いつも気紛れな君。
会議をサボって姿を消した。
私は君を探しに行く。 会議をサボりたかったから。
高い楼の上に君を見つけた。 いつか、二人で登った見張り台。 私は静かに君へと近づく。
君は鈍色の雲を見ていた。 鈍色の煙を吐きながら。
「体に毒だと言ったのは誰だっけ?」
笑いながら君の隣に腰掛ける。 驚く風も見せず、君は無関心。 別に構わない、君にはそれが普通だから。
私もポケットを探る。 出てきたのは、ひしゃげた紙の箱。 安っぽい紙巻を私は一本取り出した。
君がライターを握った手を差し出した。 赤い火が、煙草の先を炙っていく。
「ありがとう。」
気遣いが素直に嬉しくて、立ち上る煙まで浮かれていた。 意外と気が利く所は、昔から同じ。 ただ、それが過ぎるから妙な発明ばかり出来てしまう。
「俺だよ。」
一瞬驚いて、でもすぐに分かった。 さっき尋ねた質問の答えだと、すぐに気付いた。
「俺が言った。」
確かめるようにもう一言。 私は言葉と一緒に吐き出された煙を眺めていた。 空の雲と同じ色の煙。
あの空の煙は、もしかしたら君が全部作っているのではないか。 そんな馬鹿な考えをする私。
「どれぐらい吸うんだ?」
ふと気になった。 不健康の代名詞のような君だから、少し心配だった。 君は、アメジストの瞳だけ動かして私を見た。
ケホッと君が咳き込む。 それに合わせて、煙がまた出て行った。 私は何故か、それを見詰めて胸が痛くなった。
「結構吸う?」
「さぁ。」
だいぶ短くなった煙草を、君は雪に放り込んで消した。 消える瞬間、微かな火がジッと鳴いた。
「一本目だから分からない。」
君が悪戯っぽく笑った。 そして、ポケットから紙の箱を引きずり出す。 封を切って間もない、私の吸ってる銘柄だった。 20本入りの箱は一本だけ欠けていた。
その箱を君は差し出す。 私は、目をぱちくりさせながら受け取った。 君の温かさが、箱に移っていた。
「やめれば?煙草。」
こんな不味いもの、と付け加えて君が言う。 口を濯ぎたいのか、雪を食べながら。 私が咎めても、きっと君の事「新雪だし」と流すのだろう。
いや、そもそも煙草ほど体に悪いこともないだろう。
「痛っ。」
冷たさが頭に響いたのか、顔を顰める君。 天才と言われながら、どうして君はこうも不思議なのだろう。 何も知らない嬰児のよな無垢さが、君を危なげに輝かせる。
きっと、煙草も試してみたかったに違いない。 私を止めるのに、実践してみた方が良いと思ったのだろう。
「なんか、習慣だから。」
私も君を真似て煙草の火を消す。 しかし、雪は食べない。 この苦い後味など、とうに慣れたから。
「そんなもん?」
二人分の吸殻を片付けながら、私は頷いた。 君はまた「そんなもん?」と繰り返す。
「もう結構長いしね。」
吸い始めたのは軍に入ってすぐだった。 偉くなりたくて、力が欲しくて、必死で働いたのを憶えている。 その時の、磨り減る心身が見つけた逃げ道が煙草だった。
いや、ただ大人になりたかっただけかもしれない。 昔の自分をそうやって嘲笑うくらいに、もう私は大人になっていた。
「口寂しいだけかな、今は。」
君と目が合って、少し作って笑う。 君も笑った。
君が立ち上がった。 一歩、二歩私に近づいてしゃがみ込む。 雪に流された
お陰か、煙草の匂いはしなかった。
「兄貴。」
君が私を呼ぶ。 何の準備も無く、君へと振り向く。
不意に重なる唇。 微かに冷たい雪の香り。 その奥の、彼の熱。
「長生きしてよ。」
言葉を紡ぐ君の口元。 きっと私の唇は苦かったに違いない。 その事実から微かに痛む胸。
反面、君がくれた甘さが体中に広がる。 痺れるような熱を伴って、染み渡る。
この熱が、愚かな私を焼き尽くしてくれれば良いのに。
そんな愚にもつかない事を思う私。 そんな私を抱き締める君。
こんな私を愛する純粋な君。 こんな純粋さを愛する私。
狂ってるのは君だろうか、それとも私の方だろうか。
<了> |