一度会ったら友達で

私と彼との最初の会話は、多分高校に入って二ヶ月くらいの頃だったと思う。彼は不良と呼ばれるような生徒には入学する前から有名で、スラムでの薬物売買に関わっているとか、人を殺した経験があるとか、色々な噂が立っていた。

たまたま日直だった私は、担任に頼まれて翌日の講演会で使うという機材を講堂まで運んでいるところだった。夏も近い時期だったがもう暗くなってきていていた。

「聞いた話と全然違うじゃねーか。」
「けっ、見掛け倒しの根性無しが。」
「おい、誰か来るぞ。」

私が講堂に近付くと、裏手から声がして、それから足音が聞こえて、私の脇をひどくだらしなく制服を来た三人組が駆けていった。生来のお節介と若干の好奇心が、私の足を講堂の中ではなく裏手へ向けた。

「殴り足りなかったか?」

奥から声がした。西日が微かに差すだけの講堂の裏は狭く、湿っぽく、頼りないけやきが何本か立っているだけだった。そのうちの一本の根元から声がした。

「違うのか。」
「ああ。」

どう答えたものか難しかったが、少なくとも彼を殴る気はなかったのでそう答えた。お互いの顔がきちんと見える距離まで近付いた時、私はやっと彼が同学年で、見覚えのある人間だと気付いた。

「何だ、お前か。」
「ああ。」
「ティンバー、だったか?」

彼も私を見たことのある人間として認識したようだったが、私の名前を知っていたのは意外だった。言葉を交わしたのはこれが初めてだったと思う。彼はいつも、授業中は退屈そうに外を見ていて、授業が終わったらさっさと教室を出ていくから。

「名前、知っていたのか。」
「そんなに不思議なことか?」
「どうだろう。」

名前を知っていたことは勿論不思議だったけれど、私がそれを口にしたのは会話のきっかけを掴むためもあった。もう一歩近付いてはっきり分かったのは、彼の服と顔は汚れていて、それは彼が木の根につまずいた、というような原因でなさそうだということ。

「殴られていたのか?」
「蹴られもしたぞ。」
「彼らは?」
「同類を見ると、どっちが上か白黒付けたがる連中。」

どうやらこれは彼流の冗談だったらしい。私は上手いタイミングで笑えなかったが、彼は微かに笑い声を上げた。

「さっきすれ違ったが、彼らは無傷だったな。」
「ああ。」
「反撃しない主義なのか?」
「まさか。非暴力不服従は犠牲を伴う。」

彼は全く殴られたダメージを感じさせない様子で立ち上がる。彼は思っていたよりも身長が低く、また思っていたよりも教養があった。若干見上げる姿勢になりながら彼は続ける。

「ただ、奴らはナイフを持っていたからな。命の遣り取りになると面倒が多い。殺すのも殺されるのも困る。」
「随分経験が豊富なんだな。」
「いや、大したことはねーけど。」

彼は服についた泥を払い、袖口で頬を拭いながらそう言った。少し長めの黒髪から覗く目がやや鋭いのを除いたら、彼はそれほど特殊な人間には見えなかった。少なくとも、噂で聞いていた彼の人物像と実際とはかなり違っていた。

「思ったより喋るんだな。」
「なんだ、唖にでも見えたか?」
「人と関わり合いにならないタイプかと思ったんだ。」
「それは間違ってないと思うぞ。」
「そうなのか。」
「今日はたまたま調子が良い。」

どうやら私が彼とこうして会話できるのは幸運だったらしい。やや早口で丁寧とは言い難い話し方だったが、彼の言葉の選び方や発音は決して粗野ではなかった。そこで、私には疑問が浮かんだ。

「さっきの、えーっと、同類を見ると…。」
「どっちが上か白黒付けたがる連中?」
「同類なのか?」

同類を見ると、どっちが上か白黒付けたがる連中と同類なのか、という問は冷静に考えて滑稽だったが、私は彼らをどう表して良いか分からなかったためそうなってしまった。

「どうだろうなぁ。奴らはそう思ったらしいが。」
「私にはそう思えなかったんだが。」
「お前は随分とお節介だな。」

嫌そうというより、彼は少し呆れた様子だった。別に彼の自己認識に対して異議を唱えるつもりもなかったのだけれど、ついつい気になってしまったのだ。元々お節介な方だが、今日は少し度を超えている。

「そうやって誰の世話も焼くのか?」
「いや、そんなことはないが。」
「そうなのか。」
「今日はたまたま調子が良いんだ。」

上手い表現が浮かばなくて、口から出たのはさっき彼が使った表現そのままだった。言ってから、理由としてそれがしっくり来ることに気付いて、なるほどそうだったのか、と思った。

「妙な奴だな、お前。」
「馬鹿にされているように感じるんだが。」
「馬鹿にする時はもう少し工夫する。」

説得力があった。今回は笑うタイミングを外さなかった。それが気に入ったのか、彼は少し満足気な顔をしているように見えた。

私の軽い笑い声と同時に鐘が鳴った。もう日は殆ど落ちている。早めに帰らなければ、私もけしからん生徒と同類ということになってしまうかもしれない。

「さて、行くぞ。」
「へいへい。」

不思議なもので、私は自然と、彼が一緒に行動するものとして話を切り出した。彼も彼で、特に文句を言うでもなく、私が講堂へ機材を運び込むのについてきて、一緒に校門を出た。

帰り道を連れ立って歩くことにも違和感を覚えなかった。元々そういうものであったかのように、私達はしっくり来ていた。あとは多少の確認をするだけ。

「カルナック、で良いか?」
「ノリスの方が良いな。」
「分かった。」
「てか、お前も知ってんじゃねーか。」
「何を?」
「名前。俺の。」
「あぁ。」

何だそんなことか。私が彼の名前を知っているなんてことは、そんなに不思議なことだろうか。

と、そこまで考えた途端に私は急に納得できてしまった。彼が私を知っているのが不思議で、私が彼を知っているのが不思議でないということもないだろう。なんだ、何も不思議なことなどなかったじゃないか。

「ノリス。」
「ん?」
「ディムロスにしてくれ。そっちの方が良い。」

私の横を歩く彼の、鋭い目の中の瞳が私の方に動いた。彼が案外黒くて大きな瞳を持っていることに私はその時気付いた。彼の口角がゆっくりと上がる。

「了解。」

私達はその日から親友になった。



















あとがき
ディムロスとノリスの出会いを最近考えなおして、やっぱり大したドラマもなく、急に気が合う方が彼らに合ってるような気がしました。
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