短気な彼とオートバイと僕
カウナス人自治区ガンドー市。 当市はカウナス人自治区が細長くシャウレイとパネベジスに食い込んでいる、いわゆる「和平回廊」の中ほどに位置する。「和平回廊」は現在のパネベジス州南部を支配していたクライン公が長年対立していたカウナス人と和解した際に割譲したと伝えられている地域であり・・・。 「おい。」 チェスの手番を待つ間、ぼんやりと町の歴史が刻まれた壁のプレートを読み、少ない教養を高めていた僕の脳に邪魔が入る。いや、邪魔だなんて言おうものなら何が起こるか分からないからとても言えないのだけれど。いつの間にか、彼はクイーン側のビショップを積極的に前進させていた。 「あ、はい。」 「今、何時だ?」 「15時です。」 「そうか。」 彼は時計を持たない主義の人間なので、必然的に僕が時計にならざるを得ない。ちなみに彼は地図も持たないし、護身用の武器も殆んど持たないし、面倒なことを言う口も、つまらないことを聞く耳も持たない。ポーンを進めてビショップを牽制する。 「合流は明日になるかも知れませんね。」 「分かってる。」 言い終わらないうちにバッサリと返されてしまった。分かりきったことをわざわざ言って、彼の耳を煩わせるとこういう態度を取られてしまう。僕は彼と接する経験がそれなりに豊富なはずだけれど、なかなか上手く行かない。第一、僕は無駄口が多いのだ。あ、ナイトが出てきた。 地上軍は現在、シャウレイ州の天上軍を包囲殲滅するべく、カウナスとの境界ルート、ハンゼとの境界ルートの二手に分かれてシャウレイ州を北上している。先頭の部隊は既に互いの距離を100キロまで狭めていると聞く。僕達の部隊も包囲に加わるべく移動しているところだ。 本来なら、兵舎でチェスなどしてはいられない。カウナス軍から借りた三階建てのレンガ造りの建物は元市役所らしく、市の中心部に近い上に見晴らしが良かった。窓からは市内が一望できる。 「急ぎすぎましたかね?」 「さあな。」 先程の僕の一言を差し引いても、現在彼は不機嫌だ。彼は頭の回転の速さから、常に先へ先へと急ぎたがる性格だが、現在彼が率いている部隊がそれを満足させられないことに原因がある。勿論それは彼を含めた部隊の将校が無能だからと言うわけではない。ちょっと考えて、ルークを前進させた。 「どうぞ。」 「ああ。」 トラックの故障、燃料補給の遅れ、道路状況の悪さ、天候、様々な要因が前進を阻む。食料さえあれば馬と人の足だけでどこまででも進めた昔の軍隊とは違い、高度な装備を持った連隊級の部隊が万全で動けるのは幻想の中だけなのだ。彼のナイトが僕のポーンを襲う。 「時間あるんですから、ゆっくり攻めれば良いのに。」 「時間があんなら二回目も付き合え。」 「はいはい。」 そこで部隊の指揮官が迫られるのは全体に合わせてゆっくり動くのか、動ける者だけ先に行かせるのか、という決断なのだけれど、勿論彼は後者を選んでオートバイと数台の装甲車で構成された偵察大隊を先行させ、彼自身もそれに同行した。彼が自分でバイクを運転すると言い出したのは予想外だったけれど。 「中佐、動きの大きい駒好きですよね。」 「別にポーンが嫌いってこともねーけど。」 攻め込んできたナイトにクイーンで圧力をかける。チェスは駒を減らし合うゲームなので、僕みたいな臆病者には向いているような気がする。いや、勿論、僕みたいな人間が二人でチェスをしたらゲームが成立しなくなる訳だけれど。 「消極的だなぁ、お前。」 「機動防御ですよ。これが効率良いんです。」 「クイーンは攻めに使えよな。」 ビショップがナイトの援護に入る。