電車ごっこ






サマラ州のクイビシェフ市、あと数年もすれば成立する南サマラ共和国の小都市。私が子供の頃はただの農村だったのに交通の関係でいつの間にか大きくなっていた。軍から戻って変わりぶりに驚いた後、再び住み着いてからの急速な発展にまた驚いた。近いうちにサマラでも大都市の部類に入ることになるらしい。


しかし、今日、その賑わいは見えない。朝だと言うのに表の通りには車一台走っていない。大通りに面した市の出張所は本来ならあれやこれやと市民の生活に密着した雑務をこなして忙しくしている筈なのに閑散としていた。遠くから銃撃の音も聞こえてくる。何処かで派手にやっているらしい。


「仲間割れかしら?」
「警察辺りが抵抗してるんだろ。」
「頑張るねぇ。」


もう再会を喜び合う言葉は必要なかった。アイコンタクトでタイミングを計り、同時に武装した兵士を二人倒すという大立ち回りを一緒にこなせば、何年会っていなかったかなんて吹き飛んでしまう。


彼と再開したのは全くの偶然だった。私は普段、郊外の病院に勤務しているから地域の健康診断の打ち合わせなんて面倒な用事がなければ市の出張所の待合スペースになんていない。一方の彼は旅行帰りに昨晩この町で一泊して、私が勤務する病院までの道を聞くためにここに来たのだと言う。詳細はまだ聞いていない。久々の再会に驚いて二言三言交わした所で武装した兵士が飛び込んで来たのだから。


「あなたが珍しく友達甲斐のあるとこを見せたせいね。」
「猫が顔洗ったみたいな口ぶりだな。」
「降ってるのは弾みたいだけど。」
「はっ、最高の天気だな。」


口ぶりに反して彼の機嫌が悪くないのは実戦が久しぶりだからだろう。好戦性が微かに表情に出ていた。懐かしい気持ちにさせられるが、今の状態では頼もしい気分が先に出る。私は久しく戦いなんてものとは縁がない生活だったのだから。


「辞めて何年になる?」


気絶している二人の兵士から武器を奪いつつ彼が尋ねた。小銃は彼が背負い、拳銃は私に向けて差し出してきた。操作はきちんと身体が覚えていて、安全装置と残弾の確認をスムーズに済ますことが出来た。それを見て彼は満足げに笑った。


「二年。」


12発入りの弾倉を銃に押し込みつつ答えた。案外長いなと素直に思うと同時に案外鈍っていなかったことを喜んで良いやら、悪いやら複雑な気分になった。私が予備役編入された後、地上軍は暫定政府軍と名前を変え、戦争の残務処理と新政権への移行準備に追われていると聞く。共通の敵を失ったお蔭で対立も顕在化しているらしい。


「あ、今回の指揮官はあなたよね?」
「は?」
「あなたとあたし、どっちが指揮官?って話。」
「お前、先任だろ。」
「あたしは軍医だし予備役。」
「何でお前に命令出さなきゃならないんだよ・・・。」


ぶつぶつと文句を言いながら彼は兵士を縛って部屋の片隅にあったロッカーに押し込めた。その兵士が着ていたのは私が数年前まで毎日袖を通していたグレーの制服だった。軍の名前が変わり細部に変更はあるもののイメージは殆ど変わっておらず、自分が身内と戦っているのだと実感させられる。お互い同時にそれを感じたのか急に空気が重くなった。


「クーデタってのは初体験だな。」
「ええ。身内で戦ってる余裕はなかったから。」
「確かに。」


先程の兵士が起きているうちに話した所によると「暫定政府の旧天上臣民優遇、地上人差別政策」に対して叛旗を翻したとのこと。敗戦市民が政府から手厚い保護−それは地上側市民のそれを上回ることさえある−を受けていることに反感を覚えたのだとか。まぁ、分からなくもない。勿論同意は出来ないけれど。


この町に駐屯しているのは暫定政府軍の第438独立混成大隊。大隊長とは何かの機会にあったことがあったけれど理知的で柔和な中年男性だった記憶しかない。何とも人は見かけに寄らないものだ。


それを言ったら、決して体格的に恵まれているとは言えない彼が精強で知られるユンカース隊でも随一の勇敢さを誇った工兵連隊の指揮官だっただなんて思えないのだが。地図を見ながら難しい顔でぶつぶつ言っている彼の横顔は未だに少年の色を残しており、難しいパズルに熱中しているかのように見えた。


「実戦はいつぶり?」
「半年。前はカレリア内戦。」
「楽しくなかったでしょ?」
「ああ。」


カレリアの自治政府から要請があってゲリラ掃討の部隊が派遣されたとは軍に残っている知人から聞いていた。医療支援団として現地に行った医者の仲間もいる。ゲリラの平均年齢は18.6歳。最年少は10歳になるかならないかぐらいだったと聞くから彼の思い出が良い物でなかったことは断言できる。


「それに比べたらマシか。」
「身内でもプロなだけ良い。」
「ホントにあなたは・・・。」


言い掛けた時に奥のドアが開いて身長こそ高くないがぎゅっと圧縮された力強さを感じさせる50前後と思しき男性が入ってきた。足が不自由なようで上手く気を付けの姿勢が決まらないがその後で見せた敬礼はまともな軍歴があったことを言外に感じさせた。


「予備中佐殿、職員の避難及び住民への警報完了いたしました。」
「ご苦労でした。」
「はっ、ありがたくあります。」


この人はこの出張所の所長さんで「もう数年もすれば退職して孫の成長を見守ることを楽しみに老後を過ごす」というのが口癖な人なのだ。それを知っているだけに、完全に下士官の態度で私達に接する姿に内心苦笑する。彼とは何度か仕事の付き合いで会ったことはあったのだが、こういう側面がある人だとは知らなかった。


「あなたも避難して下さい。助けは要りますか?」
「ご心配には及びません。」


再度力強い敬礼を見せ、所長と言うより軍曹と呼んだ方が相応しく思える男は右足を引き摺りながら出張所を後にした。悲しいかな軍人はこういう時になると生き生きしてしまうものらしい。きっとそれは私も一緒なのだろう。


「久々にしては様になってるじゃねーか。」
「そりゃどうも。やれそうな気がしてきたわ。」


この二年間が不幸せだった訳でもないし、その前の軍人時代が特別楽しかった訳でもない。戦争が好きな訳でもなければ人殺しがしたい訳でもない。それでも今、悪くない気分なのはやはり私が生粋の軍人だからだろう。中学時代に軍医を目指すと決心した私は何と聡明だったことか。


「さて行きましょうか?工兵中佐殿。」
「・・・・・・・・・。」
「ん?」
「・・・指揮官から最初の命令。」
「はいはい。」
「俺はハロルド。お前はアトワイト。」
「了解、ハロルド。」


その受け答えに彼が満足気な表情を浮かべた。他人から命令を受けるのも2年ぶりだったが悪い気はしない。指揮官が良いからだろうと少し贔屓目で採点してやることにする。さぁ、戦争だ。


「『車掌は君だ。運転手は僕だ。』って童謡あったわよね。」
「ごっこでやってんじゃねーぞ?」


内容とは裏腹に咎めの色はなく、彼の声は実に楽しげだった。私と同じく彼も戦争で活き活きしてしまう気の毒でもあり頼もしくもある人間。相方としては大変に都合が良い。


「あんたと二人だと面倒がなくて良い。」
「今、あたしもそう思った。」














あとがき
アマツカさんの1万ヒット祝いにアトハロを書いてみたよ。
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