朝6時に起床。
顔を洗って、歯を磨いて、髪を整えて(これには時間が掛かる)、服を着換えて、水を一杯飲んでから部屋を出る。


「おはよう。」


いつも通りドアの前で待っていた彼に挨拶をすると、彼は返事をせず、しかし少しだけ微笑んで手元のファイルを開いた。今日のタイムテーブルがびっしりと書き込まれている。


「今日は・・・午後からブリーフィングが一件。」
「昨晩の資料の作戦か?」
「そうそう。参謀長殿は随分と一師にご期待の模様で。」
「カーレルに聞かれると後が怖いぞ。」
「はいはい。」


師団長のスケジュール管理は本来は副長の仕事ではなく秘書官の担当になのだが、彼は「お前の面倒は俺一人で足りる」と言って引かない。私としても彼が相手と言うのは気が楽だし、いつも傍に部下が付いていて世話を焼かれるのは性に合わない。


「あいつ、最近機嫌が悪いからな。」
「そうなのか?」
「イクティノスと休みが合わないんだよ。」
「・・・・そういうことか。」


妙に事情通な彼の情報は役に立ったり、立たなかったり。ただ、こうして事前に知っておけば本人を前にして地雷を踏んでしまうという事は少なくなるのだけれど。


「イクティノスも身体楽そうだけど不機嫌だし。」
「良く見てるなぁ、お前。」
「情報収集も副長の仕事の一・・・待て。」


並んで廊下を歩いていると彼が急に私を呼び止める。会話を突然打ち切られて驚いたが、彼の手が私の頭に伸びてきたのでもっと驚いた。二度、三度と頭を撫でられるその間、彼の眉間には不満を主張する深い皺が寄ったまま。頭を撫でられるのは悪くないのだがこれは・・・・。


「立ってる。」
「は?」
「ったく、身支度にちゃんと時間掛けろよな。」
「え、あぁ・・・。」
「寝癖ぐらい直して出て来い。」


・・・・ちゃんと直した筈なのだけれど。
彼は私の首根っこを捕まえて部屋まで私を引き摺っていきながら、「師団長ってのは」だとか「一万人の兵士がお前を模範に」だとか「威厳が足らない」だとか説教を垂れる。私が「じゃあお前はどうなんだ」なんて言おうものなら「俺は良いんだよ、俺は」と有無を言わせない。


副長としての彼は師団長である私に大変厳しい。私とて多くの部下を預かる軍人として恥ずかしくない行動を心がけているのだが、彼の要求はその上を行く事も間々ある。


「座れ。」


部屋の洗面台の前に丸椅子を置いて指で示す彼。語勢に押されて大人しく従う。いつも饒舌な彼だが不機嫌な時は口数や表情が極端に減って、長い付き合いの私も何を考えているのか分からなくなる。


彼は熱い湯で濡らしたタオルを使って丁寧に髪を拭いて、それからドライヤーを片手に手櫛で髪を整え始める。顔は不機嫌そうなのに手付きは優しい辺りが彼らしいなと思えて安心した。


「髪、気をつけろって昔から言ってんだろ。」
「いや、ちゃんとやった筈だったんだが・・・。」
「師団長が毛虫頭じゃ格好つかねーんだよ。」


ぶつぶつと小言を垂れながら彼は髪を整えていく。手入れについてあれこれと口煩い割に「短くしろ」と言われた事はない。私は別に長い髪に拘りがある訳ではないから、切ってしまっても良いのだけれど。


「切った方が良いか?」
「切りてーの?」
「いや別に。」
「じゃあ、これで良いだろ。」


鏡越しに彼が微かに笑顔を見せた。口煩くする割に、切れとは言わない彼が私の長い髪を気に入っているのは明らかで、それは私がこの髪を維持するのに十分な理由だ。


無造作に梳かれた髪が彼の指を滑って、頭だとか首だとかに時たま触れる指先を意識してしまう。顔や耳を撫でる温風と彼の優しい手に顔が綻んでしまいそうになる。


「にやけんな。」
「にやけていない。」
「その顔で表出たら舐められるぞ。しゃきっとしろ。」
「分かってる。」
「ほら、出来たから立て。」


気持ちが緩む私に釘を刺すものの、彼の言葉も表情も柔らかい。ドライヤーの電源を切って、もう一度頭の頂点から髪の先までをさらりと撫でられた。彼の手の温もりが沁み込んでくる感じがして無意識に目を閉じる。この幸せな感じを打ち切ってしまうのが惜しくて、椅子から立たないまま彼を背凭れ代わりに寄り掛かる。


「今日、朝から優しいな。」
「いつも通りだ。」
「そうだな。お前はいつも優しい。」
「・・・・・・・朝飯に遅れるぞ。」
「あと、5分。」
「・・・・・はいはい。」


寄り掛かる私を受け止めつつ、彼は溜息を吐く。きっと呆れ顔をしてるんじゃないだろうか。でも、私の背中を受け止める手が優しいから、そんな事は気にならない。


一個人としての彼は、私にとても優しい。














あとがき
もうちょっと膨らみが欲しかったかも知れませんね。題名は「長い物には巻かれろ」のもじり。特に意味はないんですけど、まぁ、良いじゃないですか。
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