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As desirable as sleeping
現在の時刻は午前5時4分。24時頃に入った報告が生みだした膨大な量の仕事に取り敢えず区切りをつけられたのが4分前だから安息な筈の5時間が奪われた計算になる。それも私と優秀な本部の参謀達を合わせて15人分。 参謀本部の処理能力をパンク寸前まで利用して独自の大作戦をやってのけるユンカース隊司令部に対する認識は控えめに言っても憎悪に近いものだった。私も含め本部の参謀達はディムロス・ティンバーやノリス・カルナックの文字が印刷された書類を読むだけで頭痛を催すようになっている。 第一師団司令部がユンカース隊司令部を兼ねているのだから彼らとて多忙には違いないだろうが、残念ながらそのような同情は憎しみを一分も和らげなかった。食堂で食券を出しながら昼食を注文するような気軽さで一個師団の定数分の補給を要求してくる相手に尋常な精神は発揮できないというものだ。 ただ、それ自体は大きな問題ではない。前線の非常識な要求に応えるのも俸給の内だという認識はある。より重要なのは仕事を終えて12分経った今現在も私が就寝していないと言う点だ。 7時丁度に徹夜作業を切り上げ、地上軍が誇る勇士達に対して呪いの言葉を呟く部下達を帰した後、総司令へ報告に行ってさっさと寝る、と言うのも悪くなかったがどうしても一服したかった私は自分のデスクに腰掛けて煙草に火を付けた。私はそこまで指揮官としての体裁といったものに捉われない方だが流石に人前でこの姿勢は躊躇われる。 「はぁー。」 上着のボタンを上から四つばかり開け、袖を肘まで折る。暖房が効きすぎていて暑かった。中央司令部に導入されている石炭式暖房機は火力発電装置の余剰熱を利用しているのだがエネルギーが大き過ぎて融通が効かない面がある。レンズ式暖房ならこんなことはないのだが貴重なレンズを無駄遣いは出来ない。 窓の外から差す弱い朝日が目に痛かった。徹夜作業を強いられた翌朝は自分が暗闇に住まう地底人になったような気分にさせられる。その時の私はもし地底人がいるとしたら天上人と地上人のどちらに味方してくれるのだろう、などと馬鹿な思い付きが出てくるぐらい脳が疲れ切っていた。 「遅いと思ったら・・・。」 背後―部屋の奥の窓へ視線を向けていたから部屋の入口辺りということになる―から声がした。珍しく気が抜け切っていた私はかなり呆けた顔をしていたことだろう。何の思考プロセスも経ないまま反射的に、しかしゆっくりと声の方へ視線をやった。私が全くの脱力状態でいるうちに声の主は私に近づき、灰を落とすのを忘れていた煙草を取り上げて自分で蒸かした。 「・・・総司令?」 どうして疑問形で言葉が出たのかは分からないが、私は5時10分に―やや見上げる形になった総司令の頭のすぐ横に壁時計が見えた―仕事を終えてから既に10分が経ってしまったことに驚きながら総司令の姿を認識した。時間の経過の方に驚きの比重が多く割かれているのだから脳の鈍化は深刻だったと言える。 「報告に来るかと思って待っていたんだが?」 「あぁ・・・えっ?あっ!?」 返答が鈍かったのは私の覚醒が未だ不十分だったことを示すものではない。脳の十分な管理下に置かれずにぶらぶらしていた右手首が周囲からの圧力を受けたことを鮮明な感覚として神経に伝えてきたからだ。彼の長い指と広い掌が私の手首に巻き付いていた。同時並行で彼の右手は煙草を机の隅の灰皿へ押しつけている。 「すみません。詳細が出てからにしようと思いまして。」 やっとまともな言葉が出たが、状況はその発言を求めていなかったようにも思えるので果たして頭の働きが完璧だったかは疑問だ。彼は既に鼻先が触れる距離にいる。逃れようと反った上体を頼りなく支える左手にも、私に覆い被さりつつある彼の右手が重ねられていた。 「私は物理が得意な方ではないけれど。」 耳ではなく口移しにするように彼は囁く。触れそうで唇は触れなかった。彼の色味の薄い唇の奥に赤い舌が見えた。暖房が効き過ぎているのとは違う理由の汗が出ていたのに気付いた。 「私の体重まで支えるには、少し君の左腕は頼りないと思うな。」 左腕で私を抱き寄せた彼はこれ以上ないくらいに優しく、突っ張っていた私の左腕を払った。