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夜道 (或いは、人の神経を逆撫でする手っ取り早い方法) 僕は夜道が嫌いだ。 暗闇から得体の知れない物が飛び出してくるのではないかと、想像力が無駄に働いてしまって恐ろしくなる。僕は恐ろしいものを想像する能力にだけは不足を感じたことがない。 自分の想像の中の奇怪な物達に比べたら、銃を持った強盗や天上の工作員の方がずっと良い。僕には彼らは姿が見えるし、僕は彼らのことをとても良く知っているし。 「今、何時かな?」 「23時を回りました。」 「遅くなってしまいましたね。」 今日の僕の役目は、この人の護衛。お茶汲みから報告書の作成から作戦の立案から部隊の指揮まで、何でも僕にやらせようとする上官が言い付けた仕事。 「やはり送っていただいた方が良かったのでは?」 「大掛かりになるのは苦手でね。」 「僕は夜道をこうして少人数で歩くのが苦手です。」 僕が言い返したのが可笑しかったのか、地上軍参謀総長カーレル・ベルセリオスは口角を上げた。 「ああいう連中には少し強がって見せるくらいが良いんです。」 「そういうものですか。」 「政治と経済は見栄の世界ですからね。」 政治と経済。なるほど、今日の会食の相手はハンゼ地区商工会の幹部達だった。彼らは護衛を付けた派手な自動車での送迎を申し出たが、彼はそれを丁寧に断った。 「僕は貴方が見栄を張らない方が楽でしたけれど。」 「優秀な護衛に楽をさせる、というのは非効率では?」 参謀畑の人は、将兵を工場機械か何かのように考える節がある。勿体無いから出来る限り無駄なく沢山働かせようとする。あまり人間的な扱いとは言えない。尤も前線の兵士を人間的に扱おうとしたら戦争なんて出来ないけれど。 「これだから参謀は、という顔をしているね。」 「暗いのに良く見えますね。」 「見たくないものまで見えるから面倒かな。」 「見て見ぬ振りは苦手そうですからね。」 「でも、役に立つこともある。」 そう言いながら、彼が暗い細い道の先へ視線をやった。僕にもそれは見えた。暗い夜道を歩くには余りに堅気っぽい格好の二人組が何食わぬ顔で歩いている。 「少し怪しいくらいが目立たないんですけどね。」 「そうだね。」 僕と彼とはそのままの会話を続けて、二人組が視界に入っていないかのような態度で歩みを進めた。10m、5m、1m。すれ違う。僕は少しだけ顔に返り血を浴びた。背後で人間が二人倒れる音がした。 「大した腕ですね。」 「この世界も長いので。」 ささやかに僕を賞賛したっきり、彼はこの話題に触れなかったし、振り向きもしなかった。一瞬の惨劇に少しも動揺した様子がない。 「落ち着いているんですね。」 「血も涙もないのが数少ない自慢で。」 彼は冗談を言ったらしい。冗談に聞こえなくて、僕は少し引き吊った笑顔を浮かべた。夜目の利く彼にはそれが良く見えたことだろう。僕が顔に飛んだ血飛沫をハンカチで拭って、剣を鞘に収めたら、僕と彼とに惨劇の痕跡は少しも見当たらなくなった。 「こういう小冒険がお望みだったんですか?」 「参謀総長は豪胆だという噂を広めたい訳ではないよ。」 「でしたら、何故?」 彼は僕の問に足を止めて、顎に手を当てるわざとらしいポーズで答えを考えた。或いは、考えたふりをした。 彼がそのままの姿勢でこちらを見る。それからすぐ、空いていた右手が素早くポケットに動き、僕の頭に銃口を突き付けていた。そのスピードは意外と馬鹿に出来ないものだったけれど、僕は全く動かなかった。 「素人とは遊ばない主義なのかな?」 「誰であれ遊びには付き合わない主義なんです。」 「職業軍人の鑑だね。」 真面目くさった顔でそう言って、彼は38口径の小型拳銃をクルクルと指先で回してからポケットにしまった。カウボーイ映画の見過ぎだと僕は思った。 「一度、君とちゃんと話をしてみたかったんだ。」 なるほど、試されたか。あまり自分の力を試されるのは好きではない。