しんしんと、雪の降り積もる夜。
橘色の淡い光が、ぼんやりと部屋を照らす。
揺ら揺らと立ち昇る、一筋の紫煙が薄れて消える。
高く響く透間風が、頬を撫でて吹き過ぎる。
大きく、深い、溜息一つ。 男は億劫そうに、天井を見上げた。
手元には、大量の書類の束。 華奢な腕には、少々重そうな程に高く積み上がっている。 この若さにして、この男の職責と言うのはなかなか重い。 それもまた、彼の有能さの証明とも言える。
「はぁ。」
溜息がまた漏れた。 何があっても飄々としている彼にしては、珍しい疲れ顔。 合わせるようにゆっくりと、煙はなお立ち昇る。
確かに、彼は歳不相応に大人びていた。 風貌も口調も、その他諸々の雰囲気も、18歳とは信じさせない。 加えて、纏った服には一本ラインに三つ星の大尉の徽章が輝いている。 二十歳そこそこのエリート将校と言っても疑う者はいないだろう。 しかし、銜えた煙草だけは、どうにも彼に似合わない。
吸い始めたのは、ほんの最近。 大尉に昇進して、仕事が増えて少しストレスが堪っていたのだ。 そんな些細なきっかけで、吸い始めた煙草は、今日も紫煙を燻らせる。
流れる静寂。 雪と風の音だけが、部屋に響いていた。 かれこれ数時間、こんな状態が続いている。 雪深いこの季節の夜には、珍しくない風景だった。
しかし、その静寂は、不意に終わりを告げる。 微かな短い軋み音が、静かな部屋にノイズを加える。 薄暗く煙に霞んだその部屋を、細い光が差し込み照らす。
「カーレル?」
驚き半分、呼びかけ半分の声が彼の名を呼ぶ。 カーレルにとっては、耳慣れた心地良い声。 銜え煙草のまま、引き寄せられるように振り向いた。
パチッ、明かりが点く。 蛍光灯の冷たい光が、二人の姿を鮮明に照らす。 二人の間には、薄い紫煙が漂っていた。
声の主が、その整った口を押さえて咳き込む。 顰めた眉の下の目は、批判気味にカーレルを見ていた。
「カーレル。」
今度は、多分に怒りを含んだ声。 その声すらも、カーレルには扇情的な響きに聞こえる。
決意を持って歩み寄ってくる相手。 靡く銀の長い髪も、意志の強そうな大きな瞳も、カーレルを煽って止まない。 本人がそれに気がついていないとなれば、なおさらに。
「未成年の喫煙、飲酒は堅く禁じられている。しかも君は、軍司令の保護下に・・・。」
勝手に話を打ち切って、カーレルは男の手を掴んだ。 慌てる相手を尻目に、一気に引いて抱き締める。 もう、体格差も力の差もあまりない。 急なことで、なされるがままに相手は倒れた。
カーレルは、灰皿に煙草を押し付けて消し潰す。 そして、それをアピールするかのようにリトラーに微笑んだ。
「これで、宜しいですか?」
耳元で舐めるように囁くと、リトラーの胸が高鳴るのが分かった。 それでも、必死にリトラーは離れようとカーレルを押す。
しかし、18歳の青年と39の中年では力の差は歴然。 押し返すどころか、逆にしっかりと捕まってしまった。 頬に優しく唇が触れ、カーレルは囁くように言う。
「結構、ストレスが溜まってましてね。」
悪びれず、鼻先が付く位の距離でカーレルは笑った。 そして、両腕をリトラーの首に回して甘えるように縋る。 リトラーの鼓動が速まるのが、首の頚動脈を通して分かった。
「ストレス解消したいんです。」
薄く微笑み、そして性急に唇を寄せる。 不意を撃たれた形で、リトラーはその大きな目を瞬かせた。
抉るような、深いキス。 呼吸を交換するような、口の繋がり。 飲み込みきれない唾液が、二人の顎を鋭く光って伝って落ちる。
初めは拒んでいたリトラーも、つい夢中になって貪り出す。 掻き回すように、息苦しがるカーレルの咥内を自分から犯していった。 その度に漏れる甘い吐息も、全て吸い尽くすかの如く貪欲に。 リトラーが右手で支える白い項が、薄っすらと桃色に染まっていく。 大きなアメジストが、快楽に濡れて光る。
「はっ、ふっ・・・はぁっ・・・司令・・・・。」
リトラーの髪色と同じ線を、二人の間に渡しながら唇が離れていく。 艶っぽい目で、カーレルはリトラーを見詰めて荒い息を吐いた。
それを、意外にクールな目で見詰め返すリトラーが居る。 長い舌で、キスの残滓を舐め取ると薄く笑った。
「幾つになっても、困った子だ。手ばかりを焼かせる。」
自分に跨って、物欲しげに見詰める子供を嘲笑うかのように呟く。 そして、手を伸ばしてその服をゆっくりと脱がしていく。 釦一つが外れる音が、荒い息遣いの中で響いていた。
