陛下の日

「誕生日おめでとうございます、陛下。」


トマス・ウォーラはいかにも王に接するような恭しい態度でそう言った。しかし、目には諧謔の色がある。最終決定権を持っていながら巨大な組織の中に埋没し、崇拝の対象として象徴化される天上王ミクトランにこうした目を向ける人間は殆んどいない。


同時にこの天上都市で私の誕生日を知っている人間は殆んどいない。王の生誕を記念する日は古来から祝われてきた歴史があるものの、どうも私は崇拝の対象となるのを快く思わない部分があった。


こんな立場になったのは昨日や今日のことではないが、未だに後悔がある。「巨大な軍事力を背景に君臨する王」というのは既存権力を覆す新たな支配者像として悪くなかったが、古風に過ぎたかもしれない。


「ウォーラ、君の冗談は案外傷つく。」
「申し訳ありません。」


ウォーラはにやりと笑った。私を神仏か何かと勘違いしている者が多い中で、彼だけは私を人間扱いする。ただ、その扱いは必ずしも口ぶりほど丁寧ではなかったが。


「誕生日プレゼントは何がご希望ですかね?」
「君臨すれど統治せず、を入れ替えて欲しい。」
「天上人民代表とでも肩書きを変えますか?」


天上臣民に敬愛される天上王よりは、天上人民にも地上人にも忌み嫌われる独裁者でいたかった。現状、私の指示が直接届き、思うままになるのは極々一部の側近だけになっている。軍はウォーラが参謀総長として全権を握っているはずなのだが、地上配備部隊の多くは将官の派閥抗争と出世争いで十分な統率を維持出来ていない。


「或いは、またクーデタでも起こしますか?」
「魅力的な提案だが・・・ね。」


王がクーデタを起こすのは何とも痛快かもしれないが、生憎と私にはそれを成功させるだけの組織も権能もない。連邦陸軍少将としてクーデタを起こし何もかも思う侭になった頃が少し懐かしくなった。


「何と言うか、君は上司を選び損なったかもしれない。」
「まだそこまでは思いませんよ。ま、ケーキでも食べましょうか。」


ついつい弱音を吐いてしまう私を彼は暖かく励ます。ウォーラは下士官として私を補佐した北部内乱の頃から変わらない忠誠を貫き続けてくれていて、私はそれをありがたく受け入れるしかなかったが、少し心が痛む部分もあった。


多くの命を奪う覚悟はあった。憎まれる覚悟も、歴史に悪として残る覚悟も。ただ、どうも私はこの男から平穏な幸せを奪い、自分の身勝手に付き合わせたという事実だけは背負い切れていなかった。


「あと、上司ではなく君主ですよ、陛下。」
「・・・そういう細かいところも変わらないな。」


陛下の「い」を伸ばし棒にした発音。
私の無二の「部下」はまた私を馬鹿にした。








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「そういえば。」


ヒューゴの呼びかけで目覚めた。夢を見ていた。夢などというものは、この姿になってから滅多に見ることがなかった。内容は良く思い出せないが、懐かしい夢だったような気がする。


「誕生日だそうだな。」
「誰の?」
「お前の。ベルセリオスから聞いたんだ。」


最近、ハロルド・ベルセリオスは私が休んでいる間にヒューゴに色々と吹き込んでいるらしい。正直なところ、下らないことを広められるのは迷惑極まりない。最近この男は何かと私を物笑いの種にしようとする。


「何歳になったんだ?」
「知らん。お前の方が詳しいのではないか?」
「地質調査には100年単位の誤差があるからな。」


それが私の実際の一生よりも長いことを勿論知っていて、この男は少し面白い冗談を言えただろうという顔をする。 剣を相手に冗談を言う人間の気が知れない。いや、剣が語る野望−生きている頃は理想と呼んでいた時期もあったが心情的に使えなくなった−に賛同して全てを投げ打つ人間はそもそも異常なのだが。


「何か欲しいものはあるか?」
「お前からは既に全てを貰っている。」
「そうだったな。」


私は今度こそ、誰からも忌み嫌われる独裁者になろうと思うのだ。同じ失敗は二度しない。一度目の犠牲は無駄にしない。ただ、最も身近な人間からの得体の知れない大きな信頼を背景にしなくては何も出来ないのは相変わらずだった。


「じゃあ、気持ちだけ受け取っておいてくれ。」
「祝われて喜ぶ歳でも姿でもないがな。」
「ま、そう言うなよ。」


ヒューゴは笑う。私以外の者の前では誰にも見せなくなった屈託ない笑みに、心が痛んだ。私はこの男の平穏な幸せを犠牲にする。いや、既にこの男は自ら進んでそうさせている。


歴史は繰り返す。
私にとってはこれ以上にない残酷な形で。


「誕生日、おめでとう。」
「・・・ありがとう。」





























あとがき

ヒューゴってどんな人だったか分かんない。
ただ、僕は全てを「捏造です」と宣言する覚悟を持って、堂々とこの作品を人目に晒す!