Than anything else / 何よりも



知っていた。

父が・・・天上軍に居ることを。

そして、彼がダイクロフトを撃ったと言う事も。 





ダイクロフトが最初に照射された都市に、毎年足を運ぶ。

雪原の中に、大きく抉れた大地が横たわっていた。

其処には、何の生活の匂いも跡も無い。

ただ、不毛の大地が其処にあった。

これが、私の父の成した事。

私の父が、奪った多くの命の跡。





町の名は、クラエゾナ。

大陸南方の小さな地方都市。

戦略上の理由など全く無く、其処は焼き払われた。





私は、父を憎んだ。

これは人の所業ではないと思った。

自分の父は、悪魔なのだと幼心に本気で思った。

そして、自分にも悪魔の血が流れているのだ、とも。





私は毎年、この町が焼け野原に変ったその日、償いの為に足を運ぶ。


























































私がこうやって、この場所を訪れるのも四回目になる。


仕事で偶然訪れた時の、次の今日から毎年の事だ。
勿論、仲間には此処に行くとは告げていない。
調べれば、すぐに分かってしまうことだから露見が怖かった。


ウォーラ、と言えば誰だって、すぐに分かる。
天上の参謀長トーマス=ウォーラはそれぐらい有名だった。


隣町から、数時間歩いてその場所へたどり着いた。
半径数十キロのクレータが、其処でぽっかりと口を開けていた。
不毛の大地には、雪すらも積もらないのだろう。
浅黒い凍った土が剥き出しで横たわっていた。


今日がそう言う記念日だからか、まばらに人の姿もある。
十字架を掲げて、聖書を読み上げる老神父。
供物を置いて、静かに祈る老婆。
あの日から、十五年を経て未だに傷跡の深さを思わせる。








見回して老人が多い中にたった一人、若者の人影があった。


中背痩躯で、豊かな黒髪が風に揺れている。
それが誰なのか、余りにも遠くて確証は無かった。
ただ、それが見慣れた横顔と重なってしまって、頭から離れない。


彼は、佇んで空を見上げている。
睨みつけるように、厚い薄墨色の雲を見上げている。
いや、彼が睨んでいたのはそれの更に上。
天上都市に他ならなかった。




「ノリス・・・?」




私は、遠くに佇む青年に、友の名を呟いた。
彼が此処に縁故のある人間だとは、私は聞いた事がない。
私が過去を話そうとしないのと同様に、彼も過去には触れようとしない。


戦災孤児だと、昔一度だけ聞いた覚えがある。
だとすれば、彼の両親はきっと・・・・。


話に聞くだけでしか知らない、十五年前の光景が脳裏を過ぎる。
降り注いだ閃光は、真っ白で神々しさを思わせたという。
それが、大地を撃ち全てを薙ぎ払う。


逃げ惑う人々。
その中に、幼い日の親友が居た。
そして、跡形も無く消し飛んだ友の家族、家、町。
そして、幼い日のノリスは不毛の大地と化した町の中心に立ち尽くす。


その、姿をそのまま十五年分進めたのが目の前光景だった。
拳を固め、天空を睨む。
漆黒の大宇宙の広がる、その大きな瞳で。








ぱきっ


音を立てて、私の足元の氷が割れた。
それは、私の心にひびが入る音にも思えて恐ろしかった。


音に反応してか、青年がふと振り返った。
漆黒の瞳と一瞬目が合って、二度三度と瞬きする。
そして、少し驚いたような顔。


まずい、と私は思った。
背筋が凍ったように冷たくなって、慌てて顔を背けた。








逃げるように、私はその場を去った。


何故此処にいるのか、問い詰められれば言い逃れは出来ない。
真っ直ぐに、彼と目を合わす事なんて、私には出来ない。
彼の、天へ向かう厳しい視線が自分に向くのが怖かった。


彼は被害者。
此処で消えてしまった、多くの幸せの火の持ち主。
そして、今も変らず傷を胸に秘めている。


私は加害者だ。
父は此処の多くの幸せの火を、一度に吹き消してしまった。
それは、およそ人の所業ではない。
正に、悪魔の仕業。
私は、悪魔の子。








そして、その翌日。


二日間の休暇を終えて、私達は元の生活に戻った。
休暇の間の話は、お互い一切していない。
それは、ありがたくもあり、余計に胸の痛む要因でもあった。




「ノリス、休暇は何処に?」




情報部のオフィス。
向かいの机で、悪筆を滑らせるノリスに、少将は尋ねた。
まともに休暇を取るなんて、ノリスには珍しいことだからだ。
私は、なるべく平静を装って耳を欹てていた。
クラエゾナに行っていた、その言葉が出ないことを必死で祈りつつ。