馬鹿にされたり侮られたりするのは嫌だし、有能扱いされるのも面倒が多いだけだ。ただ、侮られている方が安全だから僕はどちらかと言うと前者の方が好きだ。 「そのために夜の散歩を?」 「君は堅苦しい場では無口だと聞いたから。」 いまひとつ、彼の意図が掴めなかった。元天上軍少年兵で、彼とは対立することもある情報部出身。彼が僕に対して良い感情を持っていないのは良く分かっている。 「警戒しないで欲しいな。」 「それは難しいですね。」 僕は得体の知れないものが苦手だ。彼は何を考えているのか分からない。だから、僕は恐ろしくなる。さっきすれ違った連中の方がずっと付き合いやすい。 「貴方は僕のことを嫌っているのでは?」 「はっきりした物の言い方をするんだね。」 「小心者は時に攻撃的になるものですから。」 暗闇でも彼の笑ったのが分かった。弱い光で白い歯が見えた。 「ハロルドが気に入る訳だ。」 「そうは思えない扱いが多いんですけどね。」 「例えば?」 「この状況。」 ハロルド中佐は彼が僕を嫌っているのを知っている。それでいて、護衛のために僕を貸し出したのだから、あまり良い扱いをされているとは思えない。 「ハロルドはリンゴが好きでね。」 「はい?」 「昔から好きなんだ、あの子は。私は少し苦手だったけれど。」 「何の話です?」 「聞いていれば分かるよ。」 急にリンゴの話を始めた。リンゴと言うのは、僕が知る限りバラ科の、木に成っている果物なのだけれど。 「彼は自分が好きなものを私も好きでないと気に入らないらしくてね。」 「食べさせられたんですか?」 「毎日ね。最初の一週間は最悪だった。」 彼はハロルド中佐がどんな手で自分にリンゴを食べさせようとしたのかを話してくれた。顔は良く見えなかったけれど、彼の雰囲気は優しくなっていた。訳が分からないのはさっきと変わらないけれど。 「それで、どうにかしてリンゴ嫌いは克服出来た。」 「で、その話と僕と何の関係が?」 「君は案外察しが悪いんだね。」 「答えを求めているのに先延ばしにされるのはストレスです。」 「つまり、君がリンゴだということだよ。」 「はい?」 勿論、僕はリンゴではない。 「あの子は君を気に入ってるんだ。」 「なる、ほど?」 「君は案外理解が悪いんだね。」 「案外、と言われると余計に腹が立つのが不思議です。」 彼が優しい雰囲気のままで、嬉しそうに笑った。 「私はまだ、君のことが好きにはなれないが。」 「はっきり言って頂かなくても分かります。」 「あの子は、君を信用しているようだから。」 「まだ実感出来ませんけどね。」 彼が少し話す度に、口を挟む。黙って聞いていると調子が狂うのだ。僕は褒められ慣れていないし、好意を示され慣れていないから。 「弟のこと、宜しく頼みます。」 僕の方も勿論、未だ彼のことが好きか嫌いかで言えば迷いなく嫌いを選べるくらいだし、いちいち人を苛立たせたがるところなんかは人格的欠陥だと思うけれど、それでも。 「案外、良いお兄さんなんですね。」 そんな言葉が自然と出た。案外のところをきっちり強調してしまったのは、もう僕の人格的欠陥だから諦めるしかない。彼は、その言葉を口にした僕を、じっと見ていた。 「確かに『案外』というのは良い気分がしないね。」 たっぷり間をとってから口を開いた彼からは、相変わらず感情の動きが感じられなかったけれど、でも、前ほど嫌な感じはしなかった。 僕達は初めての共感を得た。 あとがき 昨日日本中で生まれたであろう「良い兄さん」の中で、かなり上位に食い込む性格が悪い兄さんかもしれない。笑 仲の良さそうな応酬というのは結構書きますけど、仲の悪そうな応酬というのは難しいですね。二人共頭良いキャラなので丁々発止って感じにしたかった。 24日は「良い父子の日」らしいので、これも考えようと思います。リトカーか?カーレルはリトラーの前だと猫被り(いや、あっちが素なのかも)なので、全然違う感じになると思う。 BACK |