「来てくれたんですか。」


ベッドから上半身を起こして本を読んでいた彼は病室のドアが開くのに反応してこちらを向き、私を見つけて嬉しそうに笑った。額の包帯が痛々しかったが元気そうで心からホッとした。


「調子は如何ですか?」
「大した怪我じゃありません。すぐに復帰出来ます。」
「そうですか、なによりです。」
「心配掛けてすみません。」


彼は苦笑しつつ頭を下げたが、傷に響いたのか眉を顰めて包帯が巻かれた額を押さえた。アトワイト大佐が見せてくれたカルテによると、額には刀創が二箇所あるが幸い深くはないらしい。


もっとも、私にとっては傷が浅かろうが深かろうが、彼が傷を負う事自体が大きな問題なのだが。それは私が個人的に彼が心配だと言う事ではなく、本来負傷するような戦場に出るべきではない彼が戦場に出たという事に起因する。


「東部戦線はどうなりました?」
「集結しつつあった敵軍は後退を始めましたよ。」
「とりあえず一難去りましたね。」
「まぁ、そう言って良いと思います。」


今回の作戦は敵軍が東部戦線で計画している大攻勢を西部戦線からの攻撃で牽制する為のものだった。その点で言えば、東部に集結中だった敵軍が後退した事で目的は果たされたと評価出来るだろう。しかし敵も我々の攻撃を予見して迎撃体制を固めていたようで、結局早々に引き上げざるを得なかったし、追撃を受けて被害も受けた。


「被害はどれくらいですか?」
「撤退戦としては上出来です。」
「・・・良かった。」


全然良くない。込み上げた怒りの感情が表に出ないように気を遣いながら、私は奥歯をきつく噛み締めた。勝手に前に出て、勝手に戦って、勝手に負傷しておいて、「良かった」じゃない。


「何で勝手に動いたんです。」


彼は工兵連隊の所属で、ハロルド中佐の下で撤退路の確保と整備を担当していた。独断専行が多いハロルド隊だから事前に釘は刺して置いたが、主力が追撃を受け始めると命令を無視して兵を動かした。


ハロルド中佐の命で戦闘部隊を率いたのは彼だった。作戦司令部から出向している参謀格の待遇である彼は連隊長に抗命や意見をする権利があるのに、彼はそれをしなかった。つまり、彼は彼自身納得して独断専行の片棒を担いだ事になる。


「独断専行に関してはお詫びします。」


司令部の指揮官達は独断専行で作戦のプランが変ってしまうことに怒っていたけれど、私の怒りはそこではない。我々は軍人であって戦争をしているのだから、戦う担当と戦わない担当は決まっていて、傷つくべき立場や死ぬ事も想定される立場というのも勿論存在する。私が思うに、そういう立場は勝手に入れ替えてはいけないものだ。


「遅滞作戦は第八独立旅団と情報部の担当だったはずです。」
「ブリーフィングで聞きました。」
「ならば何故?」
「未消耗な部隊で逆襲を加える事が効果的と判断しました。」
「誰が?」
「僕とハロルド中佐です。」


どうして、こうも彼らは独善的なのだろう。確かに側面からの攻撃を予想していなかった敵の追撃部隊は新手の登場で動揺し、敵軍の慎重な指揮官は一時追撃の手を休めた。


お蔭で情報部も第八旅団も大きな損害無く撤退が出来たのだが、それは結果論に過ぎない。敵軍の指揮官が好戦的な性格だったとしたら、少数の増援へ火力を集中して殲滅してしまうことだろう。もしそうだったなら、彼はこうしてベッドで寝ている事も出来なかったはずだ。


「勝手な行動は慎むように。良いですね?」
「・・・はい。」
「軍法会議沙汰にならなかったから良かったようなものの・・・。」
「あの、少将、ハロルド中佐は?」
「軽傷だったので勤務に戻りました。近日中お叱りがあるでしょう。」


結果的に成功したため表立って罰を下す訳にもいかない、と言うのが実情。ハロルド中佐はリトラー派の中心人物の一人だし、科学者としても技術者としても前線指揮官としても有能な人で、我々にとっては欠く事の出来ない人だから。