ペンを器用に三回転させて、メモ帳を閉じるノリス。
聞いてなかった雰囲気をたっぷりに、彼の顔を見る。
呆れつつ、少将は再度彼に尋ねた。


漸く理解した顔になり、彼は二度三度頷いた。
そして、ごそごそとポケットを探って封筒を一枚取り出した。
どうやら、それは何かの招待状らしかった。




「元部下が式挙げたんで、ちょっと冷やかしにな。」




あぁ、そう言えば私のところにも招待状は来ていた。
部下の結婚も忘れる辺り、やはりこの時期は精神に来るらしい。


確か結婚したのは、ダグラス=ムーアと言う下士官だった筈だ。
私達の初めての部下の一人だった。
中学も碌に出ておらず、ノリスに喧嘩を売って半殺しにあったのが思い出深い。


冷たくて素っ気無く見えて、ノリスはその手の記念日を良く憶えている。
部下の冠婚葬祭や私の誕生日は忘れたことが無い。
それを照れ隠しなのか、何なのか、冗談めかして笑って言う。




「あのムーアが今は新婚で曹長。早いもんだよな。」




頷いて、入隊したての頃を思う。


着任早々、小隊を率いて随分色々やらかしたものだ。
独断で斬り込んで始末書を書いたり、演習で中隊を破って表彰されたり。
減給処分を受けてパンだけ齧って一月過ごした事もあった。


・・・・・哨戒任務で、部下を沢山死なせてしまった事も・・・。


そう言えば、その頃だった。
私とノリスの仲が、特殊な物になったのも。


それからもう二年、早いものだ。
時間の経過の速さを、何だか感じてしまう。
と共に、彼があの日クラエゾナにいなかったのに安心した。
やはり、あれは見間違えだったのだろう。











ベッドに重い体を横たえて、天井を見る。
考えることがなくなると、浮かぶのはクラエゾナの廃墟ばかり。
そして、振り向いた青年の瞳。


解決されたはずなのに、まだ気持ちが落ち着かない。
それも、仕方が無いのかもしれない。
結局、私の罪に変りは無いのだから。


頭を振って、起き上がる。
こうしていても仕方が無いと、そう思った。
手早く上着を脱いで、剣やベルトと一緒に壁に掛けた。


タオルを持 って、浴室に入り蛇口を捻る。
適温の湯が降り注いで、長い髪を濡らしていく。
冷えた体が徐々に温まっていくのを感じた。


シャワーを浴びたのは、理由がある。
一つは、気分を変えたかったからと言う単純な理由。
もう一つは・・・・・。


ギィッッッッッッ


ドアが、重い音を立てて開いた。
誰か、来たらしい。
シャワーを止めて、物音を聞く。
ドアの閉まる音と共に、入ってくる音。




「ノリス?」




濡れた髪を、後ろで無造作に束ねて顔を出した。
しかし、その顔はすぐに引っ込められる。
そこに居たのは、黒髪黒瞳の親友ではなかった。




「ちょっとは気をつけて出てきなさいよ。」




痛い一言が、奥へ戻る私に追い討ちをかけた。
凛とした、良く響く声。
態度は大きいが、彼女はまだ二十歳の軍医士官に過ぎない。
名は、アトワイト=エックスと言う。








私が、居住まいを正して出てくると彼女は呆れ顔でそこに居た。


そして、灰色の冷たい目で頭の先から足先までジロジロと私を睨み回す。
ハロルドが実験材料を観察する目とも、少将がデータを解析する目とも違う。
独特の、しかし目標を捕捉しているという意味では同じ視線。


彼女自体は悪い人間ではないのだが、どうしても人を見る目が異質に映る。
患者を生き物と思ったら切れない、と言ったのは何処の外科医だっただろうか。
そんな雰囲気を漂わせた、彼女の目だった。




「体調はどう?」




世間話も何もなく、単刀直入な一言。
彼女はこういう人なのだが、私はどうも慣れない。
とりあえず、苦笑して席に着く。


相変わらず、彼女の視線は私の体の上を這っていて気味が悪かった。
それは、骨董品を見る鑑定士の目に似ているのかもしれない。
人体を人体と理解しながら、敢えてそれを無機物と見るような目。




