おかえりなさい

戦争が終わって一年と少し、二度目の春がそろそろ終わりそうな時期になっていた。寒冷な気候は戦争が終わっても変わらなかったが、それでもこれくらいの季節になると、かなりマシだった。

僕は公園のベンチに座っていた。人を待っていたのだった。平日の夕刻、公園に広がる光景は平和そのものだった。遊んでいる子供とそれを見守る母親。煙草を吸う老人とその傍らに座る犬。弱いながらも降り注ぐ橙色が混じった木漏れ日。

最近は色々と仕事が忙しかったから、こうして日が沈む前からのんびりと過ごすのは久しぶりだった。戦争が終わったら軍隊は暇になるのだろうと僕は思っていたけれど、どうやらそれは、戦争をしていない軍隊を知らない僕の勘違いだったようだ。

あくびをした。最前線で戦っていた頃は、休める時に休むのも仕事のうちと、きちんと睡眠を摂っていたものだが、戦争が終わってから増えた事務仕事のせいで、最近は睡眠不足が慢性化していた。

最近の僕の仕事は、旧天上軍占領地域の治安状況について情報を集めること。特に、民族紛争が再燃しているラシーヤ地方北部のカレリア人自治区が僕の主要な担当だった。

カレリヤ人自治区にはカレン人とカレヤラ人という二種類の人が住んでいるらしい。らしい、というのは僕には見分けがつかないからだ。どうも血筋としては殆ど変わらず、言語が少し違うらしい。らしい、というのは僕には聞き分けがつかないからだ。彼らは互いに憎み合っている。らしい、とつけなかったのは僕にも人を憎む気持ちは分かるからだ。

鞄から新聞を出す。一面には、暫定政府による戦後復興が好調に進んでいることが報じられていた。一枚、二枚とめくって僕に関わりのある記事が見つかった。「カレリアは内戦の様相」と見出しが付けられたその記事は、それほど大きなスペースを取っていなかった。

誰もが、それぞれの戦後復興に精一杯で、他人の戦争が続いていることまでは気にかけられないのだ。それは多分仕方がないことなのだ。僕だって、これが僕の戦争の継続を意味する記事だと思わなければ読み飛ばしているかも知れない。

「よう。」

声がして、顔を上げる。弱い日差しが逆光になっていたけれど、目の前にいるのが僕の待っていた人だということは間違いようがなかった。彼はいつもタイミングが悪い。1時間も遅れてきた癖に、僕が新聞を出した途端に現れる。次からはすぐに新聞を読むことにしよう。

「お久しぶりです。」
「ああ。」
「ご結婚、おめでとうございます。」
「よせ。ガラじゃない。」
「でしょうね。」

彼は僕の隣に座った。最後に顔を合わせたのは半年以上前だったけれど、それほど違和感はなかった。つい昨日していた会話を続けるかのように、僕らはスムーズにコミュニケーションが取れた。

「奥様はなんと?」
「聞いてどうする。」
「それもそうですね。」

聞かれたくなさそうだったので遠慮した。代わりに自分で考える。ある状況である人がどんなことを言うか、というのを推測するのは僕の特技の一つだった。

「『私、今ほどあんたに惚れたの後悔したことないわ』とかですかね。」

彼が無言のまま、鋭い目をこちらに向けた。僕は開いたままの新聞紙で顔を隠す。なるほど、当たらずとも遠からずと言ったところか。僕の特技もまだまだ錆びてはいないな。

新聞の陰からそっと彼を覗き見る。興味の対象が移りやすい彼は、既に僕へ怒りを向けることに飽いたらしく、紙面の片隅に視線を注いでいた。それは、先程まで僕が読んでいたのと同じ記事だった。

「『内戦』ねぇ。」
「そう言っても間違いではないと思いますよ。」
「天上軍の兵器が流れてるって?」
「カレン人の自警団は戦車を使ってるみたいです。」

ちなみに、その自警団は村の片隅に作られたカレヤラ人の重機関銃陣地を戦車で踏みつぶして村からカレヤラ人を一掃したらしい。カレリア人自治区の至るところでそういう戦いが起こっている。

砂場の方から子供の泣き声が聞こえた。老人の連れていた犬が砂の城を楽しげに踏みつぶしている。泣く子供、謝る老人、微笑む母親。平和な光景だ。

「カレリアには少年兵も多いようですよ。」
「ロクなところじゃないな。」
「ええ、全くです。」

ロクなところじゃない、という意見を補強する材料なら幾らでも持っていた。僕は新聞を畳んで、ポケットからメモを取り出した。暗号で書かれたメモは、僕のような人間がうっかり落としてしまっても大きな被害にはならない。

「カレリアの自治政府の動きは?」
「ひどいもんですよ。先週、情報提供者が3人逮捕されました。」
「昨日の新聞には50人って書いてあったぞ。」
「だからひどいんですよ。」

彼の舌打ちが聞こえた。ちなみに、全員が暫定政府軍−僕たちは地上軍から名前を変えていた−に情報提供していたことを自白したらしい。逮捕から自白の経緯については、ちょっと想像したくない。カレリア政府内部の両民族陣営は、責任を互いに押し付けて紛争を更に激化させていた。

「これから行くのは、そういうところです。」

民族間のルールがない殺し合いが都市から農村まで広がる、どれほど良く言っても地獄以外の表現が浮かばない場所。まともな軍隊と軍隊とで戦う方が幾らかマシだったかもしれない。

「なんだ、脅しか?」
「まさか。確認ですよ。」
「なんの?」

もう一度平和な公園の光景を眺めた。仕事帰りと見える男性が、妻と子供を迎えに来ていた。子供は機嫌が直ったのか、仇敵だったはずの犬と芝生でじゃれあっていた。それを老人が暖かく見守っている。

彼は望むのならば、ああいう平和な幸せを選ぶことが出来る。この大陸の北の果てで起きている戦争を他人のこととして、自分の戦後を自由に過ごすことも出来る。

「貴方が相変わらず戦争好きであることの。」

彼が呆れたように鼻で笑った。自分で確認しておきながら、僕も僕で呆れに近いものを抱いていた。愚問だった。こういう人を待つ身はさぞ辛いでしょうね、アトワイト中佐。

「そうじゃなきゃ、お前みたいなのと関わろうとは思わねえよ。」
「なるほど、その通りですね。」
「だろ?」

当たり前のことのように彼は言った。これは彼なりの最大限の賛辞だ。きっと僕は、何とも残虐な笑みを浮かべたことだろう。いけないな、すぐに血の気を見せるのが僕の悪い癖だ。

気を取り直してベンチから腰を上げ、彼の前で直立不動の姿勢を取る。最後にしたのがいつだか思い出せないほど、久しぶりの敬礼。僕なりに彼を再び戦場に迎え入れる儀式。

「おかえりなさい、中佐。」















あとがき
なんか久々に書きましたね。ハロとシャル。時期的には「しばりひも」のちょっと後になりますね。
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