猛抗議とその顛末

徹夜明け。弱い日差しが目に痛い。部下達もかなりくたびれている。全体を管理する立場の私が徹夜仕事などというのは避けるべきことなのだが、今回ばかりは仕方が無い。

二週間前、東部戦線で大規模な防衛戦があった。天上側の新型戦車部隊に突破されたものの、悪天候で戦車の故障が相次いだことが幸いして天上側の攻勢を破砕することが出来た。そこまでは良かった。

撤退を始める天上部隊に向け、ユンカース隊は独断で逆襲を敢行。サマラ州南部地域まで進出していた天上部隊を一週間に渡って追撃し、中央山脈帯の向こうまで追い返してしまった。戦果としては勲章をいくつ用意しても足らない程だったが、事前の計画にない攻撃のせいで補給体制がボロボロになってしまった。

「ディムロス中将はどうにかならんのですか?」

兵站参謀がぼやく。部下達の総意だった。防衛部隊用に備蓄されていた来月分の燃料や弾薬を使い切り、無茶な使用のせいで車両の故障は続出。最終的には食糧輸送さえままならなくなった。それをどうにか遣り繰りするために、参謀本部は一週間、地獄のような仕事量をこなした。

「前線の苦労も分かりますが我々だって頑張っています。」
「あまり蔑ろにされるようでは今後の作戦にも支障があります。」
「そうです。総長、ここは一つ、きちんとその点を伝えていただかねば。」
「総長、是非お願いします。」

部下の不満を代表するのも上官の役目。ここは一つ、ディムロスにきちんと物を言わなくては。ディムロスが変わるかどうかは別として、まぁ、これがささやかでもガス抜きになれば。

「分かりました。では言ってきましょう。」

ディムロスは昨日中央に戻ってきていた。今日は部屋にいるはずだから訪ねればすぐだろう。部下を解散させて部屋へ向かう。道々どうしたものか考える。

えぇ、と何と言おうか。こちらにも計画があるんです、というのは頭が固すぎるだろうか。うーん。まず、戦果は見事なものだったからそれを褒めるところから入って。いや、待てよ。一度褒めてからひっくり返すのは、かえって嫌味に聞こえてしまうかもしれないし・・・。








「カーレル、今回は済まなかったな。迷惑をかけた。いや、しかし見事な手際だ。しばらくまともな物は食べられないと皆で覚悟していたから、きちんと食料が届いた時には驚いたし、本当にありがたかった。カーレルは凄いな。流石だ。ノリスも褒めていたぞ。今後も無理をいうことがあるかもしれないが、その時はよろしく頼む。」

部屋に入った瞬間、満面の笑みのディムロスがまくし立てる。手を握られた。大きくて暖かい手だった。何か言うはずだったのに、それはもう全て飛んでしまった。そういえば、ディムロスの顔を見るのは久しぶりではないだろうか。そう気付いて仕事モードにしていた気持ちが音を立てて切り替わる。

何も言わずに抱きつく。最初は驚いたようだったが、すぐに優しく包んでくれた。彼の匂いを吸い込む。溜まった疲れが流れ落ちていくような気がした。なんて弱いんだ私は。部下の期待を背負って文句を言いにきたんじゃないのか。

「ディムロスー。」
「ん?」
「呼びたかっただけです。」
「よしよし。」

頭を撫でられる。今日はだめだ。勿体無い。もう怒る気になれない。部下達には悪いが今日はプライベートということにしよう。あぁ、何だか気が遠くなってきた。ディムロスは暖かいし、安心する。撫でられる頭が気持ち良い。ふわふわしてきた。

「ごめんなさい、私、少し、寝・・・。」

言い終わらないうちに意識はどこかへ行ってしまった。








目が覚めた。いつの間にかベッドの上にいた。誰のだろう、とは思わなかった。枕も毛布もマットもディムロスの匂いがした。ディムロスのベッドだ。本能に従って素直ににやけてしまうが、すぐに我に返る。

そういえば、どうしてここにいるのだろう。久々だからと昼からがっついてしまったのだろうか。だとしたら大問題なのだが、と反省しかけたところで、自分が眠ってしまった経緯を思い出してホッとする。いや、それはそれで恥ずかしいが。

「言った通りだったろ?」
「まぁ、確かに。」
「何だよ。」
「いや、何というか。誤魔化したようで釈然としない。」
「ユンカース隊と参謀本部との関係に重大な亀裂が入るかという危機をお前が救ったんだ。胸を張れ。」

声がした。ディムロスとノリスが話している。

「だが。」
「お前は手段に拘るなぁ。」
「『あいつはお前が目一杯褒めて、それから頭でも撫でてやったらコロッと機嫌良くなるから』などと言われたら、誰だってスッキリしないだろ。」
「はいはい、すみませんね。」

すごく、失礼なことを言われているような気がする。我ながらディムロスに弱すぎると反省したが、それが計算ずくかと思うと腹が立つ。

「納得いかない。」
「文句言うならすんなよなー。」
「ぐっ・・・。」
「カーレルに怒られたくないとか言ってたのは誰だよ。」
「カーレルを怒らせたくない、と言ったんだ。」
「大差ない。大差ない。」

