が無い。
家族も居ない。
故郷も無い。
全て、あの日の光の中に消えた。
彼が育った町は、クエラゾナと言った。
大陸南部の小さな都市で、大した産業も無く、軍事要所でもない。
それなのに、それなのに、その町は一夜にして消えた。
残ったのは、抉られた大地だけ。
彼は、一瞬にして全てを失った。
七つの幼子は、その瞬間に戦乱の時代に独りぼっちになった。
施設は、劣悪だった。
溢れる戦災孤児は、皆一様に死んだ目をしていた。
淀んだ、鮮度の下がった魚の目。
彼は終生それを忘れない。
そうなったら、自分も終わりだと思っていた。
生きるのに必死で、食べ物を奪い合い、包まる毛布を奪い合い。
心の安らぐ間は、無かった。
学校に行った。
福祉の名の下に、学校へ行かされた。
彼にとっては、それは何の意味も無いことだった。
攻撃的な目をしていた。
近づく物を跳ね返すような目、刺すような視線。
戦乱で荒んだ人の心は、それを許さなかった。
降り注ぐ暴力が、彼を押さえつける。
彼は歯向かった。
全ての事に。
彼には全てか理不尽だった。
16の春まで、そうやって生きてきた。
殴られて、殴り返して、そうやって前に進んできた。
もう、心身ともにズタズタだった。
16歳の春、ナイフで刺された。
大粒の雪が舞い落ちる、学校の屋上での事だった。
止まない雪が、体温を刻一刻と奪っていった。
流れ出る血が、積もった雪を真紅に染めた。
人の気配に、顔を上げた。
霞んだ目に、長い青の髪が映った。
「大丈夫か?」
その男は尋ねた。
伸ばされた手を払って、彼は男を睨みつけた。
自分を見詰める澄んだ蒼い瞳が、理由も無く憎らしかった。
自分に構うな、そう彼は言った。
男は、聞こうともせずに彼を背負って歩きだした。
何のつもりだ、と聞いた。
「手当てする。」
怪我人が騒ぐな、と少し迷惑そうに男は答えた。
男の背中は広くて、温かかった。
気がつけば、彼は深い眠りの中にいた。
目が覚めて、ベッドの上だった。
男は、静かに枕元で眠っていた。
身体は綺麗に拭かれていて、傷には包帯が巻かれていた。
「おはよう。」
目が覚めた男は、彼に笑いかけた。
自分勝手に彼を運び込んで、自分勝手に手当てした男。
彼には何だか、その身勝手な親切が凄く新鮮で、不思議だった。
男は、今まで彼が会ったことのない種類の生き物だった。
ディムロス=ティンバー、と男は名乗った。
「名前は?」
それから、男はそう尋ねた。
裏表無い、その笑みは彼に反抗の余地を与えなかった。
初めて、名前を聞かれた気がした。
彼に残っていた、唯一つの物。
ノリス=カルナック。
彼はそう答えて、目を逸らした。
多分それは、男の笑顔が少々眩しすぎたから。
あとがき
これは下準備。 これに続いて、以前裏パス請求のメールの中でアイデアを頂いた作品を書きます。 もう勝手に書かせていただきます、誰も望まないかもしれないノリディム小説。 アイデアを下さった方には、後日お礼をさせて頂く予定でございます。
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