ここで簡単に引かないのが彼らしい。軍人としてその健全な好戦性は尊敬に値すると思う。たまたま、偵察大隊は単独で戦闘することもなくガンドーまで辿り着いたけれど、もしも敵と遭遇していたら彼は迷いなく戦っていただろう。 「何の音だ?」 「はい?」 僕が、ナイトで守備を増強しようとしていたら、彼が先程までとは随分違う声で短く呟いた。明らかに機嫌が良い。嫌な予感、というか確信を抱きながら耳をそばだてる。遠くで銃声がしていた。 彼は部屋に備え付けられている電話に手を掛け、僕は双眼鏡で窓の外を確認した。残念ながらゲームはお預けのようだ。建物に隠れてはっきりとは分からないが、どうやら天上側の戦車のようだった。僕がそれを告げようとしたのと報告を受けた彼が受話器を置くのが同時だった。 「天上の戦車です。」 「ああ、九両は来てるらしい。」 戦車が単独行動をすることは考えにくい。恐らく歩兵部隊が後を追っているはず。戦車で包囲を食い破り、カウナスを通って脱出しようとしているのだろう。 「こっちのルートで抜けるつもりか。」 「遠回りですけど確実性は高いですね。」 「情報が漏れてたかもな。」 包囲が進行しているシャウレイ州から天上軍支配下のパネベジス州へ抜ける複数のルートの中で、最も地上側の展開が薄かったのがカウナスを経由する道だった。 シャウレイ州から出てしまえば、装備の劣ったカウナス軍がいるだけで、突破も物資の補給も容易という訳だ。迂回しても問題ないところを、わざわざガンドーを襲ったのも燃料や食料を調達するためだろう。 「選択肢は二つあると考えます。」 「迎え撃つか。引くか。」 「貴方には意味の無い問いですね。」 「勿論だ。」 歯を見せて笑う彼に、短機関銃とジャケットとを差し出す。それを鷲掴みにした彼は弾丸のように飛び出した。 奇襲を受けたカウナス軍は混乱状態に陥っていた。軽装備の歩兵と伝統的な騎兵を中心としたカウナス軍には戦車への対抗手段が乏しい。旧式の対戦車砲弾が戦車の分厚い正面装甲に弾かれるのが見えた。 「37o砲ですね。」 「あれじゃ、200mでも撃破は難しいな。」 バイクの作り出す合成風の圧力で彼の表情は分からないが、声は明るい。天上側の戦車が反撃して、対戦車砲と周囲の兵員が土嚢ごと吹き飛ばされた。指揮官がやられたのだろう、カウナス兵が統制を失って逃げ始める。 戦車と言うのは決して万能の兵器ではない。弱点を挙げればキリが無いような欠点の塊のような存在なのだけれど、それでも圧倒的な装甲と火力は相手の士気を喪失させる威力を持っている。 「後ろに回るぞ。」 「肉薄攻撃ですか?」 「他に何があるんだよ。」 勇敢と言うべきか無謀と言うべきか、僕の上官は敵の筒先が自分に向くことを何とも思わない性格らしい。針金で束ねた収束手榴弾と火炎瓶、という何とも寂しい対戦車兵器で僕達は戦車に挑まなくてはならないのだが、彼の戦意は益々旺盛だった。大隊から選抜された12台のオートバイが砂煙を上げてガンドーの目抜き通りに入ると、400メートルほど前方に戦車の最後尾が見えた。 「まずは後ろの三両!」 更にスピードを上げる。歩兵の肉薄攻撃を警戒してか、戦車もかなりスピードを出していたが、全開に近い速度のオートバイは見る見るうちに追い付いた。まだ戦車はこちらに気付かない。サイドカーの兵士達が次々に火炎瓶を戦車の機関部に投げつけた。最後尾の戦車が炎上して停止する。 それを振り返りもせず、二両目を追う。二両目の戦車長は後方の騒ぎに気付いたらしい。速度を落とさないまま、戦車長がキューポラから顔を出す。