「・・・・・・・・悪くないが。」




彼女の問いの深層にある趣旨が見え隠れして、答え難かった。
適当に答えて誤魔化すような芸当は出来ないので、、不機嫌そうに短く返した。




「腰は?痛くなくなった?」




半事務的、半趣味的に彼女は尋ねる。
さらに核心を突いた問いで、私は正直狼狽してしまった。


私が彼に抱かれていることを、彼女は知っている。
一番最初に、腰が痛いと相談した時に看破された。
何となく分かった、と彼女は言っていたがそれ以来色々世話を焼かれている。
湿布を貰ったり、冷やせと氷を貰ったりして。




「慣れたよ、もう。」




そう言うと、彼女は突然噴出した。
そして、驚き混じりの笑顔で私をじっと見てくる。


何が可笑しいのかと、私は眉を顰めて彼女の様子を見守っていた。
二三度咳き込んで、彼女は笑いをどうにか静める。
そして、浮かんだ涙を拭きながら口を開いた。




「慣れるほどしてたわけ?」




かぁっ、と顔が熱くなった。
失言だったと思って、赤くなった顔を隠そうとして俯いて黙る。
なお、ニヤついた笑みを浮かべて私に視線を注いでいる。


そりゃぁ、慣れるほどしていないかと問われたら、否だ。
休みを見つけては、疲れているだろうに彼は私を抱きに来る。
元から嫌でもないので、促されるがまま私も抱かれていた。
一週間に五回なんて時もあったぐらいだ。




「で、最近来ないみたいね、ノリスさん。」




彼女の中では、私は呼び捨てでノリスは「さん」で呼ぶことにしているらしい。
それが多少引っ掛からなくもなかったが、私は気にせず話を進めることにした。


彼女は、ポケットから取り出した煙草に慣れた手つきで火をつけて大きく蒸かす。
自分から不健康を率先して実行するのは如何な物か。
医者と言うのはストレスの溜まる仕事だとは聞いていたが。




「腰が軽そうだから、休暇中は来てないわね?」




当たり。
如何してこうも、彼女は聡明で観察眼が鋭いのだろう。
軍医として病院に詰めさせておくのは勿体無い気がした。


薄い灰色の煙が、細く立ち上っていく。
それをぼんやりと見詰めていたら、質問に答えろと厳しい視線で促された。
これでは、医者の問診と言うよりは憲兵の尋問じゃないかと、内心でぼやく。




「そうだが、何か?」




油断すると赤くなりそうな顔を、必死に抑える。
少将だって、こんなに露骨には聞きはしない。


彼女は、思案顔になって二度三度首を傾げる。
そして、カレンダーに目をやって、再び視線を戻す。
分かったらしい、そんな感じの笑顔で。




「今日辺り来るかもしれないから、さっさと帰れと?」




さらりと言ってのけられると、流石に此方も恥ずかしい。
熱くなった顔を背けようとすると、また笑われた。




「あら、図星?」




二本目の煙草に火をつけながら、彼女は楽しげに笑う。
彼女の閃きは、ハロルドとは違って洞察的な論理性があって恐ろしい。




「違う。」




私が睨んでも、彼女は動じない。
あらそう、と言った顔で二本目の煙草を踏んで消す。
そして、部屋を見回して尋ねた。




「灰皿は?」




あろう筈が無い。
私は煙草を吸わないし、煙草を吸うような来客も滅多に無いからだ。


私は辺りを見回して、机の上の紅茶の葉の空き缶を差し出してやった。
多少不服そうに、彼女は吸殻を二本分、中に放り込む。


そして、彼女は気が済んだのか帰る身支度を始めた。
何を書いたか知らないが、今日取ったメモのノートと煙草のケース。
それらを鞄に放り込んで、さっさと部屋を出て行く。








彼女の背中を見送りながら、私は溜息を一つ。
と、突然彼女は立ち止まった。




「あっ、そうだ。」




ドアを開けて、半身は表に出たところで彼女は振り向く。
そして、鞄から封筒を一つ取り出して、私に差し出す。




「元部下って人が休暇中きてたわよ。」




白い厚紙の封筒に、四角い字でダグラス=ムーアと記されている。
驚いて、私は顔を上げた。




「これを、本人が?」




アトワイトは、私の反応に驚きつつ頷いた。
しまったと思い、慌てて私は平静を装った。
しかし、なお訝しげな表情でアトワイトは私を見ている。




「大尉殿にお渡し下さいますよう、お願い申し上げます、って。」




硬い喋り口調、アトワイトの言う特徴。
明らかに、本人だった。
休暇中、ノリスが訪ねたはずの彼は、此処にいた?