起きて怒ってやろうかとも思ったが、タイミングが難しい。しかし、この二人は仲が良いな。何だか他のことまで腹が立ってきた。

「まー、悪いことしたと思うなら埋め合わせしれやれよ。」
「そのつもりだ。お前がそう言ったからするんじゃないからな。」
「はいはい。狸寝入りも辛そうだし、俺は帰りますよ。」
「「は?」」

私とディムロスの声が重なった。私の声に驚いたディムロスがこちらを見る。目が合う。気まずい。その様子を気にすることもなく、ノリスが部屋を出ていった。ばたん、と音を立ててドアが閉まる。沈黙。

「あー、あの、えーっと。」

ディムロスは何か言おうとして、言えないでいるようで、引きつった笑顔で視線を泳がせている。言い訳を探している時の顔だった。それを見ながら、退潮する驚きに代わって先程まで感じていた怒りが蘇る。

「プライベートを仕事に利用する訳ですか。」
「いや、それは。」
「情に厚いティンバー中将もなかなかやりますね。」
「あの、その。」
「頭を撫でてやったらコロッと機嫌が良くなる、ですか。」
「それは、ノリスが。」

先程は有無を言わさぬ勢いで私を黙らせた口が、しどろもどろになっている。そういえば、埋め合わせをすると言っていたな。してもらおう。是非、してもらわねば。

「ディムロス。」
「はい!」
「シャワーを借ります。」
「え?」
「借ります。」
「ど、どうぞ。」

大きな身体を小さくしながらディムロスが答えた。バスルームまで歩きかけて、振り返るとディムロスはビクッと大げさに反応する。念には念を入れて、釘を差しておこう。

「逃げないように。」

ディムロスがどうにか一回頷いた。彼が仕事にプライベートを持ち込んだのだから、私はプライベートに仕事を持ち込ませてもらう。今の私はストレスやら披露やら不満やら、後はその、色々が溜まっているのだ。








「あっ、熱っ。すごい。あっ、あっ。」
「ここ、だな?」
「そう、そこ、そのままっ。あ、あ、あ。」

前戯もそこそこに彼と繋がり、一回目の射精はそれからすぐ。情けないほど早い。先程まで偉そうにしていたのに、やはり弱い。

「はあっ、はあっ。休まないで・・・続けて、ください。」
「良いのか?」
「息切れより睡眠不足を、心配して欲しいですね。はぁはぁ。」
「それだけ言えれば大丈夫だな。」

ディムロスが薄く笑う。私の中に埋まったものも動き始めた。イッてすぐの身体にはきつい刺激だったが、それが良い。今日はボロボロになるまで彼と絡み合いたい気分なのだ。

「今日は、あっ、五回は、しますから。」
「勘弁してくれ。」
「言葉と、動きが、咬み合わなっ、ああっ。」

彼が奥まで入ってきて、鳥肌が立った。ディムロスの目には普段と違う嗜虐的な色があった。彼はベッドに上がると人格が変わる。

「あ、あ、そこやめっ。」
「なんで?」
「すぐ、あっ、ぐっ。ぐっ、うぅぅ。」

堪えようと思ったものの、彼は私の身体がどうしたら感じるのか知り尽くしているので、あっさりと二度目の射精。勢いは衰えず、顔まで飛沫が飛んだ。それをディムロスが笑顔で舐め取る。

「カーレルはすぐイクなぁ。ほら、腰上げて。」
「あうっ、くっ。」
「よしよし。そろそろ出すから、ちゃんと中で感じるんだぞ。」
「はっ、はい。早くっ。早くっ。あ。あ。」

溶岩のように、と言ったら言い過ぎかもしれないが私の中に放たれた彼のものはそれぐらい熱く感じた。背筋がぞくぞくするのに、頭はふわふわする。だんだん何も考えられなくなってくる。もっともっとと叫んでいる自分の声が遠く聞こえた。








「すまん。」
「こちらこそ。」

二人共声が枯れていた。お互い精根尽き果てて倒れている。色気の欠片もない。

「身体は?」
「イキすぎてだるい。」
「私もだ。」
「腰が痛い。」
「それも。」

自然と二人共笑いが漏れた。

「がっつきすぎました。反省してます。」
「私も反省している。」

毎回、ハメを外しすぎてこんなことになっているような気がする。いや、或いは事後の甘い空気が苦手だから、こうしてヘトヘトになるまでしてしまっているのかもしれない。

「私は貴方のところに抗議に来たんですよ。」
「個性的な抗議の仕方だ。」
「ほー、もう1ラウンドします?」
「私が悪かった。勘弁してくれ。」

私の発言に呆れた様子のディムロスが、シーツの端を掴んで振った。どうやら彼の白旗らしい。さっきまで私を責め立てていたのが嘘のようだ。

「勝った。」
「勝ち負けか?」
「喧嘩みたいものでしょう。」

喧嘩だとしたら、随分激しい喧嘩だ。声が枯れるくらい言い合いをして、足腰が立たなくなるくらい取っ組み合いをした。私が、ディムロスと。馬鹿馬鹿しくて可笑しかった。

「負けるのは気に入らないな。」
「じゃあ、どうします?」
「んー。」

ちょっと考えてから、彼が白旗を放り出した。降伏は取り消しになったようだ。明日は仕事になるだろうか。結局こんなことになっている私を部下は許してくれるだろうか。

取り敢えず、激しい喧嘩をしたということで部下達には納得してもらおう。喧嘩の詳細は勿論話せないけれど。