・・・第六章・・・


「はじめまして。」


彼は、返り血で血塗れの顔を拭いもせずにその男に頭を下げた。
血の跳んだアメジストの髪が揺れる。
男は無表情だった顔を、微かに綻ばせる。
彼から懐かしい匂いを感じ取った。



彼の後ろからもう一人、青髪の青年が無言で立っている。
20数年前に一度会ったきりの幼子。
それが随分大きくなったと、男は笑う。


「リトラーの養い子とウォーラの息子か・・・。」


男・・・ミクトランは奇妙な縁に可笑しさがこみ上げた。
自分に最も近しい二人の男の跡継ぎが、自分を殺しに来たのだから。
ただ、易々と殺される気は無かった。
彼とて、背負うものがある。


「元連邦軍参謀本部戦略部長、ミクトラン少将とお見受けする。」


ウォーラの息子が母親似だと言う、大きな瞳を此方に向けた。
ミクトランは少し気持ちが軽くなった。
自分の犠牲になったこの子供が、立派に育ったようだったから。



ミクトランは答えなかった。
何か喋れば、互いの剣が鈍る。
それほどに、彼らとミクトランは近い仲だった。


「紫の君・・・。」


ただ一つ、気になることがあって、ミクトランは口を開いた。
青年は、間髪入れずに「地上軍参謀総長、中将 カーレル=ベルセリオス」と名乗る。
その声の落ち着きが、何だか妙に寂しかった。


「ベルセリオス中将、君は何故リトラーに?」


カーレルが答えるのを待たず、青髪の青年・・・ディムロスは剣を構えた。
それを、カーレルが振り向かずに制する。
紫水晶の眼が、ミクトランを見詰めて放さなかった。


「盗賊に襲われ両親は亡くなりました。」


「孤児か・・・」とミクトランは呟いた。
やっていることは、互いに変わらないなと、つくづく思う。
自分とて、ドレークを始め、多くの孤児を幹部として育ててきた。



ゆっくりとミクトランは腰を上げる。
薄く笑う目が、氷のように冷たくも、焔のように熱くも思えた。



二人は改めて剣を構えた。
それに動じず、ミクトランはただ立っていた。
20年の時を噛み締めながら。


「ミクトラン陛下、剣を。」


カーレルが冷たく言う。
リトラーを愛して止まないだろう彼に、ミクトランは自分と同じ匂いを感じた。
きっと自分が彼でも、同じように機械になるに違いない。



感情を持たない機械に徹すれば、縁も情も無い。
そこで感情を出せば、ただの人になる。
ただの人に、近しい者は斬れない。


「分かった。」


瞼を下ろし、ほんの数秒ミクトランは止まった。
そして、傍らの剣を取る。
今まで多くの古い仲間や、地上の民の血を吸ってきた剣。
それは、昔リトラーと揃いで買ったものだった。



二人は気がつかなかった。
リトラーは20年来その剣を人目に晒したことが無かったから。


「来なさい。」


落ち着いた声。
しかし、それは天上王としてのではなく、彼らの近しい者としての声だった。



彼は全て覚悟の上だった。
近しいものを手に掛ける事も、近しいものの手に掛かる事も。
だからこそ、静かな気持ちで戦いに臨める。
勝っても負けても、彼に思い残すことは無い。






「さようなら。」



裂帛の気合と共にぶつかり合う剣の中、そう呟いたのは誰だっただろう。

火花散り、鎬を削り、血が舞い飛ぶ戦場の中心。
そこで聞こえた別れの言葉は、或いは戦場の声だったかもしれない。







時は流れ、動き、飛沫を上げる。


流れが別れる、時の狭間はもうすぐ傍まで迫っていた


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