何故?
ノリスが嘘をついていた?
何の為に?
やはり、あの青年はノリスだった?




「顔色、悪いわよ。大丈夫?」




心配そうに、彼女は私の顔を覗き込む。
私は、慌てて顔を背けて一歩二歩と部屋の中に下がった。




「大丈夫、大丈夫だ。」




心配そうにこちらを見詰めるアトワイトに、私は硬い笑顔を作った。
納得行かないままの表情で、渋々と彼女は去っていく。
・・・・・疲れた。


よろめく足で、ベッドまで歩んでどさりと倒れる。
しかし体の重みはそのままで、心臓を押し潰しそうだった。


手紙の中身は、結婚の報告。
切り口上の文面は、私の部下だった頃から一切変っていなかった。
そして、最後の一節。


・・・ノリス中尉より中隊からと祝電を頂きました。ありがとうございます。


やはり、ノリスは彼を訪ねてはいない。
彼は此処に来て、ノリスは別の何処かに居た。


何処に?
自問自答して思い浮かぶのは、やはりクラエゾナの廃墟。
やはり、あの青年は・・・・


また、私は眠れぬ夜を過ごしたのだった。








朝、4時に起きた。
いや、起きたと言うより眠れなかっただけ。
だるい身体を起こして、私は仕事へ向かった。


人気の無い情報部の部屋は、妙に静かで奇妙だった。
薄明かりが窓から射して、青く部屋を染めていた。


私は、真っ直ぐファイル棚へ手を伸ばす。
作戦記録、備品目録、各隊連絡網・・・沢山のデータの中にそれはあった。
情報部の部門構成員名簿。


アルファベットの真ん中に位置するNの列。
私は食い入るようにそれを見詰めた。
その中でも、半分やや下辺りに、探す名はあった。


氏名:ノリス=カルナック
性別:男性
生年月日:暦前7年11月8日
入隊年度:地上暦13年度
出身都市:クラエゾナ(〜現暦0年)
家族親族:無し(何れも死去)
所属部隊:情報部イージス白兵中隊
重傷病歴:特に無し
主要賞罰:精勤賞2、ドルニエ勲章1、重営倉1、減給4
所持資格:陸砲士第二種、暗号作成A級。








カタン








音を立てて、ファイルは落ちた。
ふらつく足で、どうにか近場の椅子に座る。
奇しくも、ノリスの机の椅子だった。


確かに見た「クラエゾナ」の文字。
そして、家族親族:無しの重い、重すぎる一行。


私は、全身の力が入らずに机に突っ伏した。
金属製の机が、冷たく私の頬を腕を迎え入れてくれた。


木の軽い音が、静かな部屋に響いた。
伸ばした手に、何か当たってそれは倒れた。
それは、写真立てだった。
一枚は、私とノリスの士官学校入学の時のもの。
もう一枚は・・・・・。





私は声が出なかった。
ただ、凍り付いて写真を見つめるだけ。


白黒の、小さな写真に男女が一組。
豊かな黒髪で、頬の削れたような輪郭がノリスに良く似た男。
そして、切れ長で鋭い目の、やや表情に険のある女性。


右下には、「カルナック夫妻」の文字。
初めて見る、あの男の両親。
どちらも、彼に良く似ていた。


そして、その文字の下。
・・・地上暦零年 クラエゾナの戦災にて没。・・・


胸を締め付けられるような痛みがあった。
そして同時に私は、未だ夜の明けない外へと飛び出していった。











急いで急いで、昼前にはクラエゾナに着いた。


先日よりは少ないものの、まばらに人が居る。
彼らは何を思い、この地に留まっているのだろう。
きっと、忘れ切れない何かが、この地にはあるからだ。
多分それは、此処に居ない者にも等しく・・・。




