新任少尉の憂鬱
「あぁ〜。」
ディムロス=ティンバー中尉は、自室で頭を抱えていた。
目の前にあるのは、数枚の原稿用紙。
其処には、控えめなサイズの印刷で<新規入隊士官課題 自己紹介を論述形式でまとめよ>と書かれている。
「まだ書けねえのか?締め切りまであと・・・10分だぞ。」
同室のノリスがベッドに寝そべったまま、呆れて言う。
彼はほんの15分ほどで仕上げて、既に提出済みだ。
馬鹿が付くほど真面目で、要領の悪いディムロスが、可笑しくもあり哀れでもある。
「自分の事を書けと言われても困る。」
しかめっ面を向け、席を立つディムロス。
そして、まだ慣れない正装の軍服に袖を通し、部屋のドアへ。
「何処行くんだ?」
「締め切りを延ばして貰えるように頼んでくる。」
そう言い残し、ディムロスは足早に出て行った。
四角四面の真面目な親友を、ノリスは愛しそうに微笑で見送った。
<提出は、イクティノス=マイナード少将まで>
原稿用紙の隅に書かれたメモ。
其処には、彼の直属の上官の名が記されていた。
頭脳明晰にして怜悧冷徹。
容姿端麗で眼光鋭く、軍内でも屈指の剣士。
上官、部下双方から信厚く、同時に怖れられている。
彼の上官はそのような評判だった。
「イクティノス少将・・・か。」
彼の部屋の近くまで来て、ディムロスは呟いた。
初めて会う上官。しかも厳しい人と聞いていただけに、少し不安もある。
しかし、立ち止まっていても仕方が無い。
意を決して、彼は「情報部部長執務室」のドアを叩いた。
「情報部γ-T部隊 ディムロス=ティンバー中尉です。」
所属と名前を名乗り、室内からの返事を待つディムロス。
暫しの沈黙が流れるが、返事は無い。
再び、彼はドアを叩く。
「少将、いらっしゃいませんか?」
部屋に居ないからと言って、引き下がるわけにはいかない。
彼は周囲を見回して、誰かに尋ねる事にした。
丁度、軍服を着た青年が、すぐ近くに歩いている。
「すみません。イクティノス少将はお忙しいのでしょうか?」
呼び止められた青年は、にこやかに振り返った。
手入れの行き届いた綺麗な茶髪が靡き、透き通った水晶の瞳が此方を向く。
落ち着いた大人の雰囲気漂う人だった。
「いいえ。朝から暇ですよ。」
そう言って、青年は後ろから出てきた少年の頭を撫でる。
少年は綺麗な金髪で、歳は12、3歳だろうか。
青年の子供にしては大きかったし、弟にしては小さかった。
少年は、じっとディムロスを珍しそうに見つめている。
「イクティノス少将に用事があるのですが、お部屋にいらっしゃらないんです。」
ディムロスは、少年の視線を気にすることも無く話を続ける。
この自分より4つ5つ上の青年が、何だか頼りになりそうな気がしたからだ。
ディムロスの言葉に、青年は少し困ったように笑って、ディムロスの手元の紙束を指差した。
「御用事はそれですか?」
「えっ・・・あぁ・・・はい。まだ書けていないので、締め切りを少し延ばして貰えないかと・・・。」
恥かしそうに苦笑するディムロスは、蒼い長髪の頭を掻く。
その姿に、また青年は笑顔を浮かべる。
「それで、わざわざ?真面目なんですね。」
そう言われ、ますます恥かしそうに赤くなるディムロス。
その仕草に、彼の実直さと正直さが良く出ていた。
「で、少将が留守ならどうするんです?」
笑顔を絶やさない青年がふと思い出したように尋ね返した。
はっと我に返ったように、ディムロスは顔を上げる。
大きく一つ溜息をつき、彼は肩を落とした。
「戻って、急いで書きます。どうも、ありがとうございました。」
青年に丁寧に御礼を言って、ディムロスはその場を去ろうとした。
と・・・・その時だった。
「おい、イクティノス。」
捜し求めていた人の名が、耳に入る。
ディムロスは思わず振り向いて、声の主を見た。
「イクティノス、リトラーが呼んでるぞ。ガキと遊んでないでさっさとしろ。」
少将のイクティノスを呼び捨てにする声の主は、他でもないノリスだった。
ノリスの視線の先には、先程の青年が居る。
「分かったよ。すぐに行く。」
青年は、軽く頷いて返事をした。
さっきまでと変わらない、落ち着いた声だった。
思わず、ディムロスは「あっ」と叫んでしまった。
青年の首下には、襟章に刻まれた将官の一ッ星が輝いている。
彼はディムロスへ向き直り、改めて名乗った。
「初めまして。イクティノス=マイナードだ。」
人を食ったような微笑が、彼の表情の全面に浮かんでいた。
イクティノス=マイナードは、ディムロスの想像とはあまりにも違う爽やかな青年だった。
呆気にとられ、ディムロスは言葉が出ない。
そんな彼を気にせず、猶もイクティノスは口を開く。
「で、私に何の用事だったかな?」
「あっ・・・えぇ・・・情報部γ-T部隊所属 ディムロス=ティンバー中尉です。あの・・・課題の提出期限の延期を・・・。」
羞恥心で真赤に染まった顔を伏せながら、彼は用件を伝えた。
まだ驚きから抜けきれず、言葉は詰まり呂律が回らない。
「うんうん、そうだ。自己紹介文の件だったね。それなら、もう良いよ。」
相変わらず、ニコニコと笑ってイクティノスは言う。
思わぬ発言に、ディムロスはうろたえた。
「えっ?あの・・・・・。」
「君が信用に足る人間だとは、もう分かったからね。では、また。」
イクティノスは、ポンポンとディムロスの肩を叩き足早に去っていった。
呆気にとられたディムロスは、いつまでも彼の後姿を見つめていた。
「・・・・・イクティノス・・・少将・・・・。」
こうして、また一つ地上軍の勝利の歯車が回り出した。
ゆっくりと、しかし確実に決戦へと時計は進んでいく。
あと・・・・6年。
あとがき
キリ番600HIT 氷流華様に捧ぐ。
え〜、「ほのぼの系でイクティノスとディムロスの出会い」でしたが・・・。
ほのぼの書けません。(涙)
ごめんなさい。すみません。申し訳ございません。(ひたすら謝罪)