「君は本来、命令に沿うことを隊長に勧める立場でしょう。」
「・・・・はい、その通りです。」
「なら、どうして抗命して撤退しなかったんです?」
「・・・・・・・・僕なんです。」
「は?」
「中佐に攻撃を具申したのは僕なんです。」


頭が痛くなってきた。中佐の気紛れや思い付きで攻撃したなら兎も角、司令部から派遣された参謀である彼が独断専行を勧めたとあってはどうしようもない。


「軍人としての規範は私が君に教えたはずだね?」
「・・・はい。」
「命令が作戦を成り立たせるのだ、と教えたね?」
「・・・はい。」
「君は命令を無視した。大変な行為だ。どうして?」


つい尋問口調が出てしまう。なるべく冷静にと思ったのだけれど、彼が相手だと上手く行かない。様々私情が絡んでしまうことを仕方ないとはなかなか割り切れない。私は元捕虜である彼の身柄を保証し、同時に地上軍人としての教育を担当する将校であって、任務の上ではそれ以上の事は関係しない。しかし・・・。


「・・・少将の身が、心配だったので・・・・・・。」


その言葉を聞いて、頭に血が上った私は殆ど反射的に平手を彼の頬へ放っていた。ベッドに伏した彼が、見る見る赤くなる頬と平手が響いた額の傷を押さえた。彼に手を上げるのは久しぶりだったと思う。私も直ぐに叩いた事を反省するようになったし、彼も直ぐに叩かれた事を反省するようになったのはお互いの成長だと思う。


「申し訳有りません。」
「・・・私の方こそ。」


私は彼に対する職務以上の立場から、命令を無視して戦った事とそれの中で負傷した事について彼に訓戒を与えるつもりだったのだが、それもここまでだった。


「何故叩かれたか分かりますか?」
「・・・私情を挟んだからですか?」
「それもあります。指揮官として許されない行為です。」
「・・・・・・・・・・・はい。」
「しかし、主要な理由は違います。」


分からないと言う顔で彼が私を見上げていた。腹が立った。私が腹を立てているのは、最早職務とは関係が無いことだ。


「心配だったのが自分だけだと思わないで欲しい。」


シャルティエが驚いた顔でこちらを見た。彼からしたら私は冷血な人間に映るのかも知れないけれど、決してそんなことはない。私は大切な彼が傷つく事をいつだって恐れている。


今回は後方だからと安心していたら、少数部隊で急に前線に出てきて、勝手に戦って、勝手に負傷して、今日来るまで私が彼について分かっていたのは現在は一応生存しているという事と額に傷を受けているという事くらい。本当に心配したし、それだけに私の心配を全く理解しない態度が腹立たしかった。私とていつも冷静とはいかないのに。


「心配だったんだよ。本当に。」
「・・・・・はい。」


痛々しい額の包帯を指でなぞって、頬まで落ちる。掌が彼の温もりに触れて安心する。先程打った頬は微かに熱く、赤くなっていた。彼の白い肌に赤さが痛々しかった。


「叩いてしまって、すまない。」


許しを乞いながら抱き締める。ちゃんと彼が手元に戻ってきたのを確かめるように、全身で強く。彼の悲しいくらい頼りなく薄い体は、私の腕にすっぽり収まってしまう。こんなに頼りない身体で弾の雨の下、戦っていたのだと思うと胸が締め付けられた。シャルティエも細い腕で私を抱き返し、私の胸に顔をぐっと押し付けていた。


「・・・ごめんなさい。」
「本当に、大切なんだ。本当に。」
「ごめんなさい。・・・ありがとうございます。」


彼に、自分が私の何物にも替え難い宝物である事を、もっともっと分かって欲しいと、心から思った。














あとがき
イクシャルは難しい。何でだろうなぁ。シャルティエ相手だとイクティノスは本当に保護者的になってしまう。しかも、その保護者ぶりはリトカーのリトラーよりもちゃんとしてる。シャルティエはハロとかと組ませた時よりもシンプルなキャラクターになってしまうのが困り者。以前はもっと書き易かった気がしたのになぁ。
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