天上軍の戦車長は自らの身を危険に晒すことも厭わず、自らの戦車の安全を確保しようとしたのだ。当たり前のことだが、勇気ある行為と賞賛されて良い。 だが、それは予想通りだった。優秀で勇敢な将兵の行動は読み易い。既に短機関銃に手を掛けていたオートバイ兵は迷わずトリガーを引き、勇敢な戦車長を葬った。戦車長を失い、混乱した戦車が速度を落とす。そこにぶつけるぐらいの勢いで彼は車間を詰めた。 「シャルティエ!」 彼の言葉に押されるように、僕はサイドカーの縁に足を掛けて、戦車に飛び乗る。こんな行為は異常だ。どこの誰が動いている敵戦車に飛び移って攻撃しようなんてするだろう。僕がこんなことをしているのは僕が異常だからではない。僕にとって、戦車よりハロルド・ベルセリオスが恐ろしいからという、ただそれだけのことだった。 恐怖を顔に貼り付けた無線手、通信手、装填手、砲手と目が合った。戦車の100ミリ近い装甲を隔てて戦っていた時とは異なる感情が一瞬生まれたが、僕は予定された動作を淡々とこなした。短機関銃の弾倉30発分を撃ち切り、四人の乗員を戦車長と同じところへ送った。 顔を上げると、すでに11台のオートバイは三両目を収束手榴弾で撃破していた。キューポラから上半身を出した戦車長が両手を上げている。手榴弾で履帯を切られ、動けなくなったのだった。 「後方から攻撃だ。二両、いや三両やられた。」 「カウナスの原始人しかいないはずじゃなかったのか!?」 「まずいぞ。後退しろ。」 「待て、このまま退いても・・・。」 天上製の丈夫な無線機は短機関銃の掃射にも関わらず、明瞭に戦車隊の混乱を伝えてくれた。 「敵は退くようです。どうしますか?」 戻ってきた彼のバイクに乗り込み、弾倉を取り替えながら尋ねる。訊きながら、これが愚問であることに気付いていた。敵の攻撃を撃退し、こちらにはまだまだ戦力が残っている。彼の判断は明らかだ。 「集合させろ。追撃する。」 「ですよね。」 肩を竦めようとすると、オートバイが急発進してシートに押し付けられた。彼のきつい運転で傷だらけの車体が、騒音と共に速度を上げていく。同じく彼にこき使われる身として、そろそろ親近感を覚える頃だ。 「もうちょっとバイクと乗員に優しい運転しませんか。」 「加減はしてるよ。」 「そうなんですか?」 「こいつはお前ほど頑丈じゃないからな。」 あぁ、もう、この人の、人を人とも思わないこの扱いにも関わらず、どうして僕は何かしらの満足を感じたりして、しかも少し褒められたような気がして、ちょっと嬉しくなってしまうのだろう。あぁ、精神の構造が彼に毒されていくのが怖い。 僕が困惑と呆れの溜息を吐くと、ハロルド・ベルセリオスは今日一番の楽しそうな笑い声を上げた。 あとがき ハロルドがバイクを運転して、シャルティエがサイドカーに乗るっていう話を書きたかったのと、シャルティエが戦車を撃破するって話が書きたかったので、それを一緒にしたのがこれです。ちょっとカッコいい感じにシャルティエ書けたでしょうか。 ハガレンではブラッドレイが剣で戦車を倒してましたけど、流石に非現実的過ぎるなぁ、と思ったのでこんな感じにまとまりました。顔を出した戦車長をシャルティエが切り捨てる、っていう派手アクションでも良かったんですけどね。 オートバイ部隊に凝っているのは、最近読んでるクルト・マイヤーの「擲弾兵」っていう本でオートバイ部隊が取り上げられてたからです。ドイツのオートバイ部隊は運転手が一人、運転手の後ろに一人、サイドカーに一人の三人乗りだったみたいなので、アトワイト、ハロルド、イクティノスの三人乗りとかにしたら楽しそうだなぁ。 |