九死に一生、或いはコウノトリの歌
砲撃の轟音。 爆風と鉄の雨で空も良く見えない。今出来るのは、塹壕の底に這いつくばって砲撃が終わるのを待つだけ。 一応、伏せてれば安全ってことになってる。死ぬ奴の大多数は壕の外で砲撃に当たったり、銃弾に当たったり、剣で刺されたりが理由だから、塹壕に砲弾が飛び込むみたいな僅かな確率は無視して塹壕の中は安全だってことにしている。 でもまぁ、結構な量を撃ってる以上、確率はそれなりにある訳で。多分その日の俺は抜群に不運だったんだと思う。身体が一瞬軽くなったのだけ分かって、後は良く分からない。 「ハロルド、しっかりして!ハロルド!!」 遠くで声が聞こえて、目を開けた。誰かが俺の手を握って、必死な顔をしていた。見慣れない女だった。 こんなに綺麗な人を俺は知らない。 目が覚めたら、そこは土で出来た塹壕の中ではなくて、小奇麗に片付いた部屋のベッドだった。所々擦りむいてはいたが身体に目立った異常はなかった。多分、俺がいた壕は直撃だっただろうに。 一瞬、自分は死んだのかなとも思った。でも死んでいるにしては普通すぎた。いや、死んだことないから分からないけど。 「起きたの?」 アトワイトだった。ベッドから少し離れたソファーに座っている。所々シミが落ちきっていない白衣の裾をいじっていて、こっちには目を向けなかった。 「ああ。」 「無事で良かったじゃない。」 「・・・ああ。」 アトワイトの興味は糸が解れて取れそうな白衣のボタンに移ったらしい。触ると良くないのは分かっていても触ってしまう。人間は因果な生き物だ。普段考えないようなことを考えるのは意識が戻って間がないからだな。 「あんたのトコ、六人戦死。」 「他は?」 「いると思う?」 周りにいた兵士の顔を思い浮かべる。あれが皆バラバラかと思うと良い気持ちはしない。ただ、いちいち泣いたりもしていられない。部下や仲間を失うことには慣れつつある。 「どんな感じだった?」 「どんなって?」 「爆発したんでしょ?」 「多分。」 生憎、何も覚えていなかった。多分まともに見たり聞いたりしていなかったんだと思う。吹っ飛ばされてから気が付くようなものだから。死んだ六人も今頃死んだことに気付いただろうか。あ、やべ、やたら非科学的なこと言ってるな。 「身体が飛んで、ああ爆発か、みたいな。」 「そんなもんか。」 「うん、まぁ。」 「身体大丈夫そう?」 「ああ。」 「すぐ戻るの?」 「多分。明日にでも。」 カレンダーを見ると、既に丸二日が経っていることに気付いた。無事だった割には随分眠っていたらしい。 「そんな無茶してると死ぬよ。」 「まぁ、そういう仕事だしな。」 「良いの?」 「仕方ないんじゃねーの?」 ぷちん、と音を立てて白衣のボタンが取れた。取れたボタンはベッドの頭の方へ転がってきて、そこで止まった。俺もアトワイトもその軌道を黙って目で追っていた。 「変なこと言って良い?」 「ダメって言ったら言わねーの?」 「言うけど。」 「なら言えば。」 「じゃ、言う。」 アトワイトが立って、近くまでやってきた。軽く見下ろされる形になる。 「あんたが死んだかと思ってさ。」 「勝手に殺すな。」 「あぁ、それはごめんなんだけど。」 「うん。」 「ガラにもなく泣いたわ。」 「・・・・は?」 泣いた?この女が? アトワイトは乾いた笑いを浮かべて、煙草を銜えた。マッチになかなか火が着かない。この女の、あんまり見たことない、ちょっと弱い一面が見えた気がした。最後には諦めてマッチと煙草を纏めてポケットに押し込んだ。 「要はあたしはマッチも擦れない女って訳。」 「いや、意味分かんねーし。」 「死んだかと思って泣いて、生きてるって分かったらキスまでしちゃって、実際顔合わせたら挙動不審になるダサい女。分かる?」 一瞬、沈黙の間が出来た。