殆ど音もなく、私は自分の机が上半身を横たえられる程の広さを持っていた事実を体感した。同時に、決して協力的とは言えない態度―これはもしかしたら自己弁護かもしれない―だった私をここまで穏やかな手順で押し倒せるものかと感心もしていた。 「あの、司令。」 「何かな?」 「少し、困ります。」 「少しだけ?」 「はい。」 「なるほど。他に思う所は?」 僅かばかり考えた。何故だか、紙くずを何気なく放るような感情のこもらない、しかし決して冷たい訳でもない受け答えをしている自分はやはり何か頭に不足していたのだろう。酸素とかブドウ糖とか。あぁ、違う。足らないのは休息だ。 「背中に敷いてしまっている総司令の腕がお辛くないか、と。」 自分の物の言い方が変わったのを感じた。内容はともかくとして私は睦言を言いたかったらしい。腕が抜けるように彼の首に両腕を回して抱きつくと、壁の時計が見えた。5時15分になっていた。どうしてだろうか、彼が傍にいると流れる時間が速い。 「よしよしと寝かしつけるつもりがないのは分かるね?」 「そこまで野暮と思われるのは心外です。」 今更のようなことを言う彼に少し怒った振りをして口付ける―結局私から口付けたのだから呆れる―と彼は少し驚いた風だったがすぐに応えてくれた。 「机の上なのが少し後ろめたかったんだ。」 「学生時代から机で寝るのは得意です。」 「君は多義的に言葉を使うね。」 言葉の合間合間にキスを交わしながら、互いの手は互いの身体を互いが欲していることを確認した。自分の言葉遣いがもどかしい。神聖な仕事場で事に及ぼうという人間が、どうして直截な表現を内心ですら使えないのだろう。 内心のもどかしさとは対照的に私達は素早く互いの身体を覆っている布の面積を少なくしていった。肌の触れ合う感触と衣擦れの音との同居は興奮を生むような気がする。 互いの手が、互いのあらゆる場所に触れる。彼の指がゆっくりと私の内側を広げる感覚は歩兵部隊が陣地線を少しずつ敵領土に食い込ませていくのに似ていた。気持ちが急く。急がなければ逃げてしまうようなものでもないが早く繋がってしまいたい。 「くっ・・・・はっ。」 長い指が内側を圧迫しながら出て行った。代わりにその場所に彼のが当たる。痺れるように熱かった。寒さとは違う理由で身震いをした私に彼は目を細める。 「意外に余裕がないな。」 「え、いや、そんなことは・・・。」 「あぁ、私が、ね。」 珍しく彼が照れて、何でだか鼓動が速まった。意外と可愛い所があって、見付けられると愛しさが増す。私なら、相手が喜びそうな所はすぐに出してしまうのだけれど彼は小出しにする方らしく、こうして身体を重ねていても目にすることが出来るのは稀だ。 「しれっ・・・あっ、うぅっ。」 喜びに気を緩めた瞬間に彼が入ってきた。全くの奇襲で、準備が出来ていなかった私は思わず声が漏れた。少しの痛みとそれを上回る熱と快感。一方で彼の指は張り詰めた私のそれを追い詰める。身体に力が入らず、彼に縋りつくことも叶わない。彼の動きに合わせてダラダラと零れる自分の声が耳障りだった。 「何か言い掛けた?」 私が碌に喋れないのを知っていて話しかける。照れ隠しで人を弄ぶのは止めて欲しい。私の頭は感覚神経を経由して伝わってくる彼の熱を処理するので精一杯で、他にまで手が回らない。 「話を聞いて欲しいな。」 無理だ。彼も息切れをしている。多分、私は彼の三倍は忙しい。彼の背中に回そうと思って腕に力を入れようとしているのだが、思うように動かず指先が攣りそうになる。視界が霞む。 「そんなに締め付けると、ちょっと持たないな・・・。」 こちらは持つ、持たないどころではない。このままだと、ただ寝ていただけになってしまう。そんなのは御免だ。私はただの穴ではなくて人間だし、彼のことを愛しているのだから。 「しれっ・・・すきっ・・。」 あぁぁぁ、違う。違う。そういうことじゃない。勿論、肺から空気が押し出されるに任せて声を垂れ流すのは嫌だったが、別に睦言が言いたかった訳ではない。余計なことに力を使ってしまったと後悔する。彼が満足げなのが唯一の救いだった。やはり徹夜明けなのがいけないのか。 いよいよダメそうだった。彼と繋がっている時の私は目も当てられないほどの役立たずだ。尻の中を押されて精液を出すしか能がない、と具体的に言ってしまうと悲しさすら覚えるが、つまり私はそういうようになってしまっているのだ。