排莢不良

昼休み。書類仕事に区切りをつけて、部下に少し外出することを告げる。昼食を抜くことに対して罪悪感に似たものを覚えたが、医者の不養生という言葉もあると自分を正当化した。

「どちらへ?」
「気晴らしに。」

付き合いの短い若い医官は怪訝な顔をして私を見送った。古参の下士官が呆れ顔で彼に耳打ちをしていたのが視野の端に見えたが、特に気にしなかった。

途中で食堂に寄って豆乳を貰った。栄養価が高い上に牛乳よりも管理が容易だということで導入を勧めたのだが、動機の三割は自分のためだった。まぁ、これくらいなら職権乱用とまではいかないだろう。

豆乳を飲み干すと、昼食を抜くことへの罪悪感が多少軽減された気がした。医者の自分が言うのも良くないが、そういう気になるということは大事なことだ。

そんなことを考えているうちに目的の場所に辿り着いた。ドアのプレートには「射撃場」と仰々しく書かれていた。身分証を見せると、窓口の下士官は既に用意していたらしい私の銃を差し出した。彼はなかなか気が利く。

「ありがとう、ジョン。」
「弾は何発ほど?」
「取り敢えず30発お願い。」

ジョン・ヘンドリックス軍曹は五発入りのクリップ六個とサンドイッチを差し出した。なるほど、比較的安全な後方にあって昼食を抜くことは許されないらしい。軍曹の好意を私はありがたく受け取った。

「お忙しいでしょうに熱心ですねぇ。」
「半端な射撃で向こうの同業者の手を煩わせたくないじゃない。」
「軍医の鑑ですね。」
「ありがとう。」

彼の声色は呆れとも賞賛ともつかないものだったが、万事において前向きな思考の私は褒められたと解釈した。サンドイッチを齧る。炒り卵とレタスが入っていた。

半端に急所を外している銃創というのは面倒臭い。時間があれば助けられるが、大体は数が多すぎて手が間に合わずに死ぬことになる。だったら、最初から急所に当てて仕留めてくれた方が良いのだ。

「誰かいるの?」
「ええ。」

彼とどうでも良い話をしながら手続きをこなしている間に銃声が聞こえてきた。一発目が聞こえた時は、こんな時間に来るような人間が他にもいたのか、と驚いたが、二発目三発目と進むに連れて射撃間隔の長さに苛立ちを覚え始めた。余程じっくり狙う奴か、ボルトアクションの操作が下手な奴に違いない。私はそのどちらも好きではなかった。

「誰?」
「ベルセリオス中佐です。」
「あぁ。」
「最近良く来られます。」
「へー。あ、美味しかった。ありがとう。」

彼の名を聞いて私の心中には若干のざわつきが生じたが、それは表情には出さなかった。空になったお皿を返して、息を静かに大きく吸って射撃場に足を踏み入れた。









高い銃声が射撃場に響いた。扉一枚を隔てて聞いていた時よりも銃声の特徴が際立つように感じられた。歩兵部隊で広く使われているシリウス社のL10ライフルだろう。的には20発程の命中があったが着弾点はバラバラだった。射手の集中力に難があるのが良く分かる。

「相変わらず下手ね。」

私は思った通りにそう呟いた。呟いた、というには声が大きかったかもしれない。苛立ちを感じさせる舌打ちに続いて、一発の銃声。放たれた弾丸は的の中心を大きく逸れていた。

「そういう時ぐらいは当てないと格好つかないんじゃない?」

伏射の姿勢を取っている彼のすぐ横にいるので表情は見えなかった。彼は何も答えず、ボルトを操作して排莢し新たな弾を薬室に送り込む。やや無駄が多い動作で、構え直した時には先程と射撃姿勢が変わっていた。

銃声。先程よりはまともな場所に当たっていた。彼が使っているL10は軽くて取り回しが良いのが長所だが、軽すぎて反動を抑え込みにくいところがある。彼のように姿勢が一定しない射手なら尚更だ。

「見てなさい。」

私が使っている79式歩兵銃は連邦陸軍が採用していた旧型で、大きすぎる重量と整備の煩雑さが嫌われる原因になっているが、十分な訓練を受けた射手なら重量を利用して安定した射撃が出来る。