突っ込み所が多すぎてどうしたら良いのか良く分からない。他人を振り回すのは得意だけど振り回されると弱い。 「あ、怒った?」 「何で?」 「キス初めてだったら悪かったかな、って。」 「ちげーよ、馬鹿。」 「あ、怒った。」 くすりと笑いながら、アトワイトが屈んでボタンを取ろうとした。いつも通りにしようとしてるけど、そうなってない。あぁ、もう、調子が狂う。普段のこの女はこんなんじゃない。何でだかイライラする。 その時に何で自分がそんなことをしようとしたのか分からないけど、一方的にされたのが気に食わなかったか、普段と全然違う態度のアトワイトを見ていられなかったか、その辺が理由なんだと思う。 白衣の肩のトコを掴んで、引き寄せて、びっくりした顔の唇にキスをした。ほんの仕返しのつもりで。でも、何でだか、こいつが自分から離れようとしなかったから離れられなかった。 アトワイトは挑むように目でこっちを見ていた。怒ったのかと思ったけど、離れないし。てか、舌入れて来たのこいつからだし。こいつ、喧嘩売ってるみたいな顔で舌入れてくんなよ、ムードないなぁ。ま、あっても困るけど。 「なに舌入れてんだよ。」 「初めてだった?」 「ちげーって言ってんだろ馬鹿。」 でも不思議なくらい興奮して、互いの首に腕が回って、引き寄せ合った。さっきまでのはイライラじゃなくてドキドキだったんだと思う。 「勃ってる。」 「何触ってんだよ。」 言葉の合間に惜しむようにキスを交わす。もー、自分で意味分かんない。なんでこいつとこんなことになってんだろ。片腕でアトワイトを抱き締めながら、もう片方で身体を弄る。 「あっ、ちょっとっ。」 「お前だって濡れてんじゃねーか。」 「あっ、んっ、人の身体触って固くしてる癖に。」 互いの身体弄って、忙しなくキスをして、罵り合いながら盛り上がって。普段異性だって全然意識してなかっただけに、妙な気持ちになる。正直、心の準備が出来ない。でも、気持ちの方が追い付かないうちに身体の方はお互い繋がる準備が出来てるから困りもので。 「お前、イきそうだろ?」 「そっちこそ出そうでしょ?ほら。」 「くっ、このっ、馬鹿。」 「入れたいんなら入れさせてあげるけど?」 「お前が入れたいだけだろ。」 「でも、あんただってしたいでしょ?」 お互い同意するようにキスをして、時間を惜しむように互いの服を剥ぎ取る。何も身に着けない姿を目の当たりにして、分かってはいたけど、こいつ女なんだな、って思って、ガラにもなくどきどきした。 「てか、良いのかよ、お前。」 「は?今更それ聞く?」 「俺の優しさだよ、優しさ。」 「御託は良いから、さっさと入れて出しなさいよ。」 「・・・ムードねーなぁ。」 ムードなくて逆に良かった。これでムードなんかあったら冷静でいられない。まぁ、既に冷静じゃないっちゃ冷静じゃないけど。 「あんたが死んだら。」 「は?」 「ムードのあること言ってあげようとしてんの。」 「はいはい、どうぞ。」 「死んだらちょっと寂しいから、子供でも産んであげようと思ったの。」 冷静でいられなくなった。ほら、だからムードなんかなくて良いって言ったんだ。いや、言ってたのは逆だけど。 「やる気出た?」 「うっさい、さっさと入れて出すんだろ。」 「そうそう。だから早っ、あっ。」 繋がってからは悪態を吐き合う余裕もなく、キスして息継ぎして、キスして、息継ぎして、余裕なく動いた。 「あ、はっ、ハロルドっ。」 「お前、止せ、その声。」 「いや?」 「お前が可愛いと調子狂う。」 ちょっと息苦しそうに、でも嬉しそうにアトワイトが笑った。普段通りムカつくのと、普段とは違ってこっちも嬉しくなるのが半々。あぁ、もう、やってることより話してる方が恥ずかしい。 そこまで沢山経験がある訳じゃないけど、今までのどのセックスより良かった。