「この夫妻を、ご存知ですか?」




一人の老人に、私は尋ねた。
見せた写真に、鼻が触れるぐらい老人は顔を寄せる。
皺の刻まれた顔が、彼の苦しみを象徴しているようだった。


深く窪んだ眼窩の奥で、ぎょろりと老人の目が私を見た。
それと共に、歯の無い口がしわがれた声を上げる。




「レイセンとミシエか・・・懐かしい二人じゃ。」




老人は岩に腰を下ろして、私に隣を勧めた。
そして思い出すように、ゆっくりと話してくれた。


腕利きの鍛冶屋で、町の顔役だったレイセンの事。
東部内戦では、反乱軍に身を投じて武名を上げたミシエの話。
仲睦まじい夫婦で、利発で明るい小さな子供がいたこと。


どれも私は聞いた事の無い、新鮮な話だった。
一度たりとも、ノリスは自分の過去を話してくれなかった。
私は、彼の信頼を得られていなかったのだろうか。
私では、彼に不足だったのだろうか。




「やつらの家はな、アレが降ってきた場所のすぐ近くだった。」




老人が骨と皮だけの腕を上げて、クレーターの中心を指した。
そして、その中心から若干南を指して私を見る。


あそこが、彼の生まれて育った家。
消えてしまった、小さな幸せの灯の一つ。




「息子は、ワシと一緒に隣町に行っておって助かった。」




そして、ポケットを探り葉書を取り出す。
見覚えのある字で、簡潔な近況報告が綴られていた。
送り主は、ノリス=カルナック・・・。




「20年前別れたきりじゃったが、最近は手紙も来る。」




嬉しそうに顔を綻ばせて、二枚三枚と葉書を取り出す。
この老人には、きっと彼からの手紙が心の支えなのだろうと思った。


一枚を手に取る。
仕事が上手く行っていること。
ちゃんと食べていること。
老人の身体を気遣う言葉。
そして、頑固で融通の利かない「良い仲間」の話。




「ディムロスさんと言うらしいが、最近二言目にはそれじゃよ。何より何より。」




老人の顔が明るくなった。
逆に、私の気持ちはどんよりと沈んでしまっていた。


そのディムロスが、この街をこうした悪魔の子供だと知ったらどうだろう。
この老人は、ノリスは、私をどれほど憎むのだろうか。
秘密を秘めた胸が、痛んだ。


葉書を返して、私は老人に別れを告げた。
そして、足早にそのノリスの家の跡へと向かった。
何も残っていない、その廃墟の一角へ。











足が重かった。
いや、体中が重かった。
行くのを拒んでいるかのように、足が上がらない。


雪が降ってきていた。
白く白く、視界を閉ざして染め上げていく。
何も、目に入らない。
世界中で、独りきりになった気分だった。


もう一度、夫妻の写真を見た。
笑っていたはずの二人は、私の手の中で悲しそうに目を伏せている。


中心部には、底の見えない穴があった。
そして、そこから僅かに南。
辛うじて残る、塀があった跡が見えた。


雪はどんどん降ってくる。
もうじき吹雪になるだろう。




「此処ですか?」




私は写真に尋ねた。
物言わぬ写真の二人は、なおも目を伏せている。


声が聞こえた。
地面の底から聞こえるような声。
悲しげで、恨めしげな声。




「返して。」




今度ははっきりと聞こえた。
地面の底に眠っている、二人の声。


私は、また写真を見た。
冷たい視線が、写真の中の二人から私へ注がれている。




「私達の幸せを返して。」




何も言えなかった。


全て、私が悪いのだ。
15年前、父を引き止められなかった私の所為。
あの時に引き止めれさえいれば、誰も何も失わずに済んだはずなのに・・・。


体中に響く声が、動く力をも奪っていた。
私は、ここの土になれば許されるのだろうか。
私は、此処で死ねば良いのだろうか。


耳を塞いだ。
しかし、声は頭の奥から、私の潜在意識が叫んでいるかのように響き続けた。




「あの子を、あの子を返して。」




稲妻のように、その言葉が私を撃った。
心の奥からの寒さにわなわなと震えつつ、私は地に崩れ落ちた。


私の肩を、頭を、雪が白く染め上げていく。
私の穢れを濯ぐかのように。
ゆっくりと、体温が奪われていくのを感じる。
