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「少佐、師団司令部より入電しました。」 「読んで貰えますか?」 「円匙ヲ磨クベシ、です。暗号ですか?」 「ま、そんなようなものですね。」 意味が分からなかった様子の若い通信兵に苦笑いしながら席に戻る。今回は何もせず、連隊の指揮所に座っているだけで作戦が終わった。念の為の後詰として置かれていた訳だが、結局はお声は掛からず仕舞い。こういう楽な仕事は大歓迎だ、少なくとも僕個人としては。 「何て?」 「帰ってスコップでも磨いてろ、だそうです。」 「・・・・・・ちっ。」 声が聞こえてきそうなノリス大佐らしい電文で僕としては面白いのだが、彼は笑って済ませられない様子。僕がクスクス笑っているせいもあるだろうか?表情から苛立ちが隠せていない。その後、送られてきた詳細な記録も読み上げるが彼は聞く素振りもなく、指揮所を出てしまった。 「帰りますか?」 「帰れって言われて帰れるか。後片付けに出るぞ。」 彼の天才的思考は僕などの予想の遥か上を行くのだが、行動に関しては結構パターン化していて読み易い。彼が出たがる事も考えて、一個大隊を残して後の部隊には退く準備を始めさせている。 「第一大隊が出られます。」 既に準備が出来ている事を告げるとわざわざ聞こえるように舌打ちされた。どん臭いのが嫌いなくせに、先読みして準備をしていても不機嫌になる。困ったものだと思う反面、予想が外れていなかったことに満足感を覚えた。 僕は参謀本部から派遣されて彼の下に付いている幕僚に過ぎない。だから隊への命令権なんて実際はないのだけれど、その点に関して彼が咎める事はない。最低限の指示しか出さない彼に代わって僕が指揮を執っている事もあるぐらいだ。 「小隊ごとにトーチカと地雷処理に当たらせろ。」 「了解です。僕は?」 「お前は俺と来るんだよ。」 普通は参謀が助言しつつ隊長が命令するものなのだけれど、僕と彼の関係において普通は存在し得ない。各大隊長に命令を伝えるのも、細かい部分を詰めるのも、彼のお供をして前線に出るのも全て僕の役目だ。頼りにされていると言えば聞こえは良いが、こき使われていると言う方が実態に即しているような・・・。 まだ砲弾の煙が上がっていたり、生々しい死体が転がっていたりと、出来たての制圧地域は銃弾が飛び交っていないことを除いて戦場と大差なく、戦闘に参加していないクールな頭で見回すから普段よりも余計に凄惨な光景だった。 「おう、来たのか。」 スコップでも磨いてろと命令した当人、つまりノリス大佐は大した反応もなく僕らを迎えた。一列に並 んで歩く捕虜達の傍らで名簿を確認していた彼は、隣にいた将校に作業を任せてこちらに歩み寄ってきた。 「ぴかぴかにしたスコップでも見せに来たか?」 「お前に踏まれる地雷が気の毒で回収に来たんだ。」 「天才ハロルド=ベルセリオスに踏まれたら地雷もさぞ本望だろうな。」 この二人は顔を合わせる度にこう。言葉の波長が合っているのか、妙にテンポ良く悪態を吐き合うことになる。その癖、数分もすれば言った事も言われた事も全部忘れてしまうような人達だから後腐れが無くて良い。 「ま、せいぜい砂遊びでもしていってくれ。」 「お前の墓穴掘っといてやるよ。行くぞ、シャルティエ。」 中指でも立てそうな勢いで吐き捨てて彼は踵を返す。何だかんだ言って彼らは仲が良いんだと僕は思う。だって 、あんなに彼がお喋りになる所はそうそうお目にかかれないのだから。 「中佐と喧嘩するなんてノリス大佐ぐらいですよね。」 「あんな不良が何人もいてたまるか。」 「僕が知る限りでは二人・・・。」 「あん?」 「いえいえ。」 睨まれて目を逸らすと、彼の部下達が塹壕の向こうで地雷原の処理をしていた。地雷が済んだら鉄条網を除去して、塹壕を埋めて、トーチカを潰して、テキパキと戦場を更地に戻していく彼らを見ていて、戦いの爪痕を消していくことも戦争のプロの務めなんだなと感じさせられた。 「どうしました?」 余所見をしているうちに彼が塹壕に飛び降りていた。慌てて後を追っておりると火炎放射器で焦げた土がパラパラと落ちる。彼は塹壕の底に屈み込んでいて、何事かと覗き込むと覚えのある嫌な臭いが鼻を突いた。肉の焼けた臭い、それも人間の肉のものに違いなかった。 「敵兵ですか?」 「ああ。」 一目には焼けた肉の塊と化していたものの、その兵士は微かに息があるようで弱い呼吸に伴って灰が動いていた。この距離でも死体と見間違えそうなのに良く気付いたものだと感心させられる。彼は見えているかも怪しい敵兵士の目に手を翳し、そっと瞼を下ろしてやった。 「良く生きた。」 彼の優しい声に弱い呼吸がより穏やかになっていった。時間がゆっくりと流れ、穴を埋める音、鉄条網を切る音、瓦礫を除去する音、それらの喧騒が遠く感じられ、その微かな呼吸音だけが不思議と耳に届くようになっていた。彼は銃を抜いて、そっと兵士のこめかみに当てた。銀色に光る小さな拳銃だった。 僕は思わず、目を閉じた。その光景がとても神聖なものに感じたけれど、他に敬意を表する方法を知らなかったから。銃声がした。僕は戦場経験が長いが、いや長いからこそ銃声は好きではない。それでも、何だか妙に心に響く音に感じられた。 「行くぞ。」 感傷に浸ることも無く、彼はその場を後にした。彼を追って塹壕から上がると腰に吊られた彼の拳銃に目が行った。さっき使っていた32口径の小型拳銃で、改めて考えると前線好きな彼の持ち物には相応しくないように思われた。 「もっと威力がある奴、使わないんですか?」 「あんなことにしか使わないんだから必要ないだろ?」 確かに、死ぬ往く兵士を安らかに送ってやるだけなら、それくらいのものの方が適切かもしれない。45口径で頭を吹き飛ばす必要なんてないのだから。しかし、状況に寄ってはそうもいかないだろう。 「でも、もしもの時はどうするんです?」 「もしもの時?」 「敵の残党が、とか。」 僕の言葉に若干失望したらしく、彼は溜息を吐いて肩を竦める。真面目に聞いているつもりなのにその反応は少し心外で思わず眉を顰めた。しかし、僕の表情を見た彼は何故だか急に笑い出して、笑いを抑えようと二三度咳払いをしてから口を開いた。 「その為の、お前だろ?」 これは一本取られたと苦笑いするしかないが気持ちとしては清々しくて、何だやっぱり案外頼りにされているじゃないかと少し自惚れたりしながら僕は頭を掻いた。 「・・・・・・そうでしたね。」 あとがき ハロ+シャルの仲良し話。 ハロ的には部活の後輩みたいな感じでしょうか?先輩風を吹かせつつも後輩の手腕をきちんと見抜いて世話になっている辺り、ハロ君もなかなかの人です。 ノリスとハロルドの口喧嘩はいつかやりたかったネタ。仕事中もバシバシ溜め口で言いたい事を言うのが二人の持ち味なので。一面的にはノリスとハロルドは似てるけど、シャルティエはハロルドの方が付き合いやすそうだな。抜け目無いタイプのシャルティエは部分的に隙があるハロルドと合ってると思う。 BACK |