こいつの身体にも、声にも、いちいち煽られる。思っていたよりずっと細い腕でしがみついてくるのが心地良かった。 「あっ、うっ。」 「あ、お前、イったろ?」 「馬鹿、早く出しなさい、この遅漏。」 腰にアトワイトの足が巻き付いて、グッと押し付けられる。俺だって余裕がある訳じゃない。艶を含んだ声で馬鹿と言われて、普段こいつから言われ慣れてる言葉なのに、だからこそかも知れないけど、今までで最高に興奮した。 激しく打ち付けると、いつもと違う声が大きくなる。さっきからずっとアトワイトが俺の名前を呼んでた。それが耳に心地良かった。 「出そう?」 「出そう。」 「うれし。ほら、早く。」 喘ぎ過ぎてすっかり掠れた声で素直なことを言われて、上手い返しをする余裕がなかった。アトワイトは意識的にか、無意識にか、中をきつく締めて、俺のことを抱き締めて、耳元で「好き」と言った。 悔しいけど、その時のアトワイトは最高に良い女で、どうにも抑えが利かなかった。 あの時の女がアトワイトなのは分かっていたけど、あんなに綺麗に見えたのは吹っ飛んだ後で頭がちゃんと働いてなかったからだと思ってた。でも、実物もちゃんとそう見えるって分かったのはちょっと収穫だった。 「あははは、イキ過ぎて腰立たない。」 「・・・ほんと、ムードない女だな。」 「はいはい、ハロルドはムードある方が好きだもんね。」 とはいえ、やっぱりアトワイトはアトワイトだった。ベッドの上で恥ずかしげもなく大の字になって、妙に明るく笑っている。好き、って言葉に反応してしまった俺が馬鹿みたいだ。 「お前、あれ、本気かよ。」 「どれ?」 「子供。」 「あー、あれね。」 アトワイトは軽く、少し嬉しそうに笑った。普段のアトワイトだった。でも、嬉しそうにしててこちらまで嬉しくなるのはさっきのままだった。やっぱり調子は狂い続けている。 「勿論本気よ?あんだけ出したんだから出来るんじゃない?」 「量は関係ないだろ。」 「あんだけ良かったし。」 「快感も。」 「なに照れてんの?」 何でだろ。普段のアトワイトなのに可愛い。 「あ、責任感じてんの?」 「そりゃ、多少は。」 「じゃあねぇ・・・。」 「養育費は出ないぞ。」 「大丈夫、あんたより給料貰ってるから。」 「けっ。」 「じゃ、いくつか言うこと聞いてもらおうかな。」 「何でそうなんだよ。」 「ほら、母体は大切にしなきゃ。」 別に、責任とか、そういうんじゃなくても、もうこいつの言うことを聞いてしまうような気がする。こうして言い返してるのは、何というか、自分の心境の変化に追い付いてないだけで。 「じゃ、まず身体拭いて。」 「はいはい。」 「最中も思ったけど、結構触るの優しいよね。」 「うっさい。ほら、次は?」 「んー、そしたらギュってして貰おうかな。」 「はいはい。」 「だーめ、もっと強くしなさい。」 「はいはい。」 「次、キス。」 「はいはい。」 「軽い。舌出しなさい、舌。」 「あー、はいはい。」 なんとなくだけど、俺はもう、ずっとこいつに逆らえないんだろうなと思った。逆らいたくないと言うか、従いたいと言うか、あぁ、あれだ「甘やかしたい」かもしれない。要は俺の負けってことで。 「ハロルド、子供の名前考えといて。」 「はいはい。」 「男の方と女の方、どっちもね。」 「はいはい。」 「あと。」 「あと?」 急に真面目な顔になった。こいつってこんなに綺麗だったかなぁ、と思いながら、その頬に触れる。 「私のこと好きになって。」 ばーか、もう好きだよ。 あとがき ♂♀を書いてみたよ!!! ハロルドがちょっと上手くいかなかったなぁ。 このアトワイトはけっこう好き。 「生命の営み、或いはプロレスごっこ」って題名にしようかと悩んだけど良心の呵責に負けてこちらの題名になりました。笑 |