手先の感覚が薄れてきた。




「それで良い。そうしなさい。」




二人の声はなお響く。
私は目を閉じた。


瞼の裏で、ノリスが私を見ていた。
最後だからだろうか、にっこりと笑った彼が初めて見えた。
彼は、見守るように私を見ている。


雪が強くなった。
横殴りの風が、柔らかな雪を凶器に変える。
肌を裂くような鋭い氷の粒が、骨の髄にまで冷気を滲み込ませた。




「さよなら。」




呟いて、溜息をつき、瞼を下ろす。


閉じた目から、零れた一粒が頬を伝って落ちていった。











「ディムロス。」




聞きなれた声。
心にそのまま触れるような、遠慮の無い声。


遠くから声が聞こえた。
死の間際、自分を呼ぶ声だなんて女々しい限りだ。
それも、きっと未練の所為だろうが彼の声だなんて。


また、涙が落ちた。
冷たい雪に、熱い雫が落ちていく。
新雪を叩くかのような、涙の粒。




「ディムロース、ディムロース、ディムロースッ。」




なおも、声が聞こえる。
いつも冷淡なあの男が、こんなに必死になるはずが無いだろう。
自分の頭の中で作ったにしても、馬鹿げている。


目を開けた。
雪原の向こうで、黒い人影が見える。
ついに、目まで可笑しくなったか。


まだ、私はその人影を見詰めていた。
だんだん大きくなっていく人影は、私の方に迫ってくる。
だんだんと輪郭も顔もハッキリしてくる。




「・・・・ディムロス。」




気がつけば、人影は目の前に居た。
地面に座り込んだ私を、見下ろすように立っている。


私は、目を擦った。
まだ彼は、居た。
その彼は、手を伸ばして私の手を取った。




「帰るぞ。」




幻だと思っていた彼は、私の手を取って起こそうと引き付ける。
しかし、私は動けかない、動けない。
この場所が、私の死を待っているかのように放さなかった。




「放せよ・・・。ノリス。」




「放す理由が、俺には無い。」




「私には、もう生きる理由が無い。」




ぼろぼろと涙が落ちた。
もう、止められない。
情けなく彼に縋って、私は泣き続けた。




「私の、私の所為だ。この街も、この戦争も・・・お前の両親も・・・・。」




ノリスは、私の胸倉を強引に掴んで引き上げた。
泣きし切る私を、彼はじっと見詰めて居た。
真っ直ぐで、澄んだ瞳に自分の酷い顔が映っていた。




「どういうことだ?」




感情の無い、彼の白い顔。
黒い真珠のような瞳が、飲み込むように暗い。
一瞬で、涙が止まった。


言わなければならないと思った。
死ぬ前に、私は彼に真実を知らせなければならない。
咳き込み咳き込み、私は彼を見詰めた。
そして、絞り出すように言葉を吐いた。




「・・・・私の父方の姓は・・・・・・ウォーラと、いう。」




沈黙。
そして切れ長の目が、見開かれた。
驚きの所為か彼の腕から力が抜けて、私は地面に下ろされた。
信じられないといった表情で、彼は私を見詰めている。
彼の本気の驚き顔を見るのは、初めてかも知れなかった。




「・・・トーマス=ウォー・・・・ラ?」




彼は言葉を失って、ぼんやりと私を見ていた。
いや、彼は私を通して父を見ていたのだろう。


昔の彼から、全てを奪った男。
今の彼の、最大の敵。
天上軍最強の男、トーマス=ウォーラ。




「15年前、父は天上軍へ身を投じた。そして・・・・。」




一対の墓石を見詰める。
彼らは戦火の渦に飲まれた、哀しい犠牲者。
そして、私の隣に佇むこの男も・・・・・・。


彼らを前に、私は生きているのが苦痛だった。
許されるならば、今すぐに此処で私の全てを消して欲しかった。




「お前を失うのが怖くて、私は 何も話せなかった。」




再びの、沈黙。
ノリスは沈痛な表情のまま、立ち尽くしていた。
肩に頭に降り積もる雪を気にもせずに。


私は、再び目を伏せた。
このまま、一緒に雪に埋もれてしまえば良いと思った。
そして、凍てつく氷の中で永遠の眠りにつく。
しかし、それすらも私は許されない身なのだ。

