もう仕方がない。今日の所は諦めよう。 自分でどうにかすることを諦めた私は息も絶え絶えに「て」と一言押しだして手を握って貰い、声すら出せなくなった後はだらしなく口を開けてキスを強請った。記憶にはあるが自分でそうした意識はない。この口が悪い。 意外に舌は良く動いた。息がスムーズに出来ていたのは彼が空気を送り込んでくれたからだと思う。自分で呼吸をしていた記憶はない。酸素よりも彼の唾液と舌の方が大事だった。 「出す時は言わないとダメだよ。」 キスの合間に彼が言った。私のそれはだらしなく精液を零していたが相変わらず固いままだった。先程精液を出すしか能がないと言ったが、私は出す瞬間すら意識できないらしい。私の脳はもう細かく感覚を処理できない状態らしく、何でも快感にまとめて処理してしまっている。証拠に、彼が握ってくれている右手はまるで生殖器のように快感を脳へ発信していた。 彼に密着している肌と言う肌が、彼の満身に力がこもるのを感じた。勿論、それは新たな快感として脳に伝わり、僅かばかり残された理性が彼の絶頂が近いことを察した。今更何も出来はしないが心の準備だけは怠らずに期待を膨らませた。 「カっ・・・レル。」 彼が私の名を呼ぶ。その間も私の口はキスをしながらも与えられる快楽がいかに大きいか、彼への愛がいかに大きいかを聞くに堪えない言葉―どちらかと言うと獣の呻き。言葉と呼ぶのすら憚られる。―で伝えていた。 彼が私の中で大きく膨らんだ。その瞬間に私はもう一度射精した。今度は自覚に成功したが彼の言い付けが守れた訳でもなく、無意識だった時よりも多少マシな気持ちになる暇もなく彼の熱に内側から焼かれるような感覚が襲った。 遠のく意識の中で彼が一言「愛してる」と言ってくれたのが聞こえた。同時にその二言だけを録音したレコードか何かのように「好き」と「愛してる」を連呼している私に気付いたが、これはもう仕方ないのだ。 睡眠不足だった割に、私はそのまま気絶して昼まで眠りっぱなしとはならなかった。残念なことに身体の作りが勤勉に出来てしまっている。起きて時計を見ると5時40分だった。眠っていたのは10分かそこらだろう。 「損な身体の作りだね。」 私の身体を拭いていた彼が笑った。恐らく無計画に長い睡眠が出来ないことを言ったのだろうが、私としてはもっと損だと思えることが多々あって何ともコメントしにくかった。 「御手を煩わせてしまって申し訳ありません。」 「いや、多少罪悪感が軽くなるから丁度良いよ。」 「罪悪感、ですか。」 「参謀総長を疲労させた罪は重いだろう?」 照れてくれた方が私としては嬉しかったのだが、彼は少し申し訳なさそうに苦笑いした。この顔は見慣れている。しかしどうやら彼は私に対して申し訳なく思っているらしい。結局は完全に合意の上だったし、彼が申し訳なさそうにする理由が良く分からないが彼は親とか上官とかそういう立場に縛られがちなそんな心の作りをしている人だから仕方ないのかもしれない。 「部屋に戻って眠る?」 「いえ、半端な時間眠っても仕方ないので。」 「そうか。すまない。」 「そんな謝らなくても・・・。あ、じゃあ。」 仕事を始める6時半までどうやって過ごそうか考えていた私の頭に閃くものがあった。身体は損な作りだが、頭は得な作りをしている。10分の睡眠と大量の快楽ですっかりクリアになった頭は状況に即した名案を思い付いていた。 「一緒にシャワーを浴びて、貴方の部屋に行って、」 「うん。」 「それで、もう一回付き合って下さい。」 正直、一時間弱の睡眠を取るのも魅力的ではあったが、それと同じくらいに素敵な時間の過ごし方のように思えた。何せ、睡眠は毎晩取れるが、彼を摂る機会は稀にしか得られないのだから。 「少し困るな。」 「少しだけですか?」 「少しだけだよ。」 「他には?」 「時間がもったいないから早く行こう。」 そう言って少しだけ照れた彼が可愛らしくて頬にキスをした。 あとがき 完全無防備カーレルを発見したリトラーが欲情してしまった話。個人的にはマグロ状態に抗うカーレルは好みですが、世間的に受けるのかは分からないなぁ。こういうの好きですか?どうですか? 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