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「少将。」 「ん?」 手を止めて振り向くと、彼は椅子の背凭れに身体をどっぷり預けて天井を見詰めていた。昨晩まで情報部三個小隊を指揮して輸送隊の護衛任務に当たり、疲労困憊の様子。ダーラナからヴェルムランドへの糧食輸送は我々・・・これが地上軍を指すのかリトラー派を指すのかは微妙な線だが・・・の生命線と言っても良い。天上の支援を受けたゲリラの攻撃や元老院派の妨害を掻い潜り、中央の部隊が自分の地域を行き来する事を喜ばない各地の部隊長と上手く折り合いを付けなくてはならない難しい任務だ。 「いえ、なんでもないです。」 瞼を下ろし、大きく息を吐く彼。その姿に何故か「大人になったな」と思わされた。確かに若いが、もう一人前の軍人と言って良い。今年で19になる彼はすっかり大人びて、最近親心からくる感慨が度々沸く。反地上軍の民兵と戦闘も何度かあったらしい。きっと辛い任務だったことだろう。労ってやれる言葉の少なさに戸惑う。 「良く、頑張ったね。」 「・・・ありがとうございます。」 顔だけがこちらを向いて、ハハッと力なく笑った。でも彼がその言葉を嬉しく思ったのは間違いなかった。基本的にいつもニコニコしている彼だけれど、本当に嬉しい時は案外控え目な笑顔を見せるのだと、長い付き合いの私は良く知っている。 「大変だったみたいだね。」 「いえ、ガルド中尉が助けてくれましたから。」 ガルドは情報部戦闘班の小隊長で、軍歴7年叩き上げのベテラン。腕に関しては何処へ出しても恥ずかしくない高いレベルを持っているものの少し気難しい男でもあり、シャルティエと組ませるのに若干不安もあった。 「ガルドが?本当に?」 「怒られたりもしましたけどね。」 今度はクスっと笑った。18歳にこんなことを言うのもアレだが、彼は可愛いと思う。初めて会った時は小さくて可愛かったのだけれど、今もそれとは別の意味で可愛い。 「でも、ガルド中尉のお説教、少将とそっくりなんですよ。」 「私と?」 「細かくて長くて理屈っぽい所とかが。」 「んんー。」 どうやら「細かくて長くて理屈っぽいお説教」を私はしているらしい。いつも、私にとっての家族である部下達の為に心を込めて話すようにしているだけに若干ショックだ。今度から少し短くしようか・・・。 「それで、何だか安心しました。」 「説教をされて?」 「ええ、少将の事を大切に思ってる人なんだなって思えて。」 「・・・・・。」 「少将の事を大事に思うのは僕も一緒ですから。」 気恥ずかしくなって目を逸らす。私が彼の事を良く知っているように、彼も私の事を良く知っていて、私がどんな事を言われると弱いかが良く分かっている。 「照れました?」 「照れてませんよ。」 「本当に?」 「本当です。大人をからかうもんじゃない。」 席を立ち、彼へ近付く。天を仰いで目を閉じている彼の頭へそっと触れた。サラサラの金髪が心地良い。彼は黙ったまま、気持ち良さそうに目を細めた。子供扱いを甘受しつつ、上手く甘やかされる辺りが油断できないな。 「子供扱い・・・。」 「まだ子供だろう?」 確かに18歳の子に対して可愛い、可愛いと言うのも考え物かもしれないが、少なくとも私はこれで良いと思う。幼い頃から戦場にいた彼は、なかなか子供扱いされて頭を撫でられるなんて事はなかっただろうし、これからもきっとあまり無い。だから、私が傍にいてあげられる時くらいは、と思う。 彼の体の緊張が、だんだんと抜けてきた。やっと身体が「仕事の終り」を認識したのだろう。18歳の薄っぺらい身体から少佐の重責がゆっくりと抜けていくような気がした。 「少将。」 「何だい?」 「泣いても、良いですか?」 「・・・・・・。」 「何でだか、涙が出そうなんです。」 急なことに驚く内に、彼の薄い手の甲が、目を覆った。何か眩しいものを目の前にしているかのような仕草だった。そこから、一筋、二筋と涙が零れていく。 「悲しい顔、しないで下さい。」 「ごめん。」 「それと、良かったらもっと、頭撫でて下さい。」 「分かったよ。」 「ねぇ、少将。」 「ん?」 「今、思ったんです。」 「うん。」 「少将を悲しませるかも知れませんけど、聞いてくれますか?」 私はどうにか笑顔を作って、「ああ」と低く答えた。勿論、涙を堪える準備も十分にして。私の涙を彼は喜ばないから。 僕、 人を殺してまで生きていて良かったと思えるの、 こうして少将と居る時だけなんです。 彼は隠れていない口元だけで、控えめに笑った。それが本当の笑顔だと分かっているだけに、余計に胸が苦しくなった。 「困ったね。」 「ええ、本当に。」 彼は心から笑っていたけれど、私は笑顔を作ることが精一杯だった。 彼はまだ18歳。生きる楽しみも悲しみもまだまだ味わっていないものが沢山あるはず。だから、彼が生きていて良かったと思えることを、これから沢山探していこう。絶対、絶対、私は彼の傍にいるから。 あとがき 当初の狙いがなんだったのか忘れてしまって、こういう終わり方になりました。ガルド中尉は高卒で軍に入って情報部の戦闘部隊に配属になった叩き上げです。軍歴七年ってことは、まだ25?若いじゃーん。あっ、しかも軍歴7年だとディムロスやノリスと同期って偶然が!!!士官学校卒業で入った二人は二つ上だもんね。うわー、何も考えてなかったわ。じゃ、ディムロスの話でもガルドについて言及しようかな?ちなみにフルネームはガルド・ゴア・ボーマン。 BACK |