| ・・・・エックシュン 地上軍本部基地にクシャミの音が高く響く。 季節は冬。 今年も残すところあと、30分。 年末ののんびりした空気も、新年の喜びも、お預けで彼は軍務についていた。 夜の警備の当番は、大晦日でも元旦でも関係なく回ってくる。 「あと30分・・・・か。」 暖房も余り効かない司令部に独り。 イクティノス=マイナードはイスに腰掛け、時計を眺めている。 彼の割り当てはあと30分。 つまり、この司令部で一人年越しと言う訳だ。 目を閉じて耳を澄ます。 しんしんと降る雪、寒々しい隙間風。 冬の音が聞こえる。 それにしても、静かだ。 緊張感や物々しさの欠片も無い。 「ふあぁ〜あ。」 イクティノスは身体を背もたれへ投げ出した。 部下が居れば出来ないようなだらしの無い格好も、独りでいるとしてしまう。 ダメじゃないかと言う声が心の中から聞こえなくも無い。 しかし、気持ちが一端緩んでしまった以上無駄である。 目を開けて、視線を天井に泳がせる。 この天井が無ければ、厚い雪雲の上にダイクロフトが見えるだろうか。 「天上でも、年越しの警備当番がこうしてるんだろうな。・・・気の毒に。」 などと、どうでもいい事を考えてみたり。 次に浮かんだのは休暇の事。 正月の休みはどう過ごそうか、そもそも休みは貰えるのだろうか。 休暇返上を宣言し、部下に頭を下げるリトラー司令の姿が、瞼に浮かぶ。 フフッ 我ながら馬鹿な事ばかりを考えているなぁ、と笑って欠伸を一つ。 心なしか瞼が重くなってきた。 流石に居眠りは・・・と頭の片隅で声が聞こえるが、どんどん遠のいていく。 自然と瞼が落ち、首がカクッと落ちる。 姿勢を直す事も無く、彼はそのまま机に突っ伏した。 数秒後には、遠く彼方へ彼の意識は飛んでいった・・・・ 風薫る草原に、一人横になっているイクティノス。 空にはいくつかの千切れ雲。 柔らかな日差しが大地を優しく照らし、全てが暖かい。 「・・・ティノス、・・・クティノス少将・・・。」 誰かが彼を呼んでいる。 しかし、聞こえているのかいないのか、彼は反応を示さない。 「・・・・もう、仕方がないですねぇ。じゃあ・・・・。」 どうやら、声の主は痺れを切らしたらしい。 何やら言っているようだが、夢の中には聞こえてこない。 イクティノスは夢の中で、暫しの日向ぼっこを楽しんでいる。 ・・・・・むにゅ・・・・ 温かく柔らかな感触が頬に伝わった。 (・・・・・えっ・・・むにゅ?) 夢の中のイクティノスも異変に気付きだした。 ・・・・チュッ・・・・ 聞き覚えのある音と共に、唇に感触が移る。 微かな温かさが、唇から伝わってくる。 (なっ・・・・!!!!!!) 非常事態をやっと認識したイクティノスは、慌てて眼を開け、起き上がった。 自分の席から逃げるように離れ、寝ボケ眼を擦る。 ゼエゼエと息切れをしながら、元居た場所を睨みつける。 そこには、見慣れた紫色の髪の青年が笑っていた。 「おはよう、イクティノス少将。」 一層ニコリと笑って、カーレル=ベルセリオスは紫色の頭を掻いた。 恐らく、何の悪気も無いのだろう。 しかし、悪気は無いで済む事ではない。なにしろ寝首を掻かれたのだ。 「中将、何をしているんですかっ。」 キスマークの付いた頬と、感触の残る唇とを交互に拭う。 この独特の甘い感触は抜けようも無い。 イクティノスは眉間に皺を寄せて、カーレルを睨み付けた。 未だに心臓は早鐘を打ち、息も整わない。 「いや・・・貴方があまりにも無防備に眠っていたもので・・・。」 イクティノスの怒りも気に留めず、ニコニコと笑うカーレル。 大きく一つ溜息をつき、イクティノスはイスに腰を下ろす。 カーレルもその膨れっ面を眺めながら、隣に腰掛ける。 「で、何でこんな所にいるんです?」 「いや、警備の順番が次だからね。少し早かったかな。」 時計を見ると、まだ11時40分。 つまり彼が寝ていたのは、たった10分というわけだ。 たった10分寝ていた所為で、寝首を掻かれてしまったのだ。 頭を抱え、内心でぼやくイクティノス。 カーレルは、不思議そうにそんな彼の様子を見ていたが、不意に言葉を発した。 「あっ、そういうわけで。もう交代だから暖かい部屋に戻って、ゆっくり休んでください。」 「・・・はっ?」 突然の一言に彼は思わず訊き返してしまった。 警備当番を20分も早く交代など訊いた事が無い。 気を取り直して、イクティノスは口を開く。 「いいえ、まだ私の仕事は終わっていませんので、戻れません。中将がお帰りになって下さい。」 目覚めが悪かった所為で、いつもより余計に刺がある言い方になっている。 それにも動じずカーレルは楽しそうに微笑んだ。 「はいはい。じゃあ、私とここで年を越せば気が済むのかい?」 「ですから、そうでは・・・・・いや、もう良いです。」 イクティノスは話しているだけで疲れてしまった。 この10も年下の上官が腹立たしいような、 その上官に良いように遊ばれている自分自身が情け無いような気もする。 しかし、どう頑張っても彼と話している限りは自分のペースに出来ない。 いつの間にか彼のペースに巻き込まれて、適当に丸め込まれてしまう。 「じゃあ、一緒に年を越すとしましょう。」 そんな思いを知ってか知らずか、満足げなカーレル。 彼はいつでも楽しげで、それが一層イクティノスを苛々させる。 「・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・」 会話が途切れ、沈黙が流れる。 相変わらずニコニコとしているカーレルの横顔を、イクティノスは訝しげに見つめていた。 良く喋るこの人が黙っているのは珍しい。 「中将、何故黙っていらっしゃるのですか?」 「おしゃべりしたいですか?」 嬉しそうに振り向くカーレル。 イクティノスは肩をすくめ、プイとそっぽを向いてしまった。 もう一つ溜息をつき、そのまま黙る。 チッ チッ チッ チッ チッ・・・カチッ 妙な雰囲気の沈黙の中で、壁にかかった時計が午前零時を告げる。 遠くから、聞き覚えのある鐘の音が微かに聞こえた。 「おめでとう。」 カーレルがポツリと口にする。 イクティノスは、何がめでたいものかと思いつつも、振り向きつつ返す。 「はい、おめでとうござ・・・。」 ・・・・チュッ・・・・ 振り向いた先には、最大限にアップされたカーレルの顔。 思考回路が完璧にストップするぐらいのショックと共に、イクティノスは新年を迎えた。 「どうもごちそうさま。」 カーレルの笑い声だけが、静かに新年を迎えた地上軍基地に響く。 あとがき これの少将は結構可愛いと思います。 実は、軽い系では割とお気に入り。 ま、軽いノリの作品が少ないからね。(笑) 加筆修正日 2005/11/20 |