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「ビスケットがあるから、どうぞ。」 今日はビスケットらしい。 最近顔を合わせる度に彼は食べ物をくれる。 林檎だったり、飴だったり、クッキーだったり、ビスケットだったり。 どうも、と短く礼を言って一枚受け取って口に運んだ。 水分無しで食べるには適さない種の食べ物だと実感する。 でも、この味気無いような美味しいような感じは好きだ。 しかし、人が口を動かしてる間、ずっとこちらを見ている視線は頂けない。 「何かご用ですか?」 「いえ。」 いえ、ってニコニコ笑って言うのはどうかと思う。 その相手が気になるように誘導する感じが腹立たしい。 しかも、実際彼が何を企んでいるのか気になる。 毎日何かしら貰っているけれど、何か入っているのだろうか。 「どういうつもりですか?」 「太らせて食べたりはしないよ。」 ふざける方向性らしいので無視する。 毎回相手をしてたら時間が勿体無い。 彼の罠を回避しようとすると余計に面倒臭くなるのは承知している。 一服盛るなら盛れば良いし、太らせたいなら太らせれば良い。 「つれない。」 「用が無いなら帰って下さい。」 「もう一枚要る?」 「・・・・・。」 黙ってもう一枚受け取って齧る。 口の水分がみるみる失われていく。 乾いた土に水を掛けたような、と言うのは逆だけれど。 また、彼の視線を感じる。 「コーヒー要るかな?」 黙ったまま、机の上のマグを差し出すとポットから真っ黒の液体が注がれた。 彼は色々と銘柄に拘ったりもするようだけれど、私には関係ない。 要はカフェインが効率良く摂取できて仕事の能率が上がれば良いんだ。 とは言え、彼の淹れたコーヒーは普段より薫りが良い気もする。 こんな人間相手じゃ、コーヒーも飲まれ甲斐がないだろうに。 「人が飲んだり、食べたりしてる所って見ていて面白いと思わない?」 唐突に彼の話は始まる。 相槌を打つまではしてやらないが、聞いてやらないこともない。 ビスケットを二枚と、コーヒーを一杯貰ったから。 ただ、彼の悪趣味を褒めたりは出来ない。 動物園の馬に人参をやって喜んでるのと一緒か? 「私は、面白いと思うんだ。」 「そうですか。」 「あっ、珍しい。」 「・・・・。」 呆れ混じりに返事をしたら、彼が妙に喜んだ。 喜ばせる気は微塵も無かっただけに、何だか悔しい。 もう何も答えてやらない。 「それで、色々試してて。」 「・・・・・。」 「黙ることはないと思うけどなぁ。」 「・・・・・。」 「それで、今日気付いたんだけどね。」 彼は一度話を切って、飲み掛けのマグに手を伸ばす。 勿論彼は分かっていてやっているのだが、それは私のだ。 嫌がると喜ぶから無視すると、妙に嬉しそうな微かな笑い声が聞こえた。 本当に神経を逆撫でする天才だと思う。 「思ったより濃いな。」 「何を気付いたんですか?」 さっさと喋らせて、さっさと追い出そうと思った。 この際、返事をして彼を喜ばせてしまうことには目を瞑る。 つくづく犠牲を払わずには戦えない強敵。 私に促されて「はいはい」と笑いながら彼は言葉を続ける。 「飲み物もなしに無理やりビスケットを食べたでしょう?」 「ええ。」 「あの飲み込み難いのを無理に飲み込む様子がね。」 「ええ。」 「何か、いやらしいなぁ、って。」 「・・・・・。」 脳みそ腐ってる、この人。 盛大に溜息を吐こうかと思ったけれど、やっぱり無視する事にした。 昼間からお目出度い人だ。羨ましくなる。 こっちは参謀本部に出さなきゃならないデータの解析で忙しいのに。 一方の彼は、半分ほどにコーヒーが減ったマグを返して、ビスケットを齧っている。 少ない水分で、もぐもぐ食べにくそうに。 微かに咀嚼する音が聞こえてきて、少し気になる。 私は馬鹿なんだろうな、結局罠に掛かっているようだ。 首だけ軽く振り返ると、彼が笑っていた。 そして、飲み込む。 彼の喉仏が動く様子につい目が行ってしまった。 盛大に溜息を吐いて、コーヒーを飲み干し、仕事に戻る。 この変態の言った事が少し理解出来てしまった自分を出来る事なら張り倒したかった。 −−−−−−−−−−−−− 食べ物を人にあげるのが大好きな誠です。 題名は「ヘンゼルとグレーテル」から。 カーレルさんはイクティにお菓子を食べさせてから食べてしまうんです。 食事の様子に性的魅力を感じる男性は結構多いんだとか。ホントかなぁ? 私が度々餌付けをしている予備校の友人からは色気の欠片も無い・・・。 BACK |