鈍く、重い金属音。


私の頭上、彼の手元。
黒光りする鋼の筒が、私を静かに睨んでいた。


それはそれで悪くないと思った。
彼の手にかかるなら、何の後悔も無い。
私は、顔を上げて彼を見詰めた。
感情を抑えた表情に、漆黒の目が空ろに光っていた。





引鉄に指がかかる。
これで終わると思った。
これで、全て。














空気を切り裂くような、高い銃声。


吹雪が猛る白銀世界に一瞬の鮮やかな火花。














24連発地上軍制式拳銃が、弾倉を空にする勢いで火を噴き続けた。
















































真っ白な雪。


それを染めるはずの鮮血は・・・・・一滴も落ちなかった。





撃ち出された弾丸は、全て私の耳元を掠めて飛び去った。
私の後ろへ、私の背後へ・・・・・・。


そして、低い炸裂音。
私の背後で、炸裂音。


振り向いた。
そして、撃ち出され続ける銃弾を、その行き先を見た。
薄く雪の衣を纏った一対の墓石。
それが、それが、何発もの銃弾に穿たれ粉々に砕けていった。 




「ノッ、ノリス・・・・。」




私は正直、彼の気が触れたのだと思った。
そうでなければ、自分の両親の墓石にどうして引き金を引くだろう。
腰が抜けてしまっていた私は、ただそれをぼんやりと見詰めるだけだった。


墓石が根元から折れた。
しかし、なお銃弾は絶え間なく撃ち込まれる。




「止めろ・・・・止せよ・・・ノリス、ノリス・・・。」




砕ける石の轟音を聞きつつ、私は声にならない声を上げた。
止めようにも、腰が上がらない、手が伸びない。
ただ、ノリスは冷徹に引き金を引き続けていた。














銃声と共に、白い砂粒が舞う。
雪に混じったそれは、ぼんやりと輝きながら雪に落ちる。
最早、墓石は原型を留めていなかった。
小石と砂の小さな山は、吹雪に舞散り雪に埋もれ、その姿を消して行った。


煙立つ拳銃を持ったまま、彼はじっと私を見詰めている。
やがて、彼は手を開き銃を雪の中へ落とした。
焼けた銃身が、雪を溶かして微かな音を上げる。
軽くなった腕をだらりと垂らして彼は、ゆっくりと空を見上げた。




「これで、俺には何もなくなった。」




彼は一言、たった一言、空に呟いた。
ただの雪原と化した墓の跡。
向き直って、彼を見る。




「・・・・・・何故?」




彼が持っていた、両親の唯一の名残はもう無い。
自らの手で、彼はそれを消滅させた。


私の問いに、彼は答えなかった。
ただ、へたり込んでいた私に歩み寄り手を伸ばす。
それが、手を差し伸べる仕草だと私は気が付かなかった。


手を取らない私を、彼は困り顔で見詰める。
そして、少しだけ笑って強引に私の手を取って引き上げた。
腕を引かれ、急に立ち上がり、よろめいた私は彼の腕の中。 




「俺に残ったのは、お前だけだ。」




彼が、微かに微笑む。
状況が理解できないまま、冷えた身体を彼に預ける。
彼の胸は温かで、ひどく私を情けない男にさせる。


彼の過去を知り、決別すると決めた。
一人で静かに死のうと思った。
それなのに、なお私は彼から離れられないのだ。




「親も、故郷も、過去も、何も残っちゃいない。」




彼は少し間を置いて、私をぐっと抱き締めた。
その締め付けられる苦しさが、私に未練ばかりを募らせる。
彼には、もう何も無いのだ。
全ては戦争が奪った、いや、父と私とが奪ってしまった。




「俺にはお前だけだ。」




彼が微かな声で呟いた。
優しげで、静かな声とは対照的な、私を抱く強い力。
何故だろうか、また涙が流れた。
「私もだ」、そう言ってやりたかったのに、涙ばかり零れて声にならなかった。














彼だって、私と同じなのに。
それなのに、私は彼を置き去ろうとしてしまった。
私達に大事なのは、今お互いが居るということなのに。
罪の意識に負けそうになってしまった、私。


彼の背中に腕を回す。
私を守って、傷だらけな彼の体。
きつく抱き締めると、訳も無く気持ちが安らいだ。




「もう、何処にも行くな。」




彼の掠れた声。
私は、言葉が出なかった。
答えの代わりに、強く彼を抱き締めた。














このまま、降り積もる雪に埋もれてしまえば良いと思った。



























































あとがき

重い、長い。
こんな作品をお読みいただきありがとうございます。
書き始めは、五月の中頃からですね。
一作に一月もかけたのは初めてですよ。
その癖、出来上がりは胸を張れない出来ですが・・・。
次は、ロシアンルーレットの話。
王道でイクシャルの話にしましょうかね。



Thank you for reading.


BACK