節約上手



「中将。」



呆れた声。
困ったような笑顔。
見下ろす瞳。



「まだ一週間です。」



壁に貼ったA4の紙を指差すイクティノス。
禁煙/No smoking /Kein Rauchen/Aucun tabagisme
四ヶ国語で書かれた喫煙休止宣言。



「あっ、一週間も経つんですねぇ。」



我ながら頑張った、と笑うカーレル。
そして、手に持った煙草を悪びれずに銜えた。
冷たい視線が、その口元に注がれる。



「ダメ?」



「甘えてもダメです。」



上目遣いに見詰めるカーレルに厳しい一言。
腰に手を当てて仁王立ちするイクティノスへ彼はちらりと舌を出す。



「少将も吸ってたんでしょう?」



「昔はね。」



「良く止められましたね。」



銜えた煙草を手に持ち直して眺める。
どうやら、簡単には離れてくれないらしいそれを睨みながら、カーレルは呟いた。
その様子に溜息を一つ吐きながら、イクティノスは答えた。



「子供が来ましたからね。」



「あー、なるほど。」



「仕方ないですからね。」



ふーん、とカーレルは頷きながら指先で煙草を回す。
ペン回しと同じ原理で、彼が考え事をする時の癖だ。



「ちょっと妬くな。」



「はぁ?」



「あの子の為に煙草を止めたんだなぁ、と思うと妬くでしょ。」



「知りませんよ。」



眉間に皺を寄せるイクティノス。
それを見上げて、カーレルはくすくすと笑った。
その様子に、ますますイクティノスの眉間の皺が深くなる。



「皺出来ますよ。」



「ほっといてください。」



「ほっとけないなぁ。」



いつも通りの二人の光景。
結局また彼のペースに嵌っているな、とイクティノスは思う。
しかし、この感じが嫌いではないのだから重症だ。



「どうして急に煙草止めろって?」



「昔から言ってます。」



「吸い始めたのは16の時ですよ。」



「私が知ったのは21の時です。」



ん、とカーレルが思案する。
21の時、どうして煙草を吸ってるのが彼に知れたのか。
記憶を手繰って、ある出来事に思い当たる。



「キスしてばれたんだっけ?」



「・・・・・どうでも良い事憶えてるんだから。」



「初めてのキスの感想が『煙草で苦い』でしょ?憶えてますよ。」



「・・・・アレは初めてじゃないでしょ。」



「えっ?」



「昇進祝いの日に無理やりされた。」



「あー、したした。」



良く憶えてるもんだ、と感心しつつカーレルは笑った。
そして、さっきからずっと立ちっぱなしのイクティノスに隣を勧める。



「こっちどうぞ。」



「こっちで。」



カーレルが指差す先は、ベッドの上のカーレルの隣。
イクティノスが座った先は、少し離れた椅子の上。
その可愛げの無い様子にカーレルは思わず苦笑する。



「ガード固いね。」



「昼間から馬鹿な真似できません。」



「はいはい、夜まで待ちますよ。」



「そういう・・・。」



「嫌?」



「別に。独り寝は寒いですから。」



少しだけ目を逸らして、手持ち無沙汰な両手を組む。
こういう仕草が可愛いな、とカーレルはいつも思うのだ。
微妙に積極的で、微妙に固いガード、それが惹き付けて止まない。



「じゃ、少将が居る間は吸いませんよ。」



「そういう問題じゃ・・・。」



「24時間一緒にいてくれれば、禁煙します。」



冗談めかした台詞。
目だけは真剣に、イクティノスを見詰めている。
ゾクリと背筋に電流が走る。
腰が砕けそうな、カーレルの視線。



「良い顔するなぁ。」



「怒りますよ。」



「怒った顔も好きですよ。」



「・・・・・。」



何処まで冗談で、何処まで本気なのか。
時々、本気なんじゃないかと思って眩暈がしてしまう。


もしこんな男に本気で好きだと言われたら、誰でも一度で惚れてしまう。
イクティノスはそう思うのだ。
しかし、その時点で相当惚れ込んでいることには気付かない。



「どうして、急に禁煙しろって?」



「急にじゃないですよ。」



「8日前は言わなかった。」



「・・・・・一本で14分。」



「はい?」



「一本で14分寿命が・・・縮む、とか。」



「聞いたんですか?一週間前に。」



うん、と頷くイクティノス。
少しはにかんだ様子のその姿に、カーレルは心が乱される。
三十過ぎの癖に、どうしてこんなに愛らしいのだろう。



「ですから、止めた方が良いかなぁ・・・と。」



「これで、14分か・・・。」



「ええ、だから・・・。」



「じゃあ、14分は得したわけですよね。」



カーレルは先ほどから火を点けられずにいる一本を回した。
そして、ニッコリと微笑むと煙草を屑籠に投げ捨てた。


その放物線を目で追うイクティノス。
ふと視線を戻すと、いつの間にか目の前にカーレルが立っている。
驚く間もないうちに、イクティノスは肩を掴まれていた。



「えっ、ちょっと、中将!?」



「とりあえず14分、使いません?」



「使うって・・・えっ、何?」



パニくるイクティノスを笑顔で椅子から立たせ、カーレルはニッコリ笑う。
肩はしっかりと掴まれて、いつの間にか密着状態。


碌な抵抗も出来ないうちに、カーレルはしっかり抱きすくめる。
もう表情から笑顔は消えていて、真っ直ぐな視線をイクティノスへ投げている。
そして、ゆっくりと近づく唇。



「あっ、あの、ちゅうじょ・・・。」



「黙って下さい。」



優しく重なる唇。
混ざり合う吐息と唾液。
潤んだ瞳がカーレルを見詰める。


いつも通りの筈の口付けは、何故か不思議と新鮮で。
あんなに苦かった筈の口付けは、驚くほどに甘かった。


禁煙させて良かったかも。

ちゃんと禁煙しようかな。


そんな二人の思いが渦巻き、
ゆっくり時が過ぎて行く。




14分は案外長い。























あとがき

会話だけだと楽。
ものぐさはいけないね。
以後気をつけます。
とりあえず、何か事件が無いとねー。
誰か悪い人に犯されれば良いと思うんだけどねー。(ひどい)
受け気質な私には、受けを苛めるなんて無理なのですよ。
誰かリクしてくれれば頑張るんだけどなー。
あっ、久々に裏物書こうかな。


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