手本を見せるつもりで銃にクリップを挿入して立ったまま構えた。トリガーを引き、命中。ボルトを操作して排莢し、再びトリガーを引く。一つ目のクリップを撃ち尽くすまで10秒もかからなかった。全弾がほぼ的の中心に命中。

「はいはい、相変わらず上手い上手い。」
「でしょ?」

私がわざとらしく胸を張ると、彼は嫌そうな顔をして、伏射の姿勢を解いた。一旦休憩ということだろうか。私が二つ目のクリップを消費する様子を彼は黙って眺めていた。

二つ目のクリップの五発も素早く正確に撃ち切ることが出来た。今日は調子が良いのかもしれない。反動が肩を蹴る感触が心地良かった。膝射に切り替えて三つ目のクリップを挿し込む。

「アトワイト。」
「何?」

射撃という繊細な作業をしている中でも話しかけてくる彼のデリカシーの無さには慣れていた。今日は調子が良いので、幸い話をしながらでも照準は全くズレない。勿論、引き金を引く瞬間は息を止めるから喋ることは出来ないのだけれど。

「前線行くことになった。」
「そう。」

私は改めて、自分の腕に自信を深めることになった。彼の発言で生じた少なからぬ衝撃が全く銃身には伝わらなかったからだ。三つ目のクリップの五発目、今日通算の十五発目は正確に的の中心を射抜いた。

「だから射撃の訓練なんかしてるの?」
「俺はしたくないけど、うるさいから。」
「なるほど。」

彼の恋人である、やや目がきつい感じの小柄な男性を思い浮かべる。二度か三度会ったきりだったが、彼が良く名前を出すものだから妙に親しいような気になっている。

「あまり心配かけないようにね。」
「アトワイトに言われなくても。」
「あんた無意識で色々やる方だから。」

その色々やる、というのが私の方にも掛かっているのに彼は気付かないだろう。全く、自分は何を言ってるんだ。こうやって「お姉さん」をやってしまうのは悪い癖だ。少しだけ口角を上げて、四つ目のクリップを撃ち切った。

私と彼とは恋人ではなかった。彼が無邪気に懐いてきて、私も悪い気はしなくて、仲良くなって、それで男と女の関係になってしまった、というそれだけのこと。今回は私が五つ目のクリップを空にするまで、彼は話しかけるのを待っていた。

「色々って?」
「色々は色々。」
「感じ悪いな。」
「話しても分かんないでしょ。」

恋人の話をする彼の楽しそうな顔を見ながら私がどんな気持ちだったか、私の話を聞かされて恋人がどんな気持ちだったか、なんて話をするぐらいなら、今すぐに銃口を彼の頭に向けて、最後のクリップの全弾を叩き込んで面倒事を終わらせてしまいたい。

「気をつけてね。」

極力素っ気ない感じにそう言った。私の中の欲求と見栄とを比較考量した結果だった。立射に姿勢を変えて、構える。

「何を?」

やはりデリカシーのない男だ。構えた途端に話しかけたというのが一つ。さっき待っていたのは気紛れなのだろう。もう一つは、私の言葉から何も察せないこと。察せなくても適当に分かったような顔をして済まさないこと。

標的を彼だと思って、一気に五発を叩き込んだ。最悪の気分だった。思い浮かべた彼の無邪気な笑顔を愛おしいと思ってしまったのが、なお一層悪かった。

「腕の良いのに狙われないようにね、ってこと。」
「お前ぐらい?」
「・・・そうね。」

苛立ちを隠さずに吐き捨てた。最後の五発が標的の急所に一つも当たっていなかったことに、彼は全く気付かない。

気は全く晴れなかった。













あとがき
アマツカさんが66666のキリ番をお踏みになったので、アマツカさんの所のハロルドとアトワイトの話を書かせていただきました。結局うちのハロルドっぽくなってるような気もしましたけど、でも、多少無邪気な感じが出てれば…。あ、ハロの恋人は郁さんのところのハロルドです。

あ、タイトルは前の女がつかえてるせいでトラブってるっていうイメージからついただけのことです。

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