ぱさり。 軽い音とともに、軍服の上が肌蹴た。 生の蛍光灯の照明に晒されて、なお肌が透けるように白い。 外気に触れて小さく身震いする姿は、女以上に艶っぽくリトラーの目に映った。
「困った子だ。」
再度呟きつつ、リトラーの手が腰から胸を撫で上げて顎を掬う。 小さく喘ぎを漏らしつつ、カーレルはリトラーを見詰めていた。 そして自分の顎まで上がってきた手に、ゆっくりと舌を這わせる。
一瞬、驚いたかのようにリトラーの表情が歪んだ。 しかしすぐに、それは笑顔に変る。 ゆっくりと動かしながら、余すところ無くカーレルに手を舐めさせて行く。 赤子が物をしゃぶるように、カーレルは唾液を口角から零しながらその手を濡らす。
「どうしたい?」
口元から手を引っ込め、濡れた手で身体を撫でながら問う。 何処か冷静な、心の底からは集中していないような表情。 リトラーのその様子が、何故だかカーレルには寂しくて仕方が無い。
だから、それを紛らわすかのように強く抱かれたいのだ。 細くとも逞しいリトラーの腕で、折れるほど抱き締められたい。
「どうしたい?」
少し、突き放すような声。 煙草なんて吸っていた所為かな、とカーレルは思う。 でも、こうならこう扱われるで、悪くない。 冷たい視線も、素っ気無い言葉も、何故だかカーレルを疼かせる。 身体の奥が、滲み込むように熱くなる。
言葉の代わりに、誘うように腰を揺らした。 それが一層、身体に刺激を思い出させて奥が疼く。 背筋まで自由にならないようなむず痒さが、彼を支配していた。
「入れて下さい・・・今すぐに。」
意外なほどあっさりと、その言葉は出てきた。 言い放って言葉にすると、さらに欲しくなる。 記憶が蘇り、快感への期待に身が震える。
それなのにリトラーは残酷なほどに冷静で、カーレルの下の着衣にすら手を掛けない。 緩々と、カーレル本人の唾液で濡れた手で腰を撫でているだけ。 縋るような目で、その様子をカーレルは見ていた。
「したければ、自分でしてみなさい。」
鋭い剃刀で、素肌を撫でるような一言。 薄っすらと滲む血のように、堕落的な刺激で身が震えた。 熱い息が、薄い唇の間から漏れる。
カーレルは微かに躊躇しながら、下の着衣に手を掛けた。 促すようなクールな視線が自分に注ぐのが、見なくても分かる。 それが、どんな愛撫よりも狂おしい快感を生み出す。
羞恥ではなく、快感に身を震わせながら、カーレルは衣服を脱ぎ捨てた。 もう身体を隠すものは、前を肌蹴たシャツとジャケットだけ。 ストイックな印象の軍服が、酷く嫌らしい布切れのようにリトラーには映った。
「良く出来ました。」
そう言って、微かに笑う。 笑いながら、カーレルの細い肢体から手を離した。 全くの無防備状態で、リトラーは彼に身を任せる。
膝をついて、脚を開いた。 眩しいほどに白い大腿が、露になって冷たい視線に晒されている。 期待に目を潤ませながら、カーレルはリトラーの前を寛げた。 リトラーのそれは、本人の冷たい態度とは裏腹に、彼を求めるように脈打っていた。 その熱さを、掌で楽しみつつそれを、自らの後ろへ持って行く。
「はっ・・・ふぅっんっ。あっ・・・くっ・・・・・・。」
慣らしていないから、勿論入りにくい。 悪戯に自分の門を刺激するばかりで、もどかしい刺激が背筋を駆ける。 欲しくて堪らない気持ちは、カーレルの立ち上がった自身が涙を流して代弁していた。 そのうちに、やっと先端だけが門を押し入る。
「うくっ・・・あんっ。・・・入っ・・・・て・・・来て・・・・る。」
震える身体を支えようと、カーレルはリトラーの胸に触れた。 服越しでも、暖かい包み込むような胸。 そこに抱き締められたくて、鼓動を聞かせて欲しくて、カーレルは腰を進めていく。 リトラーの制服のジャケットは、良く手入れされていて滑らかだった。 それを撫でるように、手を突いて身体を支えていた。
漸く、中頃まで入りきった頃。 リトラーは、カーレルの額の汗をそっと指で撫でた。 そのまま、指先を額から耳の裏に落としていく。 耳の裏から首筋を通り、喉を撫でた。
「っ、あうぅぅぅぅんっ。」
指先が鎖骨をなぞった時、大きく身体が揺れて仰け反った。 それと同時に支えていた腕から力が抜けて、カーレルは前へ倒れこむ。
「あっ、やっ、やぁぁああっ・・・・・。」
倒れると同時に、銜え込んでいたリトラーの自身が、一気に抜けた。 緩い刺激に慣れていたカーレルには、それは強過ぎる快感だった。 一瞬で頂点まで達してしまい、だらしなく精を放ってリトラーの胸に沈んだ。
「本当に、困った子だ。」
リトラーは倒れてきたカーレルを抱き起こし、体勢を変える。 後ろから抱えるように、その細い身体を支えた。 そして、そっと身体を持ち上げると飛び出てしまった自身を、ゆっくりと埋めていく。
達した余韻に浸る間もなく、一変してなされるがままにカーレルは抱かれる。 敏感になった身には、そのゆっくりとした挿入が耐え難く身を捩る。
「動くよ。」
限界まで入れられ、耳元で囁かれた。 先程までの冷たさが無いことに、カーレルは気が付けなかった。 揺られるがまま、喘ぎと精を漏らす。
「やっ・・・・はっあんっ・・・また出・・・・・。」
カーレルが達してしまおうと、お構いなしにリトラーは動き続ける。 その貪られるような感覚に、カーレルは酔いしれた。 達してそのままに、リトラーを受け入れ続ける。
「あっ・・・まだっ・・・・止まん・・・なっ・・・。」
望んだ通り、その腕にしっかりと抱き締められる。 折れるほど、軋むほどに求められる。 それなのに、リトラーの表情の冷たさに胸が痛んだ。
すでに、吐き出す精に色味は無い。 突き上げられる度に、達するも同然に彼は精を零し続けた。 静かな夜に響く、疲れて掠れた泣き声と共に。
再び静寂。
立ち上る紫煙。
ただ、煙の主が、先程とは違った。
今の煙の主は、正真正銘のいい歳した大人。 中年に差し掛かったその年齢と等しく、方々に皺が刻まれている。 その癖、何処か少年のような瑞々しさがあるのは不思議と言えた。
その所為だろうか。 煙の元である銜えた煙草が、彼には全く不似合いなのだ。 その点は、傍らで静かに眠る青年とそっくりだった。
「困った子だ。」
銜えた煙草を灰皿で揉み消し、男、メルクリウス=リトラーは呟く。 呟いて、傍らに眠る青年の髪を梳いて、撫でてやった。 擽ったそうに笑う寝顔を見る、彼の目は先程までと違って暖かい。
罪の無い寝顔を見詰めて、リトラーはまた罪悪感に駆られる。 この純真な青年を、自分が汚しているのだと実感する。 リトラーは、青年を愛して止まない。 だからこそ、大人と子供と言う卑怯な立場で付き合いたくは無い。
努めて平静を装っているのも、その所為。 それなのに、飽く事無く青年はリトラーに懐いてくるし、誘ってくるのだ。 喫煙を叱ったつもりなのに、青年には構っただけで嬉しかったらしい。
「ごめんよ。」
リトラーは呟いて、また頭を撫でる。 軍に入隊して以来、青年は子供扱いされたくないと頭を撫でさせない。 身体には自分から触れさせる癖に、である。
溜息一つ。 リトラーはベッドを降りて、脱ぎ捨てた自分の上着を拾う。 持ち上げた瞬間、ひらりと一枚、何かが落ちた。
「お前の所為だ。」
リトラーは、それを拾いながら苦笑した。 落ちたのは、一葉の古い写真。 仏頂面の金髪の青年が、少し照れて写真に収められている。
「お前が、私を置いていくから・・・。」
其処まで呟いて、急に真顔になって止めた。 そして、写真を上着の内ポケットに滑り込ませた。
そして、再び青年の寝ているベッドに腰掛ける。 こんな子供に惚れておいて、居ない人間に責任転嫁はずるいなと、自分で思った。 それに、今はそんな事を考える時じゃない。
ふと、時計を見た。 現在時刻0238。
夜明けまで、3時間。 もう暫く、ストレスの溜まったと言う青年の隣に居ても良いんじゃないか・・・な。
そう思ったリトラーは、二本目の煙草に火を点ける。
「コホッ。」
ささやかな、咳き込む声。 先程まで、紫煙を自ら吸っていた青年の、咳だった。
その様子に、困ったようにリトラーは苦笑する。 そして、悠々と煙を上げる煙草と、青年とを交互に見やった。
「困った子だ。」
そう呟いて、リトラーはまた頭を撫でる。
出したての煙草は、灰皿の中で潰れていた。
夜明けまでの時間は、
昇る紫煙と同じく、
ゆっくり、ゆっくり、過ぎていく。
あとがき
相変わらず、エロは重い。 リト君はどうしても受けっぽさが抜けない。 しかも、イクティがシャルに甘い以上に、リトはカー君に甘い。 何かねぇ、目に入れても痛くないよね、多分。 その癖、結局どの話でもミクリトっぽさは抜けない。